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第九撃【前兆】

「今日は、喫茶店にでも行きましょうか」


「おもしろそうね、そうと決まれば行くわよ!」



ルイさんとノアが戦ったあの日から、何事もなく時は過ぎた。むしろ、ここ数日は幸せな日々を送っている。

朝早くにルイさんに起こされ、一日が始まる。朝食をとり、ルイさんに“地球”という惑星を知ってもらうために、色々なところへでかけた。

そりゃあもう、いろんなところへ行ったさ。

遊園地や映画館、それからボーリングとか、ゲームセンターとか……まるで、デートをしているかのような感覚になってしまうぐらい、片っ端から色んなところへ行った。その後、帰宅し、夕飯を食べ、眠りにつく。こんな日が、ここ数日続いている。

正直、幸せだ。

去年までの僕は、サークルの仲間と一緒に夏フェスやコミカに行ったことを除けば、一人で夏休みを過ごした。

でも、それがつまらないという事じゃないよ?それもそれで、楽しかった。いやぁ、最高だったね。毎日、自分のしたいことを思う存分できるわけだし。だから、去年までの自分がつまらない人生を送っていたなんて思うわけがないのだが、今はさらに幸せだ。去年よりも、もっと幸せだ。

ルイさんと一緒にご飯を食べたり、一緒にどこかへ出かけたり。去年の僕には考えられないことが、今では当たり前かのように起きている。現在進行形だ。

でも、恋人じゃない。ルイさんと僕は恋人じゃない。ましてや、同じ地球人でもない。いや、きっとそんなことはどうでも良いことなんだ。ルイさんがどこの惑星に住んでいるかなんてのは、特に関係はない。だが、僕とルイさんは恋人でもなければ、仲間とか友達というわけでもない。じゃあ、何なのだろう……分からない。むしろ、それ以前にルイさんのことを、僕はまるで分かっていない。

ルイさんが見てきたもの、経験してきたこと。今でも、全く全然分からない。

だから、決めたんだ。そう、僕は死にかけたあの日、決めたんだ。少しずつルイさんのことを知っていこうって。

ルイさんが住んでいた世界、見てきたもの。僕は、ちょっとずつ理解していこうと思った。そして、できるなら、僕のことをルイさんに知ってもらいたい。

そのためには、どうしたら良いのか考えた。直斗に聞いたり、ググったりもしてみた。だが、今ひとつ、これだって思う方法が見つからない。

そんなグダグダ感を味わいながら、今日も楽しい一日が始まった。



僕の生活しているアパートから少し離れたところに、地元で有名な喫茶店がある。

そこに、今日はルイさんと一緒に行くことになった。喫茶店なんて行ったこともなかったから、途中迷いそうになったけど、昨日下調べをした甲斐もあり、無事に喫茶店へ到着した。何事も、予習は大切だね。

喫茶店の中に入る。珈琲の香りと、薄暗い照明が良い雰囲気を作り出している。人気があるのも納得がいくよ。



「いらっしゃいませ。お客様は何名様でしょうか?」


「二人よ」



にこっと笑うルイさんの表情にドキッとしつつも、首を縦に振る。



「それでは、席へご案内いたします」



僕たちは、指定された席へつき、渡されたメニューを眺めた。



「それで、喫茶店っていうのは、どういったところなのよ?」


「喫茶店っていうのはですね、お茶を楽しむところです」



僕はメニューを再び眺める。

さて、困った。珈琲があるのは知っていたけど、様々な種類の珈琲があるのか。ウィンナーに、アメリカン、カプチーノ、ラテ……なんだかよく分からないぞ。でも、ここで分からないって言ったら、ルイさんに合わせる顔がないじゃないか。

悩みに悩んでいると、メニューの中に“今日の気まぐれ珈琲”というのを発見した。

ああ、これしかない。これを頼まないで、何を頼めば良いと言うんだ。

今日の気まぐれ珈琲と、美味しそうなケーキを一つ選び、店員に注文する。



「なかなか、雰囲気があって、良い所ね!」


「僕たちにぴったりの店ですね。嬉しいな」


「なに、一人で盛り上がってるのよ」



僕とルイさんの方をチラチラと見ている人に気づく。さっきから、視線は感じていたんだけど。

別に大声を出して話しているわけじゃないし、特に笑われることもしていない。

なのに、どうして視線を向ける人がいるのか。きっと、ルイさんの存在だ。

この店内にいる女性と比較しても、比べものにならないほど、ルイさんは可愛い。喋る、あくびをする、笑顔を見せる……そんな些細な動作でも心が満たされる感覚になってしまう。

