結果
入学試験から数日。
入学試験結果が張り出されたと聞き、僕はアドス軍事学校へと向かった。
入学試験と同じ道を僕は一人で、
「な、なぁ、大丈夫だろうか?」
…………一人で行きたかった…………
隣にはソワソワと落ち着きなさそうな壮年の男が忙しなく視線を動かす。
まだ三十代になったばかりの年若いその男は、厳つそうな相貌を崩して、情けなくも、不安そうに眉を寄せていた。
「大丈夫だよ。サンジェスさんも少し落ち着いて。」
「わ、わかってはいるんだけどな…その……」
この男、サンジェスさんは無理とでも言うように手遊びを続ける。
気になって仕方ないようだ。
筋骨隆々な立派な体格の割には、心は弱いらしい。
本来なら、僕がそんな状態になる筈なのに、先にサンジェスさんがなってしまったので、逆に落ち着いてしまった。いや、寧ろ落ち着き過ぎて、サンジェスさんの隣を歩くのが恥ずかしい。
その不審者のような行動が注目の的となって、周囲からの視線が飛んでくるからだ。
原因はそれだけではない。
「それに、サンジェスさんの格好も問題だよ。なんで、着替えてこなかったの?」
「いや、だって、お前の晴れ舞台だし……」
そう言って、困ったように頭に手をやる。
彼の今の格好は鎧姿だった。
軽装ではあるものの、青と白を基調とした鎧で、胸元にはモーテラス王国軍のエンブレムである金色の竜の姿が描かれている。
彼の職業は見た目通りの軍人。
「それでも、仮にも竜騎兵である自覚があるなら、もうちょっと考えてよ。」
「は、はい…」
もっとも、ただの軍人なら、そこまで注目は浴びないが、この国ではエリートとされる“竜騎兵”である事も、注目を浴びる原因だ。
しょんぼりしながら、彼は肩の隊章を今更ながらに隠す。
(違う、そうじゃない……)
頭が痛くなるが、それでも何処となく嬉しく感じる自分が居た。
彼、サンジェスさんは僕の保護者的存在だ。
孤児となっていた少年の頃に僕を拾ってくれて、今まで育ててくれた。
もう四年程経つだろうか。
それくらいの付き合いだから、情くらいは移る。
(だからこそ、態々離れて歩く程嫌いにもなれないんだよね。)
「お、おぉ、ここがアドス軍事学校……!」
「サンジェスさん、それ僕のセリフ……」
暫く珍獣が見られるような視線に晒されながら歩いていくと、目の前に数日前に見た鉄門が見えた。
数日しか経っていないが、何か感慨深いものがある。
「お、おぉ!すごいな!?俺、初めてみたぞ!?」
「…………………………」
しかし、サンジェスさんの所為で台無しだ。
少し興奮しているのか、キラキラとした眼差しで、校札や奥の校舎と思われる建物を見ている。
少し静かにしてくれないだろうか。
「おい、アレって竜騎兵じゃないか?」
「嘘だろ!?本物か!」
「いや、本物だ!あの隊章は竜騎兵団の王国守備隊のものだって!」
だがしかし、サンジェスさん。こんなんでも、竜騎兵だけあって人気は凄まじいものがある。
中身はただのおっさんなのに、制服を着た生徒思われる人達や入学試験の結果を見に来た人から、異様に視線を集めた。それは先程までの比ではなく、尊敬と羨望の眼差しを集め続ける。
「それよりも早く確認に行くよ。」
「あ、あぁ、そうだな…」
僕はサンジェスさんを置いて、スタスタと合格者が張り出されているであろう場所へと歩いていく。
一箇所だけ異様に人が集まっている所があり、数日前にはなかった掲示板が設置されていたから、間違いないだろう。
サンジェスさんも少しだけ我に返ったのか、ハッとしたようになった後に、僕の後に続く。
(というか、この人連れてると意外と便利。)
