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第五撃【虎穴に入らずんば虎児を得ず】

ルイさんが深い眠りについた頃、僕はある人に電話をかけていた。



「……もしもし?」



とても眠そうな声だ。

その声は僕が一番信頼できる友達。小林直斗の声だった。



「もしもし、僕だけど……」


「恭祐?こんな時間に、どうしたんだ?」



直斗がこんな夜遅くに起きていたこと。これを奇跡と言わずなんと言おう。

正直に言えば、無理矢理僕が、直斗のことを起こさせてしまったんだけど、それでも直斗に話したいことがあった。


その内容とは、もちろんルイさんの件についてだ……。

もちろん、キスしたり同棲したりなんて事は省いたけどね。

とにかく、僕一人じゃ抱えきれない問題だと思ったし、直斗にはちゃんと話しておきたいと思ったんだ。後々、協力してくれることも見据えてね。

なんて他力本願な性格だと今さらながら思うよ。


魔王が地球を崩壊すること、それを阻止するためにルイさんが地球にやってきたこと。

こんな非現実的な話を人に話すなんて、恥ずかしいし、できないよね、普通。

でも、凄く頼りになって、信頼できる直斗にだからこそ話すことができた。

もちろん、現実味のない話を急に聞かされた直斗は、とても驚いていた。

『おい、恭祐。正気かよ?!』ってね。

それもそうだよ。いきなり、地球が魔王に狙われているなんて言われても。

漫画やアニメの見過ぎで、頭がどうにかなったんだろうと思われるのがオチだろう。



「んん……だいたいのことは分かった。今でも信じられない話だけど」



電話で聞く直斗の声は、いつ聞いても、とても太くたくましい声だ。



「それで、恭祐はどうする気だ?魔王ってやつと、やりあう気か?」



僕は直斗にそう訊ねられると、一度携帯電話から離れ、すやすやと眠るルイさんの方に視線を向けた。

ルイさんは、とても気持ちよさそうに眠っている。



『大丈夫……この世界も、恭祐も絶対に守るから』



ルイさんが力強く言った言葉を思い出す。僕は、嬉しかった。人にあそこまで力強く“守る”と言われたことがなかったから。

普通なら、男が女に守られるなんて恥ずかしいことなのかもしれないけど、僕は純粋に嬉しかった。

それと同時に、ルイさんの力になりたいって思ったんだ。


僕は再び携帯電話を手に取る。



「正直無理だよ……でも!何かしたい……とは、思ってる」



魔王と戦えるだけの力なんて持ってない事ぐらい、分かっている。美少女戦士Loveきゅーれの夏目美香のように、普段はどこにでもいる学生で、いざとなったら美少女戦士に大変身!だなんて能力は到底あるはずがないし、ましてや運動神経が良いわけでもない。僕は、食べたいときに食べ、寝たいときに寝て、遊びたいときに遊ぶ地球人なんだ。だから、魔王に勝つにはどうしたら良いかなんて、思ってもない。ただ、ルイさんの力になりたい。何でも良い、小さな事で良い、くだらない事で良い。僕がルイさんにしてあげられること。それはいったいなんなのか……それが知りたいんだ。



「で、俺に電話をしてきたと」


「その通りでございます……」



ふぅっと溜息らしいものが、僕の携帯電話のスピーカーから流れる。



「信じる信じないは別として、恭祐が困ってるなら協力はする。でも、俺がしてやれることは、限られちまう。事が事なだけに……」


「そうだよね……」



静寂が訪れる。

世界の危機と聞いて、何か行動に移せるほど僕は賢くはない。だからこうして直斗に話している。

でも、これは直斗が解決することでもなく、果たして僕が何かできるようなことなのか。

だが、ルイさんに協力したい。何か、役に立ちたいと思っている。でも、何をしたら良いのか、力になれるのか……

僕はルイさんの寝顔を見つめ、深く考えていた。



「……そういえば……。そうだ、恭祐。“マスターシゲル”に会いに行くと良い」



ふと、直斗が口を開く。

なんとも変な名前に僕は笑いそうになる。だが、直斗は真剣に話してくれている。ここで、笑ってはいけないことぐらい、僕だって分かるさ。



「マスター……シゲル?」


「ああ。ちょっとクセのある爺さんでね。でも、物知り爺さんであることも間違いない。きっと恭祐が知りたいことも、知ってるんじゃないか?確証はねぇけど。とにかく、行って損はしないと思うぜ?」



“マスターシゲル”

それは不思議な名前の物知り爺さん。

人間なのか、ルイさんのように異世界から来た人物なのかは、分からない。だが、これだけは確かだ。

僕は明日、マスターシゲルに会いに行く。ルイさんと一緒に。この人に会いに行けば、何か分かるんじゃないか。僕にできることが、もしかしたら見つかるんじゃないか。僕は確証もない期待を胸に、マスターシゲルという人物に会う決心をしたのだった。









------------------------------------







「きなさい……」



真っ暗な暗闇の中で、誰かが何かを言っている。だが、何を言っているのか、その声の正体は誰なのか見当もつかない。なぜなら、僕はかなり眠いからだ。

昨日、僕とルイさんは初めて、八畳という狭い部屋の中で一緒に寝ることとなった。ルイさんは、あっという間に寝てしまったんだけど、僕は全く眠れなかった。だって、僕のすぐ隣にはルイさんがいるんだよ?いくら地球人ではないからって、見た目は普通の可愛い女性なわけで。僕が、もうちょっと体を寄せれば、ルイさんに触れることができる、そんな状態の中、僕は必死に耐えたよ。理性と本能が葛藤する中で、必死にね。

だから、やっと眠れた今、もう少しだけ……ちょっとだけで良いんだ。僕に安らかなる時間を与えてはくれないだろうか。



「恭祐、起きなさいったら!」


「あひゃっ!?」



いきなり僕の顔に突き抜けるような衝撃が走った。いったい何をされたんだ?僕の顔は、果たして無事なのだろうか。

その衝撃は、やがて激痛となり、僕の眠気は一気に吹っ飛ぶ。別の意味で安らかなる時間がやってくるかと思ったよ。


目を開けると、ルイさんが起きた僕を見て、よしよしと満面の笑みで頷いていた。



「おはよう、恭祐」


「……おはようございます」



よくよく見ると、ルイさんは、昨日着ていた服とは違う服を着ていた。

白いワイシャツに、タイトなジーパン姿。そのワイシャツの隙間からは、とても綺麗な白い肌が見える。

もうちょっと頑張って覗けば、禁断の領域に足を踏み入れることが……できる!



「何、朝から変なことしてるのよ」



ルイさんは呆れた態度で、僕の頭をぽんっと叩く。



「す、すみません。つい、本能が……それより、その服、どうしたんです?」



僕が、ルイさんに訊ねると、ルイさんは自分の着ている服を見て、再び僕の方を向いた。



「これ?恭祐の服。適当に着ちゃった!」


「ちょ、ちょっと!?」



どおりで、見覚えのある服だと思った。僕の服なのに、僕より似合っていたから全然気づかなかったよ。



「恭祐の背が低いから助かったわよ!」


「それだけは、言っちゃ駄目ですよ……お嫁にいけなくなっちゃいます」



男として、これだけは言われて欲しくないベスト10に入る言葉(しかも上位)をルイさんにあっさり言われ、僕の心には、また新しい傷が刻まれた。ある意味、証だね。それにしても、僕の服を着るだんて、ルイさんは抵抗はなかったのかな。別に僕はルイさんが、僕