人並み外れた存在感のあるルイさんと一緒にいるのが、僕だなんて……なんとも不釣り合いなペアに、驚いているのだろう。



「お待たせしました。今日の気まぐれ珈琲と、ショートケーキでございます」



テーブルには、先ほど注文したショートケーキと、珈琲が置かれた。

とても大きな苺にケーキの甘い匂いと珈琲の濃い香りがコラボし、食欲を増大させる。



「美味しそうね!」


「そうですね。早速いただきましょうか」



ケーキを食べようと、フォークを探す。だが、フォークは一つしか見当たらない。

これは誤算だった。想定外だった。だが、ケーキは一つしか頼んでいないのだから、店員は全くもって悪い点はない。



「いただきまーす!パクッ」



幸せそうな笑顔を見せながら、それはもう美味しそうにケーキを食べるルイさん。分かっている。僕は、この笑顔で十分なんだ。

でも一口ぐらい食べたいよ。食べたいんだけど、フォークは一つしかない。まさか、ルイさんが使っているフォークを使うだなんて事はできないし、だからといって、店員にもう一つフォークをくださいなんて言う勇気は持ち合わせてなどいない。

珈琲を一口飲み、気持ちを落ち着かせよう。



「苦っ」



なんて苦さだ。

よし、砂糖とミルクを入れよう。だが、こんな時に限って砂糖やミルクがないとは、なんて難儀な世の中なんだ。



「恭祐も、これ食べなさいよ。美味しいわよ!」



ルイさんは、一口大に分けたケーキをフォークで突き刺し、僕の方へ差し出している。

なんだと……まさか、これは男の憧れ。男のロマン。必殺『あーん』じゃないのか?



「こ、こんなところで、恥ずかしいですよ」


「大丈夫よ。ほら、口を開けなさい」



僕の鼓動は一気に高まる。

大丈夫って、何が大丈夫なんだ?僕は全然大丈夫なんかじゃない。

周囲の視線が気になって仕方がないのと同時に、ルイさんに必殺『あーん』をしてもらえる嬉しさで心臓は爆発寸前だ。

だが、よく考えろ、柊恭祐。こんなチャンスを逃して良いのか?せっかくの行為を無駄にする気か?駄目だ。逃してはいけない。このチャンスを逃せば、次なんてものはない。だから、僕は勇気を振り絞り口を開けた。ゆっくりゆっくりと、ルイさんが僕の口元へ、ケーキが刺さったフォークを差し出してくれる。そして、そのフォークは見事、僕の口の中に入った。

とても甘い味がする。そして、甘い時間だ。



「お、美味しいです……とても」


「でしょ?」



満足そうに話すルイさんの笑顔は、まるで小悪魔のようだ。

ルイさんが食べさせてくれたケーキを味わうようにゆっくり食べながら、これからの予定について考えてみた。

今日は時間もいっぱいあることだし、少しの間、この喫茶店でくつろぐことにしよう。

ここ数日間、僕とルイさんは、いろんな所へ行き、いろんな事を経験してきた。でも、ルイさんに面と向かって話をしたことはなかった。

きっと今日がそのチャンスなんだと思う。雰囲気の良い、落ち着く場所で、色々話をしよう。そして、少しでも良いから、ルイさんのことを知ろう。

苦い珈琲を一度飲み、高鳴る鼓動を再度落ち着かせる。



「ルイさん」


「なに?」


「あ、いえ、なんでも……」



ケーキを口に運ばせながら、僕の方に視線を向けるルイさん。

目線が合ってしまい、ふと目を逸らす。



「変な恭祐〜」



話したいことはたくさんあるはずなのに、いざ話そうとすると、何を話して良いのか分からなくなってしまう。それは今日だけじゃなく、いつもそうだ。ルイさんと色々お喋りがしたいと願う自分がいる。ルイさんと話せれば、話題なんて何だって良いのに。良いはずなのに。

何を話して良いのか分からなくなってしまう。そうやって、今日まで僕は過ごしてきた。だから、今日こそは何か話したい。ルイさんと楽しく、お喋りがしたい。



「今度……今度、ルイさんが住んでいた世界に、行ってみたいです」


「え?」



なんとも唐突な会話に、吃驚してしまったのだろうか。まずい、展開が早すぎた。だが、まだ立て直すことは可能だ。僕のスキルの一つ。マシンガントークで話を盛り上げよう。



「ビーナスっていう惑星には、地球とは違った素晴らしさがあると思うんです。地球にしかないことと同じように、きっとビーナスにもビーナスにしかない素晴らしさが……だから……」