というのも、後ろに続いてくるだけで、周りの受験生であろう人達が、サーっと引いていくのだ。
恐れ多くて、近づけない感じなのだろう。
なので、掲示板には容易に行けた。
僕はポケットから、先日受け取った受験紙を取り出す。
そして、汗ばんだ手に持ち、掲示板に書いてある番号から、自分の番号を探した。
「…見つけた……」
思わず、口から声が出てしまう。
何気に番号が多くて見つけるのが難しく、見つかるまでの時間が異様に長く感じたが、見つかったら、見つかったで、現実味を感じなくなる。
(やったよ………)
ギュッと受験紙を握り締めて、頭に持っていく。
「やったなぁ!カリルっ!」
蹲っていれば、バッと後ろから何かが抱きついてきた。
見れば、涙を流して喜ぶサンジェスさんの姿がある。
まるで自分の事のようにオイオイと涙を流して喜びを表すように肩を叩く。嬉しそうに顔を綻ばせて、泣き笑っていた。
情けないなと思いながらも、自分も嬉しくて笑えば、涙が伝う。
確かに僕は夢の第一歩を刻んだのだ。
「よっしゃあ!じゃあ、今日は奮発して、豪華な夕食だぁ!」
暫くすれば、気持ちが切り替わったのか、大手を振り上げて叫び、何やら嬉しそうに鼻歌を歌いながら街の方へと歩いていく。
僕は置いて行かれないようにその後に続いたのだった。
「おやすみ、カリル。」
「サンジェスもおやすみ。いってらっしゃい。」
「あぁ、いってくる。」
竜騎兵は僕の思っている以上に多忙な仕事らしい。
サンジェスさんは深夜だと言うのに仕事だと行って、軽く就寝の挨拶だけ交わして、急ぐように出ていく。
多分、今日の日も無理して出てきたんじゃないだろうか。
そんな事を考えながら、自分の部屋の扉を開ける。
「よぉ、お楽しみだったみたいじゃねぇか。」
扉を閉めたと同時に後ろから声を掛けられた。
「全くよ。俺も食いたかったぜ。」
其処には知らない男、いや、違う。
「お前も食べただろ?食べてないみたいに言うな。」
「へへ、冗談だって…いちいち間に受けんなよ。」
悪態を吐きながら、窓に腰掛ける僕の姿があった。
何から何まで僕の姿の男はヒラヒラと掌をたなびかせ、何でもないようにヘラヘラと笑い続ける。
「で?どうだったよ?」
「合格したよ。」
「やるじゃねぇの!流石だぜ!」
彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「というか、何でお前が行かなかったんだよ。お前が言っても、合格できただろ?」
「お前の方がより確実に取れると思ったんだよ、よっこいせ。」
彼は窓から降りると、ベッドの隣に置いてあるキャビネットの上のコップを僕の前に突き出す。
仕方なく、そのコップの中に魔法で水を注ぎ出す。
「俺は魔法は使えないからな。その点、お前は魔法が使える。」
「僕達のデメリットを逆手に取ったって訳?」
先回りして答えれば、ニヤリと彼は笑った。
「その通り。“平民”ってデメリットを使えれば、チャチな魔法でも、過大評価されやすいってもんさ。」
「お前、やっぱりクズだわ……」
彼は心外だとばかりに顔を歪める。
「これも俺たちの為だ。分かるよな?これからの成長に期待されてんだよ。“平民”でも、チャチな攻撃魔法が使えるなら、訓練すれば……な?」
ニタリと悪どい笑みを浮かべる僕は見ていて気味が悪い。
だが、彼の話も一考の価値がある。
「その点、俺は武具の扱いだけはピカイチだけどよ。あとは裏方仕事だな。そんなもん、見せる訳には行かねえだろ?」
「それは確かに……」
その言葉を待っていたかのように、彼は破顔した。
「よく言うだろ?結果良ければ全てよし、ってな。」