竜騎兵科の教官
「アウレグ校長からの話は以上です。続いて、各教官陣の紹介移ります」
(何が以上だよ、全く)
心の中で悪態を吐きつつ、周囲の反応を伺う。勿論、周りに溶け込む為だ。
やはりある程度の生徒達は、未だに気配が揺れている。感情としては恐怖だろう。俺もそれに似せて、気配を似たように揺らす。大衆に紛れ込む事が、平穏無事に過ごす秘訣であり、自分に迫る脅威を退け、感知する為にも必要な事だ。周りと同じように、寧ろやや過剰気味に恐怖に震え、身体を震わす。
こう言った事は俺の得意とする所だから、簡単だ。
周囲の反応の平均の下の方、且つ、やり過ぎない程度にするのが最も無難に過ごせる。
恐怖に引き攣る他生徒に紛れ、周囲を観察する。この観察で、俺の立ち振る舞いを決める事になるからだ。
先んじて相手を知れば、安全に繋がるのは俺の経験則でもある。
(さて、やはり目立つのはいるな……)
流し目で観察すれば、目に映る奴らが見えた。
こんな時に目立つのは、
「…アウレグ学園長、今尚現役なだけあるな…凄まじい覇気だ」
「だな…思わず気押されたよ」
「意外と凄いね…でも…ねぇ……」
名のある実力者だけだ。それも、有名であればある程それが顕著になる。
周囲とは一線を画し、動揺はあるものの、恐怖を抱いていない。あまつさえ、その立ち振る舞いには余裕さえ感じる。
(どいつもこいつも俺が目をつけていた奴ばかりだな…)
それだけの実力があるに違いない。奴らがこれからの学校生活の中心になっていくのは想像に難くない。接近するにしても、注意しなければ火傷する事だろう。
(地位を上げる為なら、仕方ない。まぁそれは良いとして…)
俺と同じ考えの連中も散見されるのは少し驚いた。自然を装って、隠れていたのだろう。
ある意味、あのジジイには感謝しないといけないな。
「…………」
「…ちょっと怖かったね……」
(周囲には溶け込んでいる。溶け込んではいるが、気配の消し方がなってねぇな………)
俺の目を誤魔化せるものか。周囲のように戸惑ってはいるが、気配があまりに落ち着き払っている。全く動揺してない証拠だ。周りはすっかり騙されて、怯えつつも普通に話している。
(恐らくだが、一番の要注意人物どもだな……)
敢えて周囲と溶け込み、自分を偽るとは誰も思うまい。
何かしらの理由があるのだろうが、ああいう奴らには、関わらないのが吉だ。何を隠し持っているのか、計り知れない。
関われば、騒動に巻き込まれるのが大抵の定石である。
(…アイツにも教えねぇと……全くお子ちゃま連中と油断すれば、足元を掬われる所だったな……俺が来てせいかっ)
思わず、顔を上げそうになるのを理性で押さえつける。
背中に視線を感じた。それも刺すような熱視線だ。それも、敵意のない好意の塊。
そんな訳がない。或いは偶然だと思い、視線が過ぎるのを待つが、
(…見られている……)
何故か長時間見られている。言っても、まだ三十秒も経ってないが、俺にとっては十分に長い。
一瞬なら、気のせいだと思えたが、もう思えない。
お花畑思考で行けば、熱視線自体、色恋、友情等を引っくるめた一目惚れっていう線があるが、そんな訳ないだろう。
俺の顔は自分で言うのもアレだが、吐いて捨てるだけ極ありふれた顔付きの筈だ。
それに俺自身、身に覚えが全くないのだ。男女共に何をした訳でもなく、関わりもなかった筈。
惚れる要素は一つとしてない。
(となると、可能性としては二つ)
一つ目は相手がかなりの特殊性癖であり、俺の何処かにその要素を見出して、俺の事を好ましく思っている可能性。
正直、あり得ない。針に糸を通す方がマシに思える。
二つ目の可能性は、
(まぁ、恐らくアイツ関係……)
恐らくそれだろう。いや、それしかない。でなければ、俺が勘づかれた可能性しかなくなる。
可能性としてゼロに近いが、あり得なくなもない可能性。
俺か、アイツのどちらかが何かの下手を打った可能性。
信じ難いが、この状況が続けばそれしか無くなる。
(………逸れたか。だが、あの視線、何者だ?)
