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広がる不安

「取り敢えず分かった?」

「あぁ、もう分かったから、早く飯にしようぜ?」


 相棒の怒りはようやく収まったのか、フンと鼻を鳴らし、両手を腰に当てた。これは怒りが収まった時の癖だ。


「誰の所為でこんなに怒らないと……」

(ここで“俺だよ”って言ったら、ブチ切れそう……)


 鎮火した様を見ていると、つい揶揄ってしまいそうになる口を押さえる。折角収まったのに、わざと油を撒くような真似はしない。それ以上の問題が差し迫っている。


(兎に角終わらせないと……お腹空いた……)


 俺のお腹がもう限界なのだ。ずっと足りないと主張してくるので、さっさと切り上げたい。


「もう良いや。取り敢えずご飯にするよ」

「待ってました!頼むよ」


 相棒は相棒で心の中を読んだように、話を切り上げてくれた。ようやくかと、つい嬉しくて口が緩む。

 相棒は、仕方ないなと言うように息を吐いた後、部屋から出て行き、支度を始めるのだった。






「本当に都合が良いんだからぁ……」


 仕方なく夕食の準備を始める。いつもながら、アイツにはうんざりだ。今日も僕に無許可で寄り道なんてするから。


「僕だって……」


 昔は僕も寄り道が好きだった。でも、今は怖くて仕方ない。そんな僕を置いて、好き勝手している事に腹が立つ。


「そもそも勝手に酒なんか飲みに行って………」


 ダンッ!!


 思わず手を調理台に叩きつける。


「…痛い……」


 叩きつけた手が痛くて、思わず引っ込めた。見れば、手が真っ赤になっていて、ジンジンと痛み出す。


「……お前の所為だ……」


 八つ当たりと分かってはいたが、自然と恨みが口から漏れた。自由に生きるアイツが恨めしくて、羨ましくて。

 でも、本当は分かってはいる。別にアイツの所為じゃない。これは僕の問題だ。


「そろそろ慣れないと……」

(今後の為にも……)


 いつまでも手を止める訳にもいかないので、夕食作りに励むのだった。




「あー、疲れたぁ………」


 扉が開ける音が聞こえ、ドサリと何かが倒れる音が聞こえる。僕はちょうど調味を終えた所で、急いで玄関へ行くとサンジェスさんが入り口でうつ伏せに倒れていた。まるで誰かに襲われた後のような姿勢で、最初の頃は慌てたものだ。


「おかえり。そんな所で寝てると風邪引くよ?」 

「そうだけど、疲れたんだから仕方ないだろう?」


 いつも通りの平民の服装したサンジェスさんはゴロリとひっくり返って、言葉を返す。

 もうこのやり取りも何度目だろうか。全身で、疲労を表すように床に大の字になって寝っ転がる姿を見て、思わず笑いが込み上げる。


「だらしないよね。そんなんだから、女性にモテないんだよ」

「ほっとけよ。それに俺は肩書きがあるから、普通にモテるっての。勘違いするなよ」


 フイと拗ねたように顔を背けるサンジェスさんはちょっと子供みたいだ。多分嘘ではないだろう。少なくとも、この国に置いて、“竜騎兵”という称号は女性達にとって縁を結ぶ相手として魅了的であり、誰もが結婚したがる職業なのだ。

 それなのに、サンジェスさんは未だに独り身で、未婚。結婚できないのも当然、それなりの問題を抱えているからだ。


「ほら、早く。また飲んで来たんでしょ?」

「あぁ、いやぁ飲み過ぎて、すっからかんだよ。ハハハハ…」


(……酒乱……)


 千鳥足で立ち上がり、フラフラと歩いていく。隣を僅かに通り過ぎた時、フワリとキツイ香水の香りがした。あまり嗅いだ事がない匂いだけど、すぐに何処かは分かる。


「また賭博場で遊んだんでしょ?」

「…おかしいよな、昨日までは勝ってたんだけどなぁ……アイナちゃん、連れないよなぁ……」


(……色んな意味で遊び人……)


 一括りに言ってしまうと、散財家の遊び人。これでは誰も結婚したがらない筈だ。

 僕はサンジェスさんの後を追えば、僕が作ったスープを盛り付け終わり、パンを並べている所だった。


「少しは自制したら?だから、家もこんな所なんだよ」

「良いさ。俺はこれで十分なんだよ。お前もそうだろう?」


 “竜騎兵”であれば、本来ならもっと良い所で住め、豪華な料理も使用人も雇えるだけのお金が貰える筈であるのに、今住んでいるのは平民と変わらないような家。毎月生活費を貰うが、足りないので、ご飯もかなり質素なものとなっている。


「たまには肉を食べたいよ。この前みたいな」

「あの日は特別賞与があったからね。また出ないかな?」


(駄目だ、コイツ……)


 折角見直したのに、一瞬で落胆させられた。だが、これでも以前よりもマシにはなったのだ。出会った当初はとても荒れた生活を送っていて、この四年でここまで立て直した。それ以上を求めるのは酷なのかも知れない。