「ううん……恭祐が思っているほど、ビーナスは、素晴らしい惑星なんかじゃないわ」



急に不機嫌な表情をするルイさんに僕は驚いた。

何かまずいことでも言ってしまったのか……いや、思い当たらない。

だが、確かにルイさんは深刻な表情をしている。



「破壊する力の何が素晴らしいの……?」



一人呟くように言うルイさんは、どこか悲しそうだ。

しかもそのセリフはどこかで聞いたことがある。ああ、間違いない。

ノアと戦ったときのことだ。その時、ルイさんは言っていた。『破壊する力の何が素晴らしいのか』と。

その意味が、僕にはよく分からなかった。破壊する力……それは、ノアが使っていた魔法と何か関係があるのだろうか。そして、ルイさんが深刻そうな表情をする理由がそこには隠されているというのだろうか。



「そういえば、ノアって女の人とルイさんが戦ったときのことなんですが」


「うん……」



これ以上、ルイさんに何かを聞くことはできなかった。できるはずがなかった。

こんな辛い表情をさせるために、喫茶店に来たわけじゃない。こんな辛い表情を見るために、ルイさんと話をしようとしたわけじゃない。地球のことを知ってもらいたい……いや、ルイさんの笑顔が見たくて、こうして僕はルイさんと喫茶店に来たんだ。

こんな辛い表情をするなら、もう何も聞かない方が良い。僕が知って、どうにかなるわけでもない。ああ、止めておこう。

僕は、それ以上何も話そうとは思わなかった。そして、ルイさんもまた、何も話そうとはしなかった。ただただ、時間だけが過ぎた。

苦い珈琲を飲み、ケーキを食べると、僕たちは店を後にした。












------------------------------------------------------------------










これは見間違いではないのか。見間違いではないのだとしたら、夢なのか。そう思ってしまうほど、信じられない光景が、今まさに僕の目の前で起きていた。それは、僕とルイさんが喫茶店を出た瞬間に起きた。

眩しい光と、黒板に爪を立てて引っ掻くような鳥肌の立つ音がした。その後、静寂が訪れ、辺りを見回すと、僕たちが先ほどまでいた喫茶店がなくなっていたのだ。爆発したわけじゃないし、破壊されたわけでもない。例えるなら、最初からそこに喫茶店なんて存在していないかのように、綺麗に跡形もなくなっている。空き地となったその場所には、店員さんが数名と客の姿が見て取れ、怪我人は出ていない様子だ。

店内にいた人たちは皆、その場に立ち尽くしている。当たり前のリアクションだろう。急に、喫茶店がまるごとなくなってしまったのだから。



「嘘でしょ?もう来たっていうの?」


「来たって、何がです?」


「……キラーJよ」



まさかその名前が出てくるとは予想もしてなかったよ。

キラーJ、忘れるはずがない。キラーJは、魔王であり、この世界を破滅させる張本人。

僕は恐怖した。キラーJが来たということは、地球の危機と同時に僕の命の危機でもあるからだ。嘘であってほしい。だが、目の前の光景がこれは現実だと言っている。確実にキラーJは僕を、そして、地球を狙っているのだ。



「あれ、なんでこんなとこにいるんだ?」



おかしな発言に耳を疑う。

喫茶店が消え、空き地となった場所にいる店員や客は『なぜここにいるのか』と皆、口を揃えて言っている。なぜここにいるのか?そんなことは考えるまでもなく、喫茶店にいたからだ。だが、喫茶店は跡形もなく消えてしまっている。ということはつまり、『なぜここにいるか』という疑問ではなく『なぜ消えてしまったのか』と、思うべきだ。だが、客も店員も口を揃えて言っている。『なぜここにいるのか』と。

僕はたまらず、僕たちの注文を聞いてくれた女性店員を探しだし、話しかけた。



「あの、ちょっとお尋ねしたいんですが、ここに喫茶店があったと思うんですが……」


「ここに店なんてあったかしら?」



ああ、やっぱりそうだ。女性店員の言葉を聞いて疑問が確信に変わった。みんな、忘れてしまっている。ここに喫茶店があったことを。そして、自分たちが何をしにここに来たのかということも。だが、それならばなぜ、僕は喫茶店のことを覚えているのだろうか。僕だけじゃない、ルイさんもこの現象に気づいている。じゃあ、なぜ……なぜ、みんなは忘れてしまっているんだ?



「大変なことになったわね」



ルイさんの言葉通り、大変なことが起きてしまったようだ。

僕とルイさんは、じっとその空き地となった場所を見つめていた。

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