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2 夏休みがキライな男の子 ②

でも夏休みは悪いこともたくさんある。


 一つめはやっぱり宿題。いつの時代も夏休みの小学生の大問題。テレビゲームのRPGアールピージー風にいうと間違いなくラスボスだ。毎年毎年、先生たちが心を込めて作る宿題は国語、算数、理科、社会の宿題は夏休みの残り日数が少なくなっていくほど子どもたちの心を苦しめるにくい奴らだ。他にも毎日特に何も変わった出来事がなくても何か大変な出来事があったかのように書かないといけない絵日記に、もう三年連続でアサガオの観察日記を提出している自由研究まである。こんなふうにたくさんあるから本当に大変。夏休みの小学生も楽しいだけ、とはなかなかいかないのだ。


 二つめは先ほども話に出た通り悠の家が忙しいこと。悠が夏休みということは世間の皆さんも夏休みだということで、避暑の街である悠の街には毎年早めの夏休みの人たちから遅めの夏休みの人たちまで、期間も年齢も実に幅広くたくさんの観光客の皆さんが押し寄せる。だから一年で一番忙しくて書き入れ時の夏休みは悠のお父さんもお母さんも毎年ものすごく大変で、とてもじゃないが遠くにお出かけなんて無理なのだ。


 そして悠のような家に生まれた子にはよくある話なのだが、がんばって働いているお父さんとお母さんを身近に見ているから、こういう子は年の割にかしこくて物わかりがいい子が多い。つまりみんな我慢しているのだ。もちろんこれは悠も同じ。


 三つめ。これが最大の問題だ。友達が出かけてしまうこと。悠の街は観光地としてかなり有名だ。たぶん日本中の人が知っているくらいには有名だ。けれども有名だからといって人が驚くほど多く住んでいるわけじゃない。むしろどっちかというと田舎で、人口はそれほど多くない。


 何がいいたいかというと、住んでいる人が少ないから当然あんまり子どもも多くない。小学校も街に3つだけで、しかも悠の通っている小学校は各学年1クラスだ。なんとクラス替えは中学に行くまでないのである。こういうと大きな町に住んでいる、一学年に3クラス、4クラスが当たり前な小学校に通っている子供たちは驚いてしまうかもしれないけれども。


 とはいえそれでもふだん学校に行っているときはいい。学校にいけば友達がいっぱいいるし、学校の帰りに遊ぶ約束もできる。でも夏休みになると大変だ。今どきの小学生ならまず携帯電話でメールを送って、友達がいるかどうか確認して遊びにいかなくちゃいけない。


 だからメールの返事が、


【出かけてるからごめんね】


 って返ってくるととてもがっかりすることになる。これは誰だって似たような経験があると思う。夏休みにいると思って遊びに行ったら友達が旅行やお出かけでいなかった、という経験が。そしてその後がっかりしながら家に帰るってことも。


 それは形は変わっても今も昔も同じ。そして悠は毎年夏休みによくそういう目にあってしまう。なぜって悠はどこにもお出かけできないから、夏休みの間用事がない日はできるだけ友達と遊びたいと思っているけれど、たまたま悠のよく遊ぶ仲良しのお友達のお父さんとお母さんが普通の会社員や町役場なんかでお仕事している人が多くて、そういうお家の子は夏休みはどうしても家からいなくなりがちだったからだ。


 そういう普通の家の子は、夏休みにはお休みだから他の町の子どもたちと同じように夏休みにはおじいさんのところへ里帰りだとか、東京や大阪の有名なテーマパークだとか、家族で南の海に海外旅行だとかといったぐあいに、悠の街から出かけてしまうことがとても多い。いや、普通の家の子だけじゃない。悠と似たような事情の家の子だって、遠くのおじいさんの家や近くの親戚の家には結構出かけたりしていないことも多かった。


 いっぽう悠は残念だけれど、悠が物心つく頃にはおじいさんもおばあさんも亡くなってしまっていたし、お父さんもお母さんも一人っ子だったので気軽に行ける親戚のお家もなかった。だから悠は夏休みに友達と遊びたいのに遊べない、ということになりやすかった。


 これはつらいことだ。だけど問題はそこで終わらない。


 ここからが本当の問題。大問題だ。そんな友達がどこかから帰ってきてからがこんなふうに問題だっだ。


 例えばこの前の年、9歳の夏の場合は8月15日だった。しばらく夏休みの旅行に行っていた仲良しのけいちゃんが帰ってきたのは。まだ小学校の三年生だった悠はその日は家でごろごろとしながらゲームをしたり、DVDをみたり、お気に入りの空を飛びたい男の子がかわいそうな竜を助けに行く冒険の本を読んだりしていたんだけど、お昼ご飯を食べたあたりで携帯が鳴ってこんなメールがきたのを知らせた。


