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登校

 「……眠い……」


 欠伸を噛み殺しながら、街中を歩く。朝早くから開かれる朝市の所為か人が多くて、時折ぶつかりそうになりながらも、学校を目指す。

 時間は午前七時。人通りもそれなりにあり、朝市は活気に満ちている。買い物に来た婦人達の雑談やら、彼女らに様々な品物を買ってもらおうと声をあげる露天商やらの声が寝不足の僕の頭に響く。


(昨日は全然寝れなかった……)


 それもこれもアイツの所為だと、眠気覚ましに頬を叩きつつ、人混みを避け続ける。




「…相棒、明日はお前が登校するだろう?」

「何だよ。今日、お前が無理矢理行ったからじゃないか。何を今更……」


 家事を終えて床の上で、明日の準備をする僕の背中越しに、アイツは声をかけてきた。

 振り返れば、窓枠に腰掛けて月を見上げている。何処か寂しそうな視線を投げ掛けているのが珍しくて、


「お前にもそんな顔が」

「俺、暇だなぁ…何すればいいんだ?」


 似合わないと揶揄おうと思ったが、奴は奴だった。ふざけた事をさも深刻な話のように言っているのが少し苛立ったが、一息つけて、落ち着いて返す。


「別にいつもの情報収集でもすれば?天職だろう?」

「そりゃそうしたいがなぁ……それ以外に何かしたいんだよなぁ……」


 ヤツは意外と向上心があるらしい。まぁあるんだが、

 

「勉強」

「勉強はしたくない!」


勉強だけはしたくないようで、話している途中から被せ気味に答える。

 どうにも昔から勉強は苦手らしく、僕が教えようとしても拒否の一点張りで、全力で逃げていく。


「学問なんて俺の柄じゃないし、その辺はお前がいるから大丈夫だろう?俺はボチボチの独学で良いんだよ」


 でも、全くしない訳ではなく、自分なりのペースで勉強はしているようで、ごく稀に本を片手に唸っている事がある。

 そんな時くらいしか彼に勉強を教えてあげられないが、それで満足らしい。

 とは言え、その持っている本が毎回教育関係とは限らず、全く関係のない本を持っている事もしばしばある。この前なんて不健全な本を持っていやがった。それも表紙だけは辞書なのだから、たちが悪い。

 教えようとしたのが馬鹿馬鹿しくなる。


「はぁ……それよりも話があるんじゃないか?」

「おっと、忘れてたぜ。危ない危ない」


 まぁそんな事はどうでも良い。少なくとも、何かしら話があるから、明日の話をしたのだろう。先を促せば、本気で忘れていたのだろう。ハッとしたような顔をして、すぐに笑っていた。

 ケラケラと楽しそうに笑う姿には少し苛立つが、すぐに表情を引き締めるのを見るに、何かあるのだろう。

 ヤツはふざけるのは大好きのようだが、分別くらいはある程度できる。だからこそ、表情を真剣にさせたのはそれなりの理由があるからだろう。

 僕もそれに倣い、姿勢を正す。


「今日の入学式で、誰かは分からねえが興味を持たれた。気をつけろ」

「…まさかバレたのか?」


 ヤツの言葉に心臓がキュッと縮こまる。僕はすぐに不安を口にすれば、ヤツは何でもないように軽く笑う。


「馬鹿言え。バレる訳ないだろ?恐らくあの日、俺たちとあのオッさんが一緒に見られたからかも知れん」

「確かに。その、お、お父さんも意外と有名人らしいし…」


 その言葉に胸を撫で下ろせば、ケラケラとヤツが笑い出す。


「んな無理に言わなくても良いだろ?」

「でも、()()父親なのは変わりないだろ?」

「俺にとっては違うさ」


 ヤツは何処か含むように笑う。僕は思わず、彼を見上げた。

 彼と僕では同じような顔でも、別々の道を生きてきている。それを改めて痛感した気がした。

 

 不意にヤツは窓枠から降りて僕の隣に座り、大きく胡座をかく。何故隣に座ったのか、何も言えず不可解に思っていると、ボソリと口を開いた。


「あと、一つ良いか?」

「何?」

「“今”じゃなきゃ駄目なのか?」


 その言葉に僕は可笑しくなって、笑ってしまう。

 お互いしか通じないその言葉を蒸し返される日が来るとは思いもしなかった。


「当たり前だろ?“今”以外あり得ないし、時間もない。分かってるだろう?」

「………あぁ」


 今度は彼が言葉を詰まらせる。恐らく言いたい事もあるだろう。


「分かっているよ。入学するには時期が悪過ぎる」


 彼は何も言わないが、入学式の事を言っているのだろう。僕も間接的に見ていたから分かっている。それに、恐らくコレが本題だろう。


「でも、やるしかないだろう?僕達の為にも」

「…気をつけろよ。お前が思っているよりも過酷そうだからな」


 彼はトンと肩を叩くと無言で窓から外へと飛び出していった。

 僕は立ち上がり、彼が出て行った窓へと手をかける。彼の姿は当然何処にもない。見えるのは静かな家々と月だけだ。通りを歩く者は誰もいない。

 月を見上げれば、自然と口が開いた。


「…僕はきっと“竜騎兵”になるから、見ていてよ……」




(昨日あんな事を言ったのもアイツの所為だ)


 ようやく学校が見えてきた。色々と考えていて、上の空だったとは言え、遅れたわけではない。遅れた訳ではないが、


(その上、こんな人混みに押し込められるのもアイツの所為だ)


 眼前には溢れんばかりの人の波が出来ていた。全員似たり寄ったりの服を来ているのを見るに生徒だろう。

 そんな人の波の中を進むのは容易ではなく、門を潜るまでにどれだけ時間を喰われたのだろうか、考えたくもない。




「…ッハァ…ハアッ……」

「……ハッ、ハァ……」


 やっとの思いで抜け出したが、抜け出すのに必死で、かなり奥まで来てしまったらしい。周囲に生徒の姿は見えるが、恐らく上級生だろう。不可解そうな目線を向けてくる。僕の他に、新入生らしい姿は


「…迷子……」

「………………」


居た。それも何故か隣で同じように肩で息をしている。恐らく新入生だとは思うが、何故一緒なのを気づかなかったのか。

 だが、その生徒が此方を見たままボソリと呟いた言葉だけは見逃さなかった。


「君が迷子でしょ」

「…違う……ちょっと迷っただけ……」


 それを人は“迷子”と呼ぶ。

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