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5 ウサギはみていた

「それでね、ボクはじめてサトウキビをかじったんだけどホントに甘いんだよ! あと海がきれいだった。真っ青! 去年いった南の海に負けないくらいでね」


「ふ~ん」


 青い海の話を山の緑を見ながら聞くのも今年で何回目になるのかな? とそんなことをぼ~と考えながら悠は座るのにちょうどいい切り株に腰かけていた。場所は悠のうちの裏庭という名前の空き地だ。


 ここはペンションと山の間にちょっとだけあるひらけた場所で悠と悠の友達のいつものあそび場だった。ここはちょっとしたボール遊びぐらいならできるくらいの広さがあるし、バッタやイナゴのような虫もたくさんいるから虫つかみもできるし、それに山から落っこちてくる、持ったときに何だかかっこいい木の枝や棒、子供にとって宝物になる松ぼっくりなんかがたくさん落ちているから子供たちのあそび場には最適な場所だった。


 いつもならそうして楽しいことをしているこの場所で、悠はずいぶんとなげやりな気持ちだった。理由は目の前で楽しそうに旅行の思い出を話す友だちのけいちゃんのせいだ。


「それでね、最初の日はホテルについてすぐに海に行って、二日目はパイナップル園でパイナップルをたくさん食べたんだ。あっ、バッタがいた! つかまえないと!」


 そういってけいちゃんはバッタを追いかけ始めた。かわいそうに、思い出の中のパイナップル園は目の前で元気にとび跳ねるバッタに負けてしまったようだ。そんなバッタに夢中なけいちゃんとは違って、どこにも行けなかった夏休みの内に今年の分の虫つかみのノルマは十二分に達成していた悠はバッタには見向きもせずに、けいちゃんの話にあったパイナップル園ってどんな感じだろう? と考えていた。悠はパイナップルが大好きだから気になったのだ。でもパイナップル園なんていったことがないから余計にパイナップル園ってどんな感じなのだろうか? と色々と想像していた。そうしているとふと前に学校の遠足でいったイチゴ狩りのことを思い出し、そこからゴロゴロと転がる石のように想像がふくらんで、まるでイチゴ狩りのイチゴのようにビニールハウスの中で、きれいに並んだ棚と棚の間に通路があってそこに数えきれないくらいたくさんっているイチゴの代わりに、数えきれないくらい並んでぶらさがっているパイナップルを想像してしまい、悠は少し吹き出してしまった。もしそうならパイナップルはイチゴよりもずいぶんと大きいから、道がせまくなって通路を通るのも一苦労だろうし、何よりパイナップルは外側がイガイガしているから通路を通ったら痛そうだなとそんなことを思ってしまったのだ。


 そうしてひとしきり想像がひと段落した後、それにしても今年もけいちゃんはすごい体験をしてきたみたいだと悠は思った。悠は一回もどこまでも青い南の海に行ったことはないし、パイナップルがたくさん並んでいるだろうパイナップル園にもいったこともない。けいちゃんの話は一日目と二日目の話をしたところで、バッタにさえぎられてしまったけれどまだまだすごい話があるんだろうと思うと悠はなんだかムカムカしてきた。


 やっぱり『()()()()()』だと。僕は毎年変わらない夏休みを過ごしていたのに。今年は特にお母さんが家にいなくて、せっかく生まれているはずの赤ちゃんもまだ生まれていなくて、僕はこんなにもいつもの夏休み以上に退屈な思いをしていたのに、けいちゃんはこんなに楽しそうにこの夏の冒険を僕に話す。やっぱりズルいと。だから悠は目の前でようやくバッタをつかまえてニコニコしているけいちゃんの真っ黒に日焼けした顔を、水てっぽうでびしょぬれにしてやりたくなったくらいだった。


 そんなこんなで悠は気分を変えたくなった。こんな時はブランコが一番だ。あれはすわってブラブラ揺られているだけでなんだか楽しい気分になってくる魔法の道具だと悠は常々思っていたから、長いお出かけに出かけていた分の遅れを取り戻すべくバッタの次にイナゴを探しはじめたけいちゃんに声をかけた。


