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7 かくれんぼとおいかけっこ ①

「見つけた! まて!」


 観光客でにぎわいはじめた朝の街の片隅、お土産物屋さんと洋食屋さんの間の小さな隙間でウサギを見つけた悠は、息をきらせながらそれを追いかけた。ここまでもう2回も逃げられている。町役場の駐車場で一回。家からも近い大きな公園の入り口でなぜかそこには入らずまごまごしているときに一回。


 今度こそという思いとともに悠は大人ではとてもするりと入ることができない小さな通路へと体をすべらせていく。ウサギも必死だ。悠に見つかるたびに「なんで?」といった風に大げさに飛び上がったあと、いちもくさんに逃げていくのだが、その度にこのウサギ、やっぱり変なのだ。最初の町役場の駐車場ではわざわざ広い駐車場のど真ん中に立ち上がって前足、いや手に持った何か―大きな紙だから地図だろうか? そんなものを見ていたように見えたし、二回目に公園の前で見つけた時は、公園と外との境目くらいの場所でまた立ち上がって金色の何か円形のものをかかえていたようにみえたのだ。


 一体全体このウサギは何なのだろうか? こんな不思議なウサギなんて、悠の持ってるたくさんの物語の中にだってそうそう出てきやしない。だから必ずつかまえて『そのなぞをかいめいしなくては』という気持ちで悠はようやくウサギを追い詰めた。


 実は悠は前に何かの時、この路地の先に入ったことがあってこの先が行き止まりなのを知っていたから、ここで見つけた時にしめたと思っていたのだ。そうして奥までゆっくり入っていくと、何故だかウサギの姿がない。あるのはカギのかかった物置小屋と積み重なった車のタイヤくらい。


「いない」


 一応壁と物置小屋の隙間も調べてみたけれどやっぱりウサギの姿はどこにもなかった。


「……また逃げられた」


 そうつぶやく。でもどうやって? 悠はしばらく考え込んだ。そうしてから思い出す。昨日、病院のへいの上で初めてあのウサギを見つけた時に信じられないくらい高いところにいたことを。だから今回もへいまで飛び上がって逃げたのかと最初は思ったのだけれど、かくれんぼの見つけるほうの天才である悠は、あいつがまだここにいる気がしていたのだ。姿は見えないけれど、『なんとなく』だけれど、まだここにあいつはいると思っていたから、もう一度そのあたりを探そうとしたところで、ぐぅと大きく音が鳴った。お腹をさすりながら今さらながらもうお昼なのかと気が付く悠。仕方ない、はらがへってはいくさができぬってよくいうらしいし、と思い一度家に帰ることにした。お父さんのつくるおいしい昼ご飯を食べてもう一度あいつを探すのだ。


 そう決めた悠は、そう思いながらも名残惜しそうに何度も振り返り、本当に名残惜しそうに何度も振り返りながら、路地の行き止まりからでていった。


 そうして悠が出て行ってからしばらくたって。そうしてからようやくウサギは姿を現した。さっき悠も調べた、物置小屋と壁のすきまから。やっぱり『なんとなく』は間違ってはいなかったのだ。


 でもウサギにはさっきまで逃げていた時とはあきらかに大きく違うところがあった。小さい。とっても小さくなっていたのだ。まるでアリのように小さな小さなウサギになっていたから、これではさすがの悠でも見つけられなくて当然だった。だってほんのわずかの間にウサギがアリのように小さくなるなんて想像できるわけがない。


 そうして何とか悠から逃げ切った小さな小さなウサギは、まるで人間みたいに大きなため息をついてからおもむろにどこからか帽子を取り出した。そして帽子の中から今度はなぜかケーキを取り出すと慎重に三回だけかじった。そうしたらぐんぐんウサギは大きくなり、やがて元の大きさにもどってしまったのだ。そうして元の大きさにもどったウサギはまたもう一度まるで人間みたいに大きなため息をついてから立ち上がり、今度はいつの間にかはいていた銀の靴のかかとを三回うちあわせて、小さな声でぼそぼそと何か言うと、びっくりしたことに次の瞬間ウサギの姿はそこから消えてしまった。


 一方、世にもおかしな光景をあとほんの少しで見損ねた悠はそうとも知らず、この時彼は自転車でうちに向かって一生懸命坂道を上っていた。そうしてえっちらほっちら汗をかきながら坂を上りきると、上ってきた悠の代わりに車がゆっくりと坂道を下って行った。それを小さく会釈をして見送ってから緑に包まれた我が家にたどり着くと、入り口に誰か立っていた。


 黒いエプロン姿の男の人で、ずいぶん背が高くて細くて、そして大きめの黒ぶちメガネが特徴。この人が中村くんである。悠にとってはずいぶんとおなじみのお兄さんだ。くしゃくしゃの黒髪とにへらといつも笑っていて子供のような表情にだまされがちだけれど、実はもう結構な年齢でとてもお兄さんといういえる歳でもないらしい。それもそのはず、悠がまだハイハイしているころの写真に当たり前のように、しかも今とあんまり変わりのない様子で一緒に写っていたりするくらいなのだから。


