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迷子

「じゃあ、僕は行くから」

「………」


 本人は迷子ではないと言っているんだ。そうなのだろう、きっと。

 そのまま軽くその生徒の隣を通り過ぎる。本人が助けを求めていない以上、手を貸すのは野暮だろう。

 それに何より面倒な事に巻き込まれそうな雰囲気を感じ、急いで距離を取りたかった。


(えっと確かこの先の筈……)


 薄情ではあるが、その生徒を放置する。我が身が一番可愛いのだ。自分さえ良ければ、それで良い。

 僕は見て見ぬ振りをして、目的地に向かって歩いていくんだが、


「……」

「………」


(…つ、着いてくる………)


 何故か迷子の生徒が、僕に着いてくる。何なら、通り過ぎた瞬間から、子連れの子供みたいに着いてくる。正直困った。その生徒の目的地自体が分からないのに、どうすれば良いのだろうかと。

 

「……」

「……」


 先程から後ろを振り返りはするが、その生徒は目が合っては、すぐに立ち止まって目を逸らしてしまう。あとはその繰り返しだ。気になって仕方ない。

  

「……ッフ!」

「…!?」


 まぁそんな事が続くと僕自身、何故か楽しくなってしまい、急に振り向いたり、時折フェイントを仕掛けてはその生徒の反応を楽しむようになっていた。驚いたり、反応が遅れて急いで顔を背けるのは中々見ていて楽しい。これの何が楽しいのか分からないが、あまりにもその生徒の反応を見たくてつい揶揄ってしまう。


 そんな幼稚な遊びをしていれば目的地まではあっという間だった。


(竜騎兵科の校舎前って、ここだよね?)


 場所としては校舎の北側に位置している。学校の中でも一番奥にあり、本来なら正門から真っ直ぐ進めば、着く筈だった。

 遅く着いたからだろう。既に校舎の前には看板が設置されており、多くの生徒で溢れている。恐らく、クラス分けやら何やらの張り紙でもあるのだろう。


「…や、やっぱり有名人も多いですね……気負いしますね……」

「国の英雄候補なんだから、普通だと思うけど…」


 何故か普通に会話してくるが、僕としても話しかけてくる人が居るというのはある意味ではありがたいので、無難に返す。

 いつの間にか隣に並んで話しかけてくる例の生徒の言う通り、視界に入る多くの生徒は見知った顔ばかりだ。あの入学式では他の人の顔をじっくり見れなかったから、改めて観察する。


「…あそこの傭兵は、有名な西部戦線で活躍したって人だし、あそこの冒険者なんて難関ダンジョンを踏破した実力者だし、あそこの貴族は侯爵家の子息で剣の腕も良いって言うし……」

 

 観察している間にも隣の生徒は聞いてもいないのに、ペラペラと話し続ける。チラリと見れば、俯き加減だが、その目だけが少し輝いて見えた。どうにも憧れを含んでいる眼差しだ。


(それにしても、アイツが言っていたのは誰だ?)


「…あの人なんて、大魔法を使える天才だし…」


 それよりもアイツが気にしていた人物を探す。僕としても知らなければ警戒のしようがないが、バレては本末転倒。僕はアイツよりも気配の消し方は下手だから、周囲を軽く観察するに留める。


「……あの!」


 先程まで声が小さくなっていたが、急に大きな声をあげたので、思わず隣の生徒を見やる。

 そういえば、生徒が居た事を若干忘れていた。いや、正確に言えば、忘れようとしていた。

 見ればその生徒は見上げるように何処か真剣で、キラキラとした眼差しを向けてきている。こんな視線を受けるのはあまりないので思わずたじろいでしまう。


「えっと、その僕、サンジェス騎士の大ファンで」


(あー、なるほど…)


 どうやら、サンジェスさんのファンらしい。それなら、今までの不自然な行動にもある程度は合点が行く。多分、さっきからの独り言も、今の言葉をずっと言いたかったのでは無いかと今になって感じた。何処か尊敬にも似た視線が突き刺さる。

 サンジェスさん、意外と有名人らしい。でもおかしいな。あの呑んだくれに尊敬要素は微塵も感じない。そもそも家での姿しか見ておらず、普段の仕事姿を見ていないというのは大きいのだろう。


「実は、ずっとお話しさせてもらいたくって…あの日からずっと見てるだけで……それで」


 辿々しく一生懸命に話す姿は何だか可愛いらしく見える。その上、その生徒の容姿も小柄で整っているのも捗って庇護欲もそそられた。


 ただ留意すべきは


「す、すいません!自己紹介もなしに。父上からもよく注意されてて」

「いや、気にしてないよ」


向こう水な性格だろうか。どうにも一人で突っ走る性格がかなり強いらしい。


 心にも無い事を口に出せば、あからさまにホッとしたように表情を緩めた。


(なんか騙されやすそう………)


 会って間もないとは言え、その愚直振りには心配が勝る。




だが、女の子として見るなら、どれだけ魅力的だろうか。

 クリクリとした茶色の瞳に、肩口で切り揃えられた綺麗な若緑の髪、庇護欲を唆る小柄な体躯に、容姿端麗ときたものだ。

 間違いなく、男受けが良い。とてつもなく良い。


(これが女の子ならどれだけ良かっただろうか……)




