“不忠の竜騎士”
「…俺らを拾ってくれたアイツ、相当にヤバい奴のようだぞ?」
「は?」
ベッドに腰掛け、ヤツからの報告を受けた僕は思わず声が漏れた。それに気にした様子もなく、窓枠に腰掛けるヤツは話を続ける。
「……“不忠の竜騎士”、お前も耳にした事があるだろう?」
「…まさか………」
“不忠の竜騎士”。
その名はこの王国に置いて最も有名な竜騎士の事を指す。ただし、王国史上、類を見ない悪名ではあるが、この国では知らぬ者はまずいないだろう。
彼の悪名は数知れず、王城を破壊しただの、違法賭博に明け暮れるだの、無類の女好きで見境がないだの、上げればきりがない。
聞けば聞くほどに確信めいたものを感じるのはおかしくはない筈だ。
唯一の善行でも、巨額の献金を孤児院を経営する教会にしているらしいという噂程度だ。元孤児という彼自身の生い立ちも関係している噂らしい。
ただ実力だけを見れば、竜騎士になってもおかしくはなく、その悪名によって騎士叙任も延期になっているという噂もあるようだ。
「流石に苦労したぜ?並の奴じゃ一生辿り着けねぇ場所に隠された情報だ。有り難く受け取れよ?」
「…よく見つけれたな、本当に…」
踏ん反り返るヤツに、僕も思わず感嘆の声をあげる。
悪名として“不忠の竜騎士”の二つ名は有名過ぎる程有名ではあるが、その竜騎士個人については一般層には不思議な程に伝わって来ない。当然僕も知らなかった。知るのは竜騎士や王侯貴族のみとなっているらしく、よく調べれたものだと思う。
「ここまでの情報で4000万ゴールド」
「高過ぎる……」
「これでも割引してるぜ」
ただ要求金額は遥かに途方もないのはどうにかして欲しい。貴重だと分かっているヤツは見越したように吹っ掛けてくる。いつもより強めに文句を言えば心外とばかり顔を歪ませた。
「それだけあれば、それなりの家が買える」
「分かってねぇな?情報にはそれだけ価値があんだよ」
確かにヤツの言い分も一理ある。あるにはあるが、値段は規格外だ。それだけの価値はあるのだろうが、納得は難しい。
しかし、聞いてしまった以上グダグダ言っても仕方ないので、取り敢えず4000万ゴールドを支払う約束を交わす。
「いつもの払い方で良いだろう?」
「へへっ、毎度あり!」
「どこの言葉だよ……」
ヤツはホクホク顔で嬉しそうにしている。妙な言葉を使う幸せそうな顔が無性にムカつく。それよりもヤツの言葉に少し引っ掛かりを覚えた。ヤツは“ここまで”と話している。つまりその先の情報もあるという事だ。
「それで?残りの情報、まだあるんだろ?」
「ん?あ、あぁ、あるにはあるんだが……」
当然それを問いかければ、ヤツは途端に歯切れ悪そうに言葉を濁す。
「…俺も全部を把握しきれていねぇんだよ…それに半信半疑でな……途中経過の情報であれば教えてやっても良いが、どうする?」
僕へと不安そうに回答を委ねてきたのは、出会って初めての事で驚く。今までは情報を吐いて、その場で徴収してきたヤツの言葉とは思えない。それだけ不安材料の多い情報なのだろう。
「…因みに情報料は?」
「……割引込みで……34億8000万にしとくよ」
違った。ただ単に値段がバカなだけだった。
その額に目眩を覚えるが、取り敢えずそれだけの訳があるのだろう。そんな理由をつけないと納得もできない。
「……お前、爵位でも買う気……?」
「だから、俺も金が入り用なんだよ!それにこれでも安くしてんだよ!」
取り敢えず一言苦言を呈する。流石に値段が値段だ。頷く事はできない。せめて10分の1の値段であれば、払えなくもないのだが、想定した金額を大幅に上回っている以上不可能だ。
「本当なら国家予算の一割の値段を請求しても良いんだけどよ、確証がねぇし、俺もそんな情報を教えて混乱させたくもねぇしな。これは裏取りを含めてかなり時間がかかりそうだ」
どうにも苦戦しているらしく、最後は苦々しく呟く。まだ確証が取れていないが、それだけ価値に自信のある情報なのだろう。その上、国家予算を持ち出したり、僕を混乱させる程という事は国家機密に近いものがあるのは確かだ。
