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悪手と悪手

「でも、奇遇ですよね!僕、一人で不安だったんですよ!」

「そうだね。僕も気が楽だよ」


 校舎に入った後、僕たちは第五教練室という場所に向かう事になった。

 正直、自分一人だと不安ではあったので、少々性格に難があっても顔見知りがいるというのは大きな安心材料だ。

 

「でも、あの地図、少し分かり辛いですよね。もうちょっと詳しくしてくれたら良いのに…」

「でも、分かるんだから、平気じゃない?」

「それはそうですけど……」


 僕が安心している隣では、先程顔見知りになった生徒は先程の掲示板に文句をつけて、顔を顰めている。確かに僕としても同意見ではあったが、敢えて口にはしなかった。

 あの掲示板には場所を示す地図が書かれていたのだが、これが少し分かり辛かったのだ。

 具体的に言うと、平面から見た建物に、それぞれの教練室の名前が矢印で書かれているだけの粗末なものだった。僕も思わず二度見したくらいだ。


「……嫌がらせですよ、絶対……」


 どうにも彼は納得がいかないのか、不服そうに顔を曇らせている。

 まぁそれにしては同感だ。顔には出さないが。


「一部の生徒、なんかパンフレットみたいな物を持ってたんですよ。僕、そんなの貰ってません」

「僕も貰った記憶はないね」


 同志は思っていた以上に近くに居たらしい。これはヤツから詳しい話を聞く必要がある。これからの生活に関わるのだから、必須事項だろう。


「あっ、あそこじゃないですか?」

「…さぁ入ろうか……」


 見れば“第五教練室”と書かれた札が見えた。取り敢えず、彼と一緒に後方の扉から入る。


 扉を開ければ一斉に視線を受けた。それも値踏みされてるような視線だ。


「…嫌な視線だな…」


 思わず顔に出そうな所を我慢する。ただ口が勝手に開いてしまった。いつだってこんな注目のされ方は嫌なものだ。

 でも、少しだけ安心したのはその視線を受けたのは僕だけじゃない所だ。少々性格が悪いが、嫌な視線も分かち合えばストレスも半分で済む。


「……………」


 だが、少々性格が悪過ぎたようだ。

 やけに静かになったのを気になり、隣をチラリと見れば、明らかに震えていた。それも何か恐怖したように腕を押さえてブルブルと震えている。


 事情もそれぞれ、生きてきた人生もそれぞれだ。慣れてないのかも知れない。


 トンと肩を叩けば彼は大袈裟なほどびくつかせた。こっちを見上げた顔は可哀想なくらいに青ざめている。先程までの姿は見る影もない。


「さぁ、席に着こう。いつまでも立ってるわけにはいかないでしょ?」


 恐怖で固まる彼の肩に手を回して席へと連れていく。僕の方が身体は大きいので、隠し易くはあった。他からの視線を引き受ける役目は今の僕にしかできない。ストレスはあるが、流石に見捨てるのは非情にもほどがある。


「……ありがとう……」

「貸し、一つね」


 若干周囲から驚いたような雰囲気を感じたが、無視して進む。席は窓際だ。ただ一番前ではあるので、視線を受けやすいのが難点だろう。彼も席が近いらしく、右後ろに座らせる。少しは落ち着いたのか、震えは多少収まっていた。ただその代償は大きい。


「…おい、あいつ、手を貸してたな?何者だ?」

「…初めて見るヤツだ。もしかすると……」


(…助けるのは悪手…だった……かも知れない……)


 逆に僕への注目が悲惨な事になってしまった。完全に興味の中心になったようだ。こんな事ならカッコつけるんじゃなかった。だが、しかし、


(分からない。何がそんなに注目を集めているのかが分からない。)


 正直、右後ろの彼と懇意にしているだけで注目されるのは異常としか言えない。彼自身、恐らく騎士階級の貴族だと思われるが、彼の何がそんなに注目されているのだろうか。貴族が、平民と仲が良いのは珍しいが、ここまで視線を集める理由としては弱過ぎる。  ただ言える事はそれが悪手だったという事だ。まだ情報が圧倒的に足りない。ヤツに情報収集させるか。




『おーい、俺を殺す気かよ』


 聞こえていないだろうが、彼へと悪態をつく。相棒はつくづく人使いが荒い。もう少し俺の事を敬っても良いだろうに。だが、内容としては悪くない。


『でも、人助けたぁ、相変わらずだね。腐っても性根は変わらねえのな。まぁ情報料はタダじゃねぇから良いが、今回はいくらで買ってもらうかだな』


 何ともヤツらしい内容で、報酬も弾んでくれるだろう。いや、情報難度としては弾んで貰わなければ、困る。恐らく大仕事にはなるだろうから。頭の中で勘定すれば、思わずほくそ笑んでしまった。

 



(あの守銭奴、絶対今悪い事考えてるな。)


 アイツの心の内は分からないが、何となく考えてそうな事が目に浮かぶ。昔からカネにがめついアイツの事だ。必ず、僕に吹っ掛けようと手ぐすね引いて待っているに違いない。

 ただ、アイツの腕が良いのは確かであり、その辺りの情報屋に十回頼むよりもアイツが一回で持ち帰ってくる情報が圧倒的に多いのも事実。その上、正確性もかなり高いので、ある意味適正価格なのかも知れない。

 ヤツ曰く、


“俺は史上最恐の諜報員だぞ?そこらの情報屋程度と同列にしてもらっちゃ困る!”


だそうだ。

 史上最強とは大きく出たものだと思うが、凄腕なのは間違いはないので、渋々渡さざるを得ない。例え、その金額の桁が二、三つ違ったとしても。


(別に共有してくれても良いのに……)


 運命共同体に近い形ではあるので、そんな事を思わなくもないが、多分折り合いがつく日は一生来ないのは目に見えているので、思わずため息が出た。


「ふふっ……」


 そんなため息を聞いていたのか、隣から押さえた笑い声が聞こえる。


「あ、ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど……」


 隣を見れば、僕と同じ髪色の女生徒と目が合い、すぐに申し訳なさそうに謝ってきた。


「いいよ。気にしてないし」


 ほんの少しは気にしていたが、口にするまでもない。だから、軽く許せば、


「そう?良かった!」


 女生徒は花が咲いたように笑った。


「……………」


 特段美人という訳ではない。目を惹きつけるような雰囲気でもない。だけど、その笑顔に僕は不思議と惹きつけられた。どこか懐かしいような気配に思わず、思考が停止する。


「私はソフィー・セーベルよ。あなたは?」

「えっと、カリル・ルーセイルって言います」

「え、ルーセイル!?」


 彼女は驚いたように声を上げる。そして、その声に反応したのは僕だけではなかったようだ。


「驚いた。まさか、あの不忠の……」

「あぁ、あの放蕩人に子供、いや、あり得ない話でも….」


 やはり父さんは相当な有名人だったらしい。アイツも色々情報を持ってきていたが、どうにもある程度は本当だったらしい。

 周囲の生徒から驚きの声、困惑の声と共に、視線と鋭さが一気に増した。


「やっぱり悪い意味で有名人みたいだね……」

「え、えぇ、まぁ……」


 目の前の女生徒も気まずそうに頷く。やっぱりかと言う思いと、以前のヤツとの会話を思い出す。

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