「ねぇ、けいちゃん。ブランコ、のりにいこうよ」


「え? ブランコ? 公園? いいよ!」


 そうして二人自転車にのり近くの公園に。真夏の晴れた空の下、二台の自転車が高原の街を走っていく。坂をかけおり、道を曲がって、今度は少しのぼれば公園だ。ここには砂場もすべり台もブランコもある。高いフェンスもあるからボール遊びもできる子供たちの遊び場だ。そんな公園だけれど今日は誰の姿もない。それも仕方がないことだ。何しろこの日はあんまりにも暑かったし、それに夏休みで街を離れている子どもも多かったから。だから時には順番待ちしないといけないブランコにもすぐに座れた。


 ブランコに座ったまま思いっきり後ろに引いてパッと地面から足を放す。そうするだけでなんだか魔法のように悠の体は浮かんだようになって前へと進み、そして限界まで前に進んだ後同じだけ後ろに向かってゆれはじめる。となりでけいちゃんも同じようにブランコをはじめた。そうして二つ並んだ麦わら帽子の子どもの影がキィキィと交互にゆれる。暑い風がほおをなでる。自転車の風とは違う風が悠とけいちゃんを一緒につつんだ。


「それにしても暑いね~」


「暑いね~」


 思わずつぶやいてしまう二人。頭から水をかぶりたくなるような天気だから無理はない。しばらくゆらゆらとゆれ、勢いがなくなったら最初からもう一度。そうしているうちに悠の気分もずいぶんとよくなってくる。やはりブランコはすごい。魔法の道具だ。悠がそう思っていると、けいちゃんがその日の天気のようにあっけらかんとした声でこう聞いてきたのだ。


「ねぇ、ゆうちゃん。夏休み何してた?」


「……何にも」


 また悠は嫌な気分になってきた。どうして顔が真っ黒になるまで楽しい夏休みを過ごしてきたけいちゃんに、ほんとに何もなかったつまらない自分の夏休みの話をきかれないといけないのだろうか? と。せっかくブランコに乗って嫌な気持ちをどこかに吹き飛ばせそうだったのに。またきた。ぐるぐるぐるぐる。まるでメリーゴーランドみたい。でもなんて嫌なメリーゴーランドだろう。嫌な気持ちのメリーゴーランドだ。遊園地のメリーゴーランドはもう10歳だからちょっと乗るのは恥ずかしいけど、乗ったらちゃんと楽しいのにそれとはぜんぜん違う。大違いだ。そんな風に思ってしまったら、嫌な気持ちがぐるぐるぐるぐる体にくっついてくるみたいに感じて、悠はすごく嫌になってきた。だからそれを断ちきるように、ぶっきらぼうにこういった。


「な~んにもなかったよ。赤ちゃんはまだ生まれてこないし、お母さんは家にいないし、お父さんはすっごく大忙しだし。今年の僕は沖縄までいったけいちゃんとちがって隣町のショッピングモールにも行ってないし。な~んにもない、ぜっんぜん! 面白くない夏休みだったよ」


 その後にけいちゃんには聞こえないような小さな声で、「夏休みなんて大っ嫌いだ」とつぶやいてから悠はブランコから勢いよく降りてそのまま公園の出口へと向かった。けい君はその様子にようやく自分がいってはいけないことをいってしまったことに気づいて、


「ゆうちゃん、ごめん! ボクそんなつもりじゃ!」


 といったけれど悠は振り向くことなく


「またね」


 とだけ言い残して、自転車に飛び乗ってさっきのぼってきた坂道をかけおりていった。残されたのは泣きそうな顔をしたけいちゃんと公園の地面にちょっぴり残った涙のあと。


 ――そんなすべてをウサギはみていた。

誤字・脱字ありましたらよろしくお願いします。


※ しばらく毎日七時に予約投稿いたします。


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