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入学式

スピー、スピー、スピー


「まだ寝てる……」


 僕がムクリと起き上がれば、彼の姿が床に見えた。

 自分の腕を枕に気持ち良さそうに寝ている。

 床の上だと言うのに、そんな事は関係ないというようにぐっすりと眠る姿は昔から変わらずだ。


 彼とは僕が十歳の頃に出会った。かれこれ六年の付き合いになるだろう。

 それからはずっと彼と一緒で、サンジェスさんに引き取られるまで彼と一緒に生き抜いてきたから、戦友に近いものがある。

 

「いい加減、朝くらい強くなってもらわないと…」


 起こそうと身体を揺さぶるが、反応は殆どなし。寝言を言うばかりで、起きる気配がない。


 彼は昔からそうだった。どこでも寝れるのに、朝だけはとにかく弱い。何故そんなに寝れるのか、頭の中を開けて見てみたいものだ。


 僕はそんな彼を放っておいて、先に身支度を整える。

 外を見れば朝日が差し込んでいて、日は高くに昇っていた。

 だいぶ寝過ごしたようだ。昨日の夜はお互いに寝坊しないようにすぐに寝たのだが、思いの外寝過ぎた。

 不意に時計を見れば、時間は八時を差している。

 今日は入学式の日であり、その時間が一時間後に迫っていた。  

 それを見た瞬間、慌てて準備を終わらせにかかる。

 ここからアドス軍事学校までは走って一時間は掛かるからだ。下手をすれば遅刻にもなりかねない。


「先に行くからね!」


 身支度を終えたと同時に彼へと声を掛けて、バタンと扉を閉めた。何も聞こえなかったが関係ない。そのうち起きるだろう。

 僕は鍵を閉め、大急ぎで入学式の会場へと走っていった。

 



 


「ここが…アドス軍事学校……」


 其処には先日見た大きな鉄門が大きく開かれていた。それに前回は見なかった看板が立てられていて、『入学式』と書かれている。

 周りを見れば、制服を着た生徒みたいなのがわんさか見える。ソワソワと入っていく姿は新入生にしか見えない。

 この様子だと間に合ったと言って良いだろう。


「意外と余裕あんな…」

 

 校舎の奥には大きな時計台が見えて、時間は八時半を示していた。

 急いだお陰でたったの三十分で着いたが、走ったからか、昨日届いたばかりの新しい制服には少し皺ができている。

 それを手で軽く叩いて伸ばし、正門を潜った。

 


 ゆっくりと周りの新入生と並木道を歩いていくが、入学式の会場に着くまで暇なので、支給されている鞄に入れていた小冊子を読む。

 会場は前回入学試験が行われた屋外円形教練場のようだ。それにどうやら他の科の入学式も同時に執り行うらしい。


(三千くらいは入れるだろうから、当然だな。)


 一般兵科の入学者を除けば、精々千人が良いところだろう。まず問題ないはずだ。


 因みに最も多い一般兵科の入学式は後日になっているようで、数日に分けて行うらしい。


 


(お、着いたか……)

 

 ペラペラと立ち読みしつつ歩けばすぐに着いた。

 眼下には見覚えのある円形演習場が見え、きっちり整列した人の列が幾つも見える。どうやら制服の色も少し違うようで、赤と青に分かれていた。それも赤と青が綺麗に分かれて列を作っている。


(……胸騒ぎがすんぜ………)


 気になる所はあるのだが、それ以上は考えずに下へと続く階段を降りていく。

 



「君、入学生か?」

「…そうだけど?」


 階段を降りて何処かしらの列に加わろうとした時、恐らく教官と思われる人物に声を掛けられた。

 黒のローブ調の制服から、在学生、入学生ではないだろう。

 

「どこの学科だ?」

「竜騎兵科だ」


 そう答えれば、その教官は訝しげな顔をしたが、何かに気づいたのか、フッと嫌な笑みを見せて指で一つの列を示した。

 

「あそこだ。精々頑張るといい」

「…どうも……」

  

(…感じ悪いな……)


 あの教官は案内役なのだろうが、どうにも態度が悪い。

 まぁ色々思うところはあるが、俺は気にしてない振りをして、その列へと並ぶ。


(なんか凄い嫌な予感がする……………)


 その列は上から見ても一番異質なものであり、正直一番並びたくもない列であった。

 その理由は勿論制服にある。正確には制服の色の比率だ。

 他の列を二色一組として見れば、どこもそれなりに同じ割合で並んでいた。気になる所と言えば若干青が多い事だろう。

 だからこそ、今俺が並んでいる列が異常に際立った。

 赤色の制服を着た者が異常に多い割合を占めているからだ。青色の制服を着た者は三十人にも満たず、他の列に比べても明らかに少な過ぎる。


 どう考えても何かあると思い、考えないようにしてたのだが、


「おい、珍しい事もあるな。青があんなにも居るぞ?」

「そうだな。今年は珍しい事もあるもんだ」

「まぁ良いだろう?大して能がない連中だ」


「………………」

「………………」


(……やべぇわ…………)

 

 向こうから絡まれる分は防げやしない。


 赤色の制服の連中から陰口が聞こえてくる。少しも隠そうともしない所を見るに、敢えて聞かせているのだろう。

 それが聞こえているのにも関わらず、青色の制服を着た生徒は俯いたまま反応を見せない。

 いや、僅かに震えている生徒が見えたので、怯えているだけだろう。

 ここまで来れば、いくら考えなくても自ずと答えがわかる。

 

 恐らくだが、貴族とそうでない者、庶民で分かれているのだろう。

 身につけている装飾品を見ればすぐに分かる。

 青色の制服を着た生徒は殆ど装飾品らしい装飾品を着けていないのだが、赤色の制服を着た連中は大なり小なり殆どが身につけていた。その上、身につけている装飾品がどれもこれも高級品ばかりで、魔力(マナ)を帯びた魔導具が大半を占めている。