約一分程経った頃、ようやく視線が動いた。久しぶりに肝が冷えた気がする。
(方角は八時の方向、恐らく教官共ではない筈だ)
俺の事はまだバレてない。それなりの手練れはいるが、所詮はその程度。俺を見破れやしない。
となると、生徒の中にいる。だが、振り返る訳にはいかない。振り返れば、互いに気づいてしまう。それだけは避けなければならない。
(それよりも、何故?………いや、まさかとは思うが…)
俺はずっと触っていた耳から手を離す。
自然を装って、決して手を見ない。見れば勘づかれる。
(この癖が気になったのか?)
だが、この癖は一般的な筈。人は不安を感じると身体の何処かを触る癖があるので、真似ているだけで、現に他の生徒も、似たような事をしている。
(ただ、耳を触っていたのが俺だけだから……)
だから、気になっていたのかも知れない。
視界に入る生徒で、耳を触っているのは俺くらいだ。
そりゃ一人だけ別の事をすれば気になるのも仕方ない。まぁこればかりは仕方のない事だろう。割り切るしかない。
「では、最後に竜騎士科、バートル主任教官」
(おっと、全然聞いてなかったわ。でも、これと言って特筆する奴は居なかったから、問題ないな。だけど……)
俺はその時ばかりは、僅かに上を向く。周囲の気配が一様に変わったからだ。暫く前に落ち着き始めたのもあるだろうが、一番は今壇上に登っていく人物だ。
「今紹介に預かったバートルだ!」
(くっ、あ、頭に響く……)
上がったと同時に開口一番の一声。その巨躯に相応しい音量に、俺の耳が悲鳴を上げた。
「みんな、よくぞ、我が校に入った!俺は歓迎するぞ!!」
(う、うるせぇ………)
壇上で、大きな声を挙げる大男、バートルは全身で歓迎しているように拳を握り、身振り手振りを大きく動かして、嬉しそうな笑顔を見せる。
筋骨隆々の身体に、身体に残る大小の生傷。逆立った茶髪はとても俺らと一緒とは思えない程に、荒々しい。
(噂以上だな。数少ない貴族以外の竜騎士……)
竜騎兵であれば、幾分か平民出身は多いものの、竜騎士となれば、その数は途端に少なくなる。竜騎兵の精鋭の中でも精鋭の一部のエリートだけが竜騎士となるからだ。
竜騎士の多くは元が色々と優れる貴族の事が多い。しかし、少なからず、彼のような者も存在する。
平民出身の竜騎士。今から俺達がなろうとしている到達点だ。皆の憧れなのは間違いない。現に先程まで俯いていた多くの生徒がキラキラとした眼差しで、彼を見ているのだ。先程の恐怖は何のその。誰も彼もが、彼に釘付けだ。
「諸君!!これから前途多難あるだろうが、仲間と共に挫けず、ここまで来て欲しい!!私達は、待ってるぞ!!」
その言葉に多くの者が気合を入れ直したかのように、瞳に強い意志を見せている。流石の統率力だろう。それ以前に、
(凄まじい気配………苦戦は必至だな……)
本人は隠しているだろうが、すこぶる高い闘気を感じる。さっきのジジイとは比べ物にならないくらいだ。
(恐らく、ここに居る誰よりも強い……)
足運び、動き方、どれを取っても、只者じゃないのが分かる。さすがは平民出身の竜騎士だ。
(でも、おかしいな………あのおっさんの方が強く感じるのは俺の気の所為か?)
それでも、何故か俺らを養ってくれているあの暢気な竜騎兵のおっさんの方が強く感じてしまう。だが、そんな訳がない。それだけの強さがあれば、竜騎士となれる筈だ。
竜騎兵から竜騎士になるのは確かに登竜門ではあるが、実力さえあればなる事は難しくない。
平民出身となれば、何故か難易度は跳ね上がるらしいが、なれない訳ではない事をバートル主任教官は証明している。
恐らく忖度はあるが、不可能ではないだろう。
(……まぁ今はどうでも良いか……)
「皆には期待しているぞ!!では、終わりにする!皆、よく励めよ!!!」
幾分か気になる事が多くなったが、今は確かめようがない。ちょうどバートル主任教官の話も終わったようで、壇上を降りていった。
周囲の反応も活気が戻り、これから始まる学校生活に希望を抱いている事だろう。
「これにて、入学式を終える。皆、明日より頑張るように!」
そう締めくくると、各自で解散となり、俺も周囲に習って帰路についた。