【ゆうちゃんただいま!きのうの夜かえってきたよ!今からあそばない?旅行のおみやげもっていくからさ!】


 けいちゃんが帰ってきたのだ。まるで今の今まで読んでいたものがたりの主人公の男の子のように、空を飛んで帰ってきたのだ。だからそのメールを見た悠は仲良しの友だちが帰ってきてうれしいの半分、悠がいまだに乗ったことのない飛行機に乗って帰ってきたけいちゃんがうらやましい気持ちでせつないのが半分という感じで、むぅと少しむつかしい顔をした後にあきらめたようなそぶりで、


【いいよ】


 とだけ返事をした。それから二十分ほどしてあらわれたけいちゃんは、真っ黒に日焼けした顔に満面の笑みを浮かべてこういった。


「ゆうちゃんただいま! これおみやげ。ね、ね。ボク、すごいまっくろでしょ? 今年はいってたとおりひこうきで南の国に行ってきたんだ! 最高だったよ! あおいそら! あおいうみ! テレビではしってたけどホントにあんなにあおいのかってボクびっくりしちゃったよ!」


 といったぐあいに満面の笑顔でけいちゃんは話し続ける。そんな話がその日一日続くのだ。ちなみにもちろんけいちゃんに悪気はない。そりゃあこれっぽっちもない。でも自分が体験したドキドキやワクワクを誰かに話したい気持ちはだれでも同じだし、それは誰にもせめられないでしょう? 


 だから年の割に物わかりがよくてかしこい悠は、その話をうんざりとした気持ちできいてあげていた。けいちゃんや他の友達にはばれないように、あまり顔には出さないようにしながら。でも足元の小石を蹴っ飛ばしながら。


 さて、そんな物わかりがよくて年の割にはかしこい悠だけれど、そんな誰かの自慢話を聞かされるばかりで面白いだろうか? ましてや自分は残念だけど夏休みにはどこにもいけない男の子なのに。


 ……当然おもしろくない。まったくもっておもしろくない。自分が必死に我慢しているようなことを友達に自慢されることほど子供にとってつらいことはない。子どものころ自分が欲しくてたまらないおもちゃを目の前で見せびらかされた経験はないだろうか? もしあったならこのときの悠の気持ちがものすごくよくわかると思う。なぜならいつの時代もこんなときに悔しくない子供なんていないからだ。


 でも悠は我慢した。何度もいった通り、いいのか悪いのか毎年大変なお父さんとお母さんの姿をすぐ側で見て育った悠はそういう家の子にありがちな、ものわかりが良くてあまりわがままを言わないタイプの子だったからだ。それに自分ももしけいちゃんや他の友達と同じように真っ黒に日焼けして海外旅行から帰ってきたらこんなふうに話すだろうなと思うくらいに大人びているいい子だったから、心の中はうらやましい気持ちでいっぱいだったけれど、どうせ我慢するのは少しの間と思って毎年我慢していた。


 でも心の中ではこうも思っていたんだ。『夏休みなんてキライだ』なんてね。だって『()()()()()』じゃないかと悠は思っていたんだ。よく知っていると思っていた遊び場。そこでふと見つけた少しうす暗い知らない道。それを見つけて恐る恐る入っていく、そんなことでさえ冒険になる子どものころ。そんな子どもたちにとって、どこか知らない遠いところへ出かけたり、お泊りしにいくとなるとそれはまちがいなく大冒険だ。それもハリウッドの冒険映画に匹敵する大冒険だといってもいい。


 それをけいちゃんも他の友達も毎年すごい冒険をしてくるのに。ボクはそうじゃないと。小さな、今よりももっと小さなころから悠はそう思っていた。けいちゃんたちばっかりずるいと。


 ここだけは他のおうちの子よりずいぶん、それはもうずいぶんとボクは()()をしている、と悠はそう思っていた。


 だってボクも飛行機に乗ってみたいし、テレビで見たことがあるようなところに行ってみたいし、クラスの誰もいったことのないような場所へ行ってみたい! どこか知らないところへ出かけたいし、お泊りしにいきたい! そしてみんながびっくりするような大冒険をしてそれをみんなに話してみたい! それができないなんて! なんて僕はかわいそうな子なんだ、と。


 それに悠はこうも思っていたのである。大体ボクが読んできたお話の主人公たちは、ボクくらいの年ならもう立派に冒険の旅に出ていたのにと。


 『不思議の国のアリス』のアリスはもうおかしなウサギを追いかけてウサギ穴に飛びこんでいただろうし、『オズの魔法使い』のドロシーも、愛犬のトトとかしこいカカシと親切なブリキの木こりと臆病なライオンをおともにエメラルドの都への旅に出たころだろう。ちょっぴり怖いところがある『トム・ソーヤーの冒険』のトム・ソーヤーもたぶん今のボクと同じくらいのころには友だちのハックと一緒に怖い思いをしながら大冒険をしていたはずだ。


 そんなふうに思っていた悠はいつしか夏休みなんてキライだと、ボクこそ『世界で一番夏休みがキライな男の子』に違いない。そう思い込むようになってしまったのだった。

出典 不思議の国のアリス オズの魔法使い トム・ソーヤの冒険


誤字・脱字ありましたらよろしくお願いします。


※ しばらくは毎日七時に予約投稿いたします。

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