 魔導具とは魔力(マナ)を帯びた道具、武具の事で様々な力を宿す。その多くが自身の能力を上げるものが多い。例えば自身の筋力を上げたり、自身の体内の魔力量を上げたりと言ったものだ。

 勿論だが、そんな簡単に作れる物でもなく、作れる者も限られる。

 そうなると、自然と高額になるわけで、一番安い物でも、王都で一軒家を買える程になってしまうのだ。

 

 そんなものを庶民が買える訳がない。 

 ましてや庶民では作れる訳もなく、作れる者が居たとしても、貴族に目をつけられるような真似をする訳がないだろう。


 そんな理由よりもあの無駄にデカい態度が俺の嫌いな貴族共にそっくりなのだから、間違いない。

 

「おい、お前。何見てる」

「いや、別に」


 別に見てはいなかったが、一人だけ前を向いていたのが目立ったのだろう。

 一人の男が突っかかってきた。

 多分同い年くらいだろう。真っ赤な赤毛が印象的だ。ギロリと釣り上がった碧眼で此方を睨んでくる。


「なんだ?その態度は?庶民の癖に」

「……………………………」


 これ以上何か言っても激昂しかねない。

 俺は咄嗟に周りと同じように、俯き、震える。


「ふん、それで良い。庶民は精々土でも見てるんだな」

(屈辱だ……)


 どうやら怒りが収まったらしい。

 見下げたように此方を見た後、周りの奴らと話し始めていた。


(だから、貴族って奴は嫌いなんだよ…)


 此処で騒ぎを起こしても何の得にもならなかったとは言え、屈辱的なのは変わりない。

 だが、それが庶民というものでもある。貴族に怯えて細々と暮らさなければならないのだ。


(まぁ見下されない為に、竜騎兵を目指すんだけどな…)




 竜騎兵とはこの国の英雄的存在であり、精鋭の兵団ではあるが、それだけではない。

 竜騎兵には多くの特権が存在するのだ。

 そして、その一つに伯爵と同等の権利を与えるというものがある。

 領地を持たない宮廷貴族と同じ手合となるが、竜騎兵の方が貴族と同等の地位が国王より保障されやすいのだ。

 ただ紛争や魔物討伐の派遣など危険が多く、命を落とす者も少なくない。

 しかし、貴族と同等の特権があるという事だけでも魅力的であり、竜騎兵への多くの志願者、軍事学校への入学希望者を出す要因の一つとなっている。

 



(今に見てろよ……)


 そんな屈辱に耐えていれば、ヒソヒソと話していた声が消えた。

 何があったのかと前を見れば、前方に設置されていた壇の上に人影が見える。

 目を凝らせば、白い髭を生やした白髪の老人だった。

 頭には黒のとんがり帽子を被り、やや黒み掛かる青のローブを着ている。それに、老年としては珍しく背筋が伸びていて、歴戦の風格を感じた。

 その周りには教官らしき者たちがいつの間にか待機している。

 

「あぁ、諸君。まずは入学おめでとう。私は校長のブリトン・アウレグである」


 その老人は歳の割にはよく通る声で、祝いの言葉と共に名乗った。

 多くの者がアウレグ校長に向き直り、真剣な眼差しを向ける。

 アウレグ校長はそれを確認するように周囲を見渡した後、再び話し始めた。


「我がアドス軍事学校は次代の守護者達を育てる為に存在する。しかし、残念な事に近年では邪な理由で入る者が後を絶たん」


 その眼差しは鋭く、一人一人を睥睨していく。

 射抜かんばかりの眼光に、周りの生徒の気配が揺れている。


(蛇に睨まれた蛙だな………)


 当然と言えば当然だろう。強者が放つ威圧感は独特であり、実力が分からぬ者でも格下ならば自然と身体が怯えるのだ。

例に漏れなければアウレグ校長は強者であり、特有の威圧感を放っているが、俺にとっては恐るものでもない。

 しかし、此処で平気な顔をすれば目をつけられるだろう。

 別に臆していない者も居ないわけではないが、それは少数だ。それも赤色の制服を着た生徒ばかりで、名の知れた者も見え、納得はできる。

 だが、青色の制服を着た生徒の中には一人も居ない。

 誰も彼もがたじろいでいる。そんな中で、目立つ行動は控えるべきだ。

 

 俺は手近に居た生徒のように、手を組み、俯いて震える。


「少なくとも、諸君らはそうでない事を祈ろう」


 フッと嫌味な笑みを覗かせると、その老人は壇から降りていった。

 それと同時に威圧感も消えて、周りの生徒もスッと息を吐く。


(……あのジジイ、わざとだな?……)

 

 力の弱い生徒を怯えさせるのが目的だったのかもしれない。

 あれだけの戦闘前のような威圧感を自然と放つのも無理がある。

 どうにも、わざとだとしか考えられない。


(そういや、アウレグとか言ったな?)


 

 ふと思い出したのだが、アウレグといえば、この国に君臨する三つの公爵家の一つだった筈だ。

 それぞれ、英明のソルティーダ、武勇のノバーレ、そして魔導のアウレグとも呼ばれている。

 またアウレグ家は魔導に優れた者を多く輩出する事でも有名で、アウレグ公爵家の者が校長を勤めていてもおかしくない。


(……いくら何でも勘弁してくれ……)

 

 我が物顔の貴族の子息、態度の悪い教官達、支配欲に溺れているだろう校長。

 これから訪れる前途多難の道のりに、思わず眩暈がしてしまうのだった。

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