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4 へんなウサギ

悠が後から振り返ったとき、この日が最初だったんだと何度も思い返すことになる、そんな8月10日の昼さがり。


「まだなのかぁ……。赤ちゃん、いつになったらでてくるんだろ」


 今日もお母さんから困り顔でやっぱり赤ちゃんが生まれるのはまだだといわれて、悠はがっかりしている気持ちがでている歩き方でとぼとぼと病院の駐輪場に向かっていた。


 夏休みが始まるときに、たぶん赤ちゃんは8月の初めごろに生まれるよと聞かされていたため、もう10日も待たされてしまっていたのだ。だからこのころ悠はもう待ちくたびれてしまって、くたくたになってしまっていた。


 ちなみにこれ、お母さんは本当は『()()()()、8月の初めごろに生まれる()()しれないわ』といったのが正解なのだけれど、誰でもこんなふうに都合のいい部分だけ覚えている。そんなことは誰にでもあることでしょう?


「はぁ……、帰ろ」


 そういって自転車に乗り家路につく。そしてふと見えた来るときには下り坂だけれど帰るときは上り坂になる家から病院までの道が、その日はいつも以上に坂がひどくなっているように見えた。まるでかべのようだとさえ思った。だからほとんどやけくそで何かに挑むように気合を入れて、だから思いっきりななめ上をみて自転車をこぎだした悠の目におかしなモノが映った。


 ――病院の入り口のへいの上に白いモコモコの何かがいる。


 何だろうといったん自転車をおりてへいの側まで行ってみる。立ち止まり見上げた悠の目に映ったのは、へいの上にちょこんとすわる白くて耳が長くて目が赤いモコモコの生き物。ウサギだった。


(なんでこんなとこにウサギ?)


 実は日本という国で普通に暮らしているとウサギという生き物を見る機会はあんまりない。ほとんどないといってもいいくらいだ。見る機会があるとしたら小学校で飼っているウサギか、動物園か、ウサギがいることを売りにしている喫茶店の中くらい。悠の街は山間の田舎だから自然が豊かで、しょっちゅうシカやサル、たまにクマも道に飛び出したりゴルフ場をうろついたりするんだけれど、そんな街で育った悠でさえ今までこんなふうに街中でウサギを見たなんて話は聞いたことがなかった。そうやって悠がじっと見ていると、どうやらウサギもこちらをじっと見つめていた。


 悠がちいさく首をかしげる。するとウサギも同じようにコテンとかしげた。


「……変なウサギ」


 少なくても学校で飼ってるウサギはこんなふうにじっと悠の目を見かえしたり、首をかしげるようなしぐさをしたりしない。あいつらはいつだって子どもたちが手に持っているそのあたりでむしった草をたべることだけに夢中で、自分たちのほうなんて見向きもしないのだから。


 珍しい、そう思った悠は今度はさわってみようと思い、自転車を止めてもう少しへいに近づいてみることにした。ウサギの真下まできて手を伸ばしてみるけれど病院のへいはずいぶんと高くて小学四年生の悠にはとても届かなかった。何度かジャンプしてみるけれどそれもダメ。しかたなくさっきのところまで下がってもう一度じっとウサギを見つめる悠。そうしているうちにいろいろと疑問がうかんできた。


(このウサギ、どうしてじっとぼくのこと見てるんだろ。何で逃げないの? 学校のウサギなんて餌をやらなきゃこっちによってもこないのに。それにどうやってこんな高いとこにのぼったの? へんなの)


 しばらく見つめあう一人と一匹。


 やがてウサギはうなずくようなしぐさをした。まるで納得したかのように。そうしてから用は終わったとばかり、いそいそとへいの上で器用にくるりと後ろに向いてから、ぴょんとはねて姿を消してしまった。あっと思った悠はすばやくへいの後ろ、道路のほうへ出て道の上を見てみるけれどそこにはもうウサギの姿はなかった。


「……むぅ。どっかにいっちゃった」


 いったいなんだったんだろうか? とてももったいないことをした気分とともに、『おかしなこともあるものだ』という思いをかかえながら、元の考えの通り、家に帰ることにした。もちろんさっきのウサギを探して追いかけまわすことも考えたのだけれど、どうしてだろうか? 『()()()()()()()()()()』と強く思ってしまい悠はその案をやめにした。けれどすぐそのあとにもまた少しだけ変なことが起きたのだ。


 さっきの悠にはまるでそそりたつかべのように見えた坂道がいつもの坂道に見えたのだ。その理由は街中でのウサギとの遭遇というちょっと不思議で楽しいことのおかげで、ただただ単純に気分が軽くなったからなんだけれども、そんなことはその時の悠にはどうでもよくて坂道がまるで自分で動いたように感じられてそれがまたちょっと不思議で、そのことにさらに気分がよくなり、いつもよりも元気よく自転車に飛び乗ってかけだした。


(……何かいいことがあるかもしれない)


 この時の悠のその予感は正しかったのだけれど。


 そう思いながら家に帰りついた悠をこの時に待っていたのは、


「あ、ゆうちゃんおかえり! ただいま、昨日かえってきたよ!」


 残念ながらそんなにいいことではなかった。悠を出迎えたのは一週間ぶりくらいに聞いた、今よりもっと小さなころから聞きなれた元気な声。今年も夏休みを満喫したこと間違いなし。その証拠に真っ黒に日焼けした顔に満面の笑みを浮かべている幼馴染のけいちゃんの声だったから。

誤字・脱字ありましたらよろしくお願いします。


※ しばらく毎日七時に予約投稿いたします。


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