それでも一つ言いたい事がある。
「というか、なんでこの国の国家予算を知ってるんだよ!」
「だから!俺が史上最恐の諜報員だからだって言ってんだよ!」
(国家予算、重要機密を市井で知る自称最強の無名諜報員とは一体……)
少なくとも僕はヤツの名前を聞いた事はない。裏の世界はあまり知らずとも、それほどの実力者なら表でも有名である筈。
数年前までは一人の暗殺者の名が表舞台にも轟いていたが、今では聞くこともなくなった。
同一人物かと思い、聞いてみたが、否定しか返ってきていない。だが、それも嘘とも取れる。
何にせよ、ヤツの底は計り知れない事だけは確かだ。
そんな彼の思いとは裏腹に、もう一人の彼も心の中で呟く。
(…こんな馬鹿げた金額を軽く払えるのも、何回考えても意味わかんねぇ………)
自分自身、とんでもない額という認識はある。ただ必要経費でもあり、これでも安くはしているつもりだ。“付加価値”の分も含んではいるが、妥当な額ではある。
ただ一体これだけの金額をどうやって調達しているのか。俺でも全ては知らない。興味本位で調べると、どうやら冒険者ギルドという場所で稼いでいるようだが、それだけの額を稼げるものなのだろうか。調べたい気持ちは年々増えてくるが、こちらもこちらで優先するべき仕事で手一杯だ。とても手が回らない。
((嘘なら兎も角、本当ならとんだ化け物だな……))
この瞬間だけはお互いの心の声が一致していたが、それに気づくかと言われれば、言うまでもないだろう。
いつかの夜を思い出し、数巡耽っていたが、すぐに意識を戻す。
目の前では女生徒が曖昧に笑みを見せている。
「……その、ごめんなさい……」
「…まぁ事実だしね……」
何故か目の前の女生徒に謝られた。だが、事実である以上、何とも言えない。
「今の僕にとっては父親みたいなものだし、噂ほど酷い人でもないから、風評被害だけなら平気だよ」
『ブフッ!?』
空気を変える為に敢えて明るく振る舞ったが、女生徒の笑みは一向に柔らかくならない。
心からの笑みを見せているというのに、女生徒には全く効果がなかった。
ただ、何処かで不愉快な嗤い声が聞こえた気がする。僕の勘を信じて、誰にとは言わないが、後ほど制裁を加える事は確定した。
「……でも、噂だけで決めつけるのも良くなかったわ。改めてごめんなさい……」
『……中々の上玉だなぁ……』
どうにも律儀な性格のようだ。相棒が許すと言っても、心の内を話した上での謝罪とはとてもできた人間らしい。相棒は相棒で、多分同じ事を考えているのは顔を見りゃ分かる。
ただ、そんな事は俺にとってはどうでも良い。俺は目に映る女生徒を観察するのに全神経を注ぐ。
『眼福だな……』
正直ここまでの美人、見た事がない。何故誰も反応しないのか、不思議なくらいだ。
まぁ相棒は反応していたようだが、ふとある事が頭に過ぎった。
『…だから、相棒も普段しねぇような馬鹿みたいな表情をしたのか…なるほど……』
それはさっきの気持ち悪いくらいの相棒の対応だ。
そう考えれば、先程のやり取りの辻褄が合う。
相棒も“男”だ。好印象を持ってもらう為に、わざと馬鹿みたいな好青年を演じてるいるんだろう。
気持ちは痛ぇぐらいに分かる。
『できるなら、俺が相手になりてぇ……』
何度も口から溢れるが、相棒は聞いてくれそうにないだろう。それ以前に、
『……何か笑ったのが気づかれた気が………』
背中に妙な寒気を感じる。
相棒、あんなでも勘だけは鋭い。俺としては笑ったのがバレる訳ねぇとは思っているが、
『…いや、そんな訳ねぇ…バレる訳ない……』
どうにも不安が拭い切れねぇ。
聞こえる訳が無いのに、心がざわめく。
『……まぁバレたらバレたか。なるようになんだろ』
俺自身、ごちゃごちゃ考えるのは性に合わない。なら、いっそ開き直れば良いと頭から不安を追い出して女生徒の観察へと戻った。




