第二話
気付いた時、真っ先に目に飛び込んできたのは、どす黒い『赤』だった。ツンと生臭い血と肉、硝煙のにおいが鼻を刺激する。その肉、血の匂いの出所は想像するだけで、胃の奥から苦く酸っぱいものが込み上げてくる。
令嬢としての気概がそれを胃の奥の方へと押しやるけれど、土埃で隠されている私の周りにはきっと死体がたくさん転がっている。
そしてそんなことを当たり前に想像できる環境に、視界が晴れたら最初に目に飛び込んでくるのは死体、なんて光景に、いつ死んでもおかしくない状況に、自分がいる。
気持ち悪い。きもちわるい。キモチワルイ。
先ほどとは違い、込み上がるものを脳がとらえる間もなく私はそれを冷たい石の床の上にまき散らした。はぁっはぁっ!と荒い息がひとりでに繰り返される。そのうちに視界は段々と晴れていく。そこには私の想像力をあざ笑うかのような光景が広がっていた。今まで嗅いでいた肉と血のにおい。その正体はやはりごろごろと私のまわりに転がっていた。
それは想像を絶するもので、醜く、気持ち悪く、この世のものだと、先ほどまで見ていたあの美しい世界と同じものだと思いたくないもので、この光景はまさに地獄絵図。私の目が最初に認識した死体は落ちてきた瓦礫で体のいたるところがつぶされ、やや白が濁ったような色の骨が飛び出ている。薄ピンクの筋肉は血にまみれていて、むごたらしい。もはや顔は顔の形を成してはいなかった。鼻は瓦礫のせいでつぶされて無くなり、皮は爆発による熱でべろりとむけて近くでくたり、と寝そべっている。人としての原型を留めていない「それ」は首にぶら下げられたドッグタグにより、いつも私達の護衛を行ってくれていた近衛騎士だと判別ができる。いつも快活に笑い、緊張していた私達を冗談で和ませ、時に諭し、時に慰めてくれたあの人が、あまりにもむごたらしい姿で床にいる。私の目が、脳が、勝手に視界に移るものを変える。けれど、どこを向いても広がっているのは先ほどとほとんど変わらない光景で、また私は吐いた。口の中が苦くて、吐いた物が茶色から黄色になっていっても、吐いて吐いて吐いて、吐いた。生理的な涙が眼尻にたまる。
どうして、どうして、どうして?私が、早く思い出していたなら。ぼうっとしていなかったら。こんなことには、ならな、かった。冷たい石の崩れかかった建物に、誰かのしゃくりあげる声が静かに響いた。震える手で、せめて彼の遺品としてドッグタグを持ち帰ろうと、ドッグタグを外すと、私の視界に見慣れた何かが映った。
まさか、まさか、まさかっ!!
ここにいて欲しくない人の、こんなところにいると信じたくない人の、服が見えた。駆け寄ったその場所は私が意識を失う前にみた大きな瓦礫の落ちたであろうあの場所で。全身から血の気が引いた。カタカタと震える手を叱咤して瓦礫をどかしていく。どうか、勘違いであってほしい。どうか、うまく頭のまわっていない人間の単なる見間違いであってほしい。そんな私の願いとは裏腹に、瓦礫の下から現れた人は、ここにいてほしくない、勘違いであってほしいと強く願った人だった。
「あ、あ、あ・・・・っ!!」
その人からは周りに転がっている人と同様にどす黒い血が流れていて、石の床に赤黒い染みを作っていた。じんわりと広がっていく染みと、大きな瓦礫、そして意識を失う前に聞いた声。それらによって自分が「誰」に「何」をされたのかをようやく頭が理解した。私は、私は・・・・・・。
ジニア様に庇ってもらったんだ。
序章はまだ続きます。