 そんな中村くんは夏と冬になると必ず『アンソワイエ』にやってくる。彼についてお父さんがいうには、「よく言えば自由人。悪く言うとひもの切れた凧」で、お母さんはこの人のことを彼がいないところで「さすらいのアルバイトマン」なんて呼ぶ。まるで決まった時期に決まったところへ帰ってくる渡り鳥や回遊魚のような人。ちなみに春にはいくつかの桜の名所近くの旅館に、秋は紅葉が美しい悠の街とは比べ物にならないほど田舎の街の昔からある雰囲気の良い宿で悠の家でやるのと似たような仕事をしているらしい。


 ともかく兄弟のいなかった悠にとっては、毎年夏と冬になるとやってくる年の離れた親戚のお兄さんみたいな人で、そしていろんなことを知っているびっくり箱みたいな人だったから、さっきまでの興奮がまだおさまっていなかった悠はかけよって、こう尋ねたのだ。


「ただいま、中村くん! あのね、聞きたいんだけど。中村くんはさ。ウサギ、みたことある?」


「おかえり、ゆうちゃん。ウサギ? もちろんあるよ」


 中村くんは少しかがんで悠に目線を合わせてからそういった。大人である彼も、昔は当然今の悠と同じように普通の日本の子供だったから、悠と同じように学校や動物園などでウサギは何度も見てきている。その答えが当たり前のことを当たり前に答える言い方だったから、悠は自分がいいたかったことがうまく伝わっていなかったことが分かった。悠は別に学校や動物園やウサギのいる喫茶店にいる普通のウサギを見たことがあるのか聞きたかったのではなかったのだ。


 悠が聞きたかったのは昨日初めて見て、今日自分がさっきまで追いかけまわしていた、帽子をかぶったり、地図を見たり、金色の何かをかかえている、そんなとても変でおかしなウサギを見たことがあるのかということだった。だからそれをそのまま、ありのままに聞いてみた。


「そうだけど、そうじゃなくて! えっとね、白くて、目が赤くて、頭に手品する人がよく持ってる帽子をかぶってたり、地図みたいに見えたんだけど大きな紙を見てたり、金色の何かを持ってたりする、そんなウサギって見たことある?」


 それを聞いた中村くんは、少し困った顔をして頬をかいた。一体全体この子はいきなり何をいいだすんだろうかと。空を飛ぶ渡り鳥のようにふわふわと世の中を生きている、ある意味で経験豊富な彼でさえ、一体全体そんなウサギは見たことも聞いたこともなかった。いや、ないこともなかったがそれは絵本の挿し絵やアニメやテレビの中のもの。完全に空想の世界の登場人物のそれだったから、中村くんは本当に困ってしまった。


「……う~ん。僕は見たことないなぁ。ゆうちゃん、そいつはこのへんにいたの?」


「うん! さっきまで追いかけてたんだけど、逃げられちゃったし一回お昼だから帰ってきたんだ」


 それを話すキラキラした悠の目に、中村くんはもう一度頬をかいてから、こいつはどう話したものかとひとしきり考えてから、


「それはとても残念だったねぇ。そんなめずらしいもの、僕も見たことないよ」


 と、ある意味で普通の大人の言葉を返した。その言葉にニコニコしながら悠はペンションの大きくて立派なドアをちょっとだけ開けて入っていった。


「そっかぁ、中村くんでもみたことないくらいめずらしいのかぁ」


 と嬉しそうにつぶやきながら。そんな後ろ姿を見送りながら中村くんは頭の中でこう思っていた。


 はて? ゆうちゃんはこんな荒唐無稽な作り話をするタイプの子じゃなかったのに、いったいどういうことなんだろうと。そして作り話にしてはやけに詳しいウサギの説明に謎がさらに深まった。


 手品師が持っている帽子? シルクハットのこと? それから地図? あと金色の何かって何? とそこまで考え想像していくと、帽子をかぶって立ち上がり地図を金色の何かを持っているウサギの姿がやがて一つのイメージに収束していき、最終的にとても有名な一つのイメージになった。もしゆうちゃんが見たといっていた金の何かが懐中時計なら……それはもしかしたら世界で一番か二番目に有名なあの白いウサギかもしれないと思えてきたのだ。


 そしてこうも思った。もしゆうちゃんの言う通りにそんなやつがいたら、それはとても夢のある話だ。彼は今まで生きてきて、残念ながら魔法も幽霊もその実在を見ることもそして感じることもなく今に至ってしまったが、常々ないよりはあるほうがいいなと思っているとても変わり者の大人だった。


 だからもしそんなものが白昼堂々この日本の、自分が今いるこの街に出歩いているのであれば僕もぜひみてみたいものだと、いい歳の大人のくせにいまだに自由と好奇心と楽しいことのために生きている中村くんは本心からそう思いながら、ふと記憶の引き出しの奥の奥の奥にしまわれていたあるなつかしい台詞を楽し気に、


急げ(Do it) 急げ!(do it) じゃないとおそくなっちゃう(slow)!」


 とつぶやいて軽いステップで入り口の木の階段を上り、彼もまた昼食の匂いただようペンションの中へと消えていった。



感想、および誤字・脱字ありましたらよろしくお願いします。


※ しばらく毎日朝七時に更新します。


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