(不安だ………)


 美味しそうにスープを飲むサンジェスさんを見ていると、思わずため息が出た。僕はこれから学校に通う事になるので、家を空ける事が多くなるだろう。

 目の前のサンジェスさんは生活能力が皆無だ。そんな彼に家の事なんて、任せられない。


「美味しかったよ。相変わらず、料理が上手いね。嫁に来ないか?」

「アホな事言ってないで、もう寝たら?」

「そうだな。おやすみ」


 バレたかと舌を出して、悪戯っぽく笑うと頭をひと撫でして、自分の寝室へと消えた。


「全然駄目だな…僕って…」


 撫でられた頭を手で直しつつ、サンジェスさんの寝室を見る。もう寝てしまったのか、すぐに寝息が聞こえてきた。

 サンジェスさんはサンジェスさんなりに頑張っている。彼の足取りを見れば、ヘトヘトに疲れているのがよく分かった。

 僕はそんな彼を助けたい。僕を救ってくれた恩人だ。今の僕には生活を支える事でしか恩を返す事が出来ない。

 

「大丈夫。アイツにも頑張ってもらえれば良いだけだし…」


 一抹の不安を抱えつつ、後片付けをした後、自分も寝床に入ったのだった。






 一部の教官達が退室した会議室では、まだ異様な沈黙が支配している。先程の発言の真意が分からぬ者、心当たりはあっても口を開けない者、様々ではあるが、その視線の先にはブリトン校長の姿があった。


「……今の話、どう思いますか?」


 目の前で腕を組んだままブリトン校長に近くの教官が意を決したように、声を掛ける。


「先程の()()()の事か?」

「は、はい…我々には何の事だが、分からぬのです。ですから、説明頂ければと……」


 ブリトン校長が横目で教官を見つめる。見つめられた教官は萎縮したように言葉が尻すぼみになっていく。

 ブリトン校長は再び向き直り、一度目を閉じる。周囲の教官は何かを感じたのか、固唾を飲んで静かに言葉を待つ。


「“ヴィンディ”の名を知る者のみ残るが良い。それ以外は退出せよ」

「…まさか……」


 その言葉を聞いた多くの者が顔色を変える。ある者はまさかというように、ある者は恐怖に顔を引き攣らせ、またある者はガタガタと頭を抱えた。


「恐らく、奴らはその者の事を言っておるのだろう」

「まさか、奴等にそこまでの情報源が?」

「あ、あり得ない……」


 それに驚く者も多い中、ブリトン校長は鼻でそれを笑う。


「だが、馬鹿な事を言う。“ヴィンディ”など、とうの昔に()()したわ」


「…そ、そうですな。いや、という事は奴らは“白”という事になるが?」

「だが、敢えてその名を出して我々を動揺させるのが目的かも知れん。何にせよ、賊の正体を掴まねば」


 それぞれが議論を交わそうとする中、ブリトン校長が片手を挙げてその場を制する。


「ふん、この際だ。賊の正体など、どうでも良い。これを契機に奴らを根絶やしにしたいと思うのだが、どうかね?」


 ブリトン校長はニタリと嫌な笑みを浮かべて片手を上げ続けて同意を求めた。それに賛同するかのように何人かが同じように手を挙げる。しかし、一部の教官は懸念を示すように難しい顔で沈黙していた。


「し、しかし、賊の正体が何であれ、この事は王宮に報告せねば」


 意見を言おうと一人の教官が立ち上がれば、他の者も頷く。何であれ、国の最高機関に侵入を許したのだ。報告はあって然るべきと考えての懸念であった。


「馬鹿を言うな。わしの顔に泥を塗る気か?この事は王宮には内密にする。秘密裏に片付けるのだ。賊さえ始末すれば、この事は闇の中だ。わしの言いたい事は分かるな?」

「…は、はい…ブリトン様の御心のままに……」


 だが、それを一蹴すると賛同しない教官に目を向けて意見を促す。すると、渋々と言ったように全員が賛同を示した。ブリトン校長はそれに満足したのか、我が意を得たりと笑みを浮かべる。


「良き選択だ。それと良い知らせもあるぞ?今回の賊は恐らくだが、我が校に太々しくも入学しておる」

「な、何ですと!?」


 多くの者が驚く中、その中の数名は合点がいったように頷いた。


「成程。入学式の示威行為はそういう事だったのですね」

「その通りだ。その中で、数名目星はついておる。賊はきっとその中にいる筈だ」


 意地悪い笑みを見せて、ブリトン校長は大きく頷く。その場の教官の誰もが称賛の声をあげる。


「さすがです。あとは、時期を見て始末するだけですね」

「あとは、その者と奴らを結びつけて、纏めて片付けるだけですな」

「これは愉快。笑いが止まらんわ」


 そんな欲に塗れた笑い声が深夜の会議室に響き続けるのだった。

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