「僕は、アルセイン・ルセットと言います」


 目の前の()()()()は胸元に手を当て、丁寧に挨拶をする。どこか気品も感じさせるのだが、性格のせいで台無しだ。




『…お、惜しい……性別が口惜しい………』


 庇護欲を唆られるが、しかしとて、()である。そう、()なのである。俺は絶望に打ちひしがれた。




「僕は、カリル・ルーセイルって言います。まぁ今頃だけど、宜しく」

「は、はい!宜しくお願いします!」


 僕が片手を出せば、嬉しそうに両手で握ってくる。本当に性格さえ良ければ、好感が持てるので実に惜しいと感じた。あとは出会い方だろうか。


「でも、あのルーセイル卿に本当に隠し子がいるなんて驚きました!噂も馬鹿にはできませんね!」

「ハ、ハハ……」


 話を聞いていると何やら勘違いをしているようだったが、直す必要を感じなかったので、黙っておく事にした。

 それよりもあのおじさんについての噂の方が気になる。僕自身、噂についてはあまり知らない。だから、少し知りたいと思う気持ち半分、どこか知りたくない気持ち半分と言ったところだ。



「あ、そういえば掲示板の前、空きましたね!あの、お詫びも兼ねてちょっと見てきますから、待っててくださいね!」


 前を見れば人集りがだいぶ収まっている。恐らく校舎の中に入っていったのだろう。掲示板を見る人は疎らになっていた。


「あ、ごめんね。お願いするよ」

「はい!行ってきます!」


 どこか嬉しそうに生徒は掲示板に向かっていく。元気に返事をして走り出す姿はどこか犬を彷彿とさせた。多分、間違ってない。


 


『あれじゃあ、立派な忠犬だな』


 ふと、隣から声を掛けられた。隣を見ると、いつの間にかアイツが息を殺して笑っている。


『早速手下みたいなものが出来るとは、笑うしかねぇよ。こういうのはお前が得意そうだ』

「そりゃどうも」


 隣いたソイツはニヤリと笑いつつ、掲示板を必死に見ている生徒に視線を飛ばす。何となく馬鹿にしているような雰囲気が出ている。


『しかし、こんな事があるものなんだな?お前、気づいてるか?』

「何が?」


 だが、暫く笑っていたソイツは突然笑みを消して僕へと問いかけた。だが、その意味を汲み取れず、疑問を口にすれば、ヤツはやれやれと言うふうに首を振るとそっと近づき、耳打ちをした。


『奴が騎士の子息なのは気づいているだろう?』


 その言葉に僕は小さく頷く。彼が自分の身分などを明かしていないのには気づいていた。

 あの最初の挨拶。あれは騎士達の挨拶の一つであり、妙に様になっているのを見れば一朝一夕で出来るものではない事に気づく。彼の中に染みついた挨拶なのは容易に想像がつき、彼が騎士階級だと思い至った。

 それが敢えてなのか無意識なのかは別として彼が身分を明かさない以上、深くは突っ込む必要はない。

 深く突っ込まれたくないのは僕自身も同じだから。


 何を今更と怪訝そうに見やれば、ヤツは続けて口にする。


『ただの騎士なら俺も忠告はしねぇ。最初は俺も容姿に見惚れて気づかなかったが、恐らく()()騎士団長の子息だ。切れ者の可能性もある。気をつけろ』


 …何やら彼の親とはただならぬ因縁がありそうだ。僕が見ていないところで一悶着あったのかも知れない。


「で?何が心配なんだ?要はお前が怖いだけじゃないのか?」

『うっ…そ、それもあるが、もし入れ替わった時に気づかれるかも知れねぇから、気をつけろって話だ』


 痛い所を突かれたのか、バツが悪そうに顔を歪める。やっぱり個人的な苦手意識が大いにあるのかもしれない。


『おっと、その前に俺は行くぞ。あいつが帰って来てるからな。また家で』


 一方的にヤツは話し終えると、僕の隣から姿を消した。 

 そして、ヤツと入れ替わるように彼が僕の元へと戻ってくる。


「み、見てきましたよ!良かったです!僕と一緒なんですよ!」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう。他に何か書かれていた?」

「いえ」


 それは一瞬の出来事で、突然ゾクリと背筋が凍った。


 それまで朗らかに話していた彼が一瞬にして、顔つきが変わったからだ。

 

 目の前にいる生徒が一瞬獰猛な獣のように見え、身体が強張る。

 猛獣のような鋭い視線は確かに此方に向いていた。


「他には何もなかったですよ!」

「そ、そう?じゃあ、折角だから一緒に行こうか」

「はい!一緒に行きましょう」


 恐らく一秒にも満たない刹那ではあり、殆どの人なら気づく事もない。

 でも、それに気づいた僕は心臓がバクバクと脈打つ。

 何に気づいたのかは定かではないが、何かしら感じ取ったのは間違いない。


 動揺を悟らせないように落ち着いて返事をしたが、若干声が上擦った。


“な?言っただろう?”


 アイツの心の声が聞こえるような気がする。


 僕よりも先に行く彼の背中を見つつ、改めて気を引き締め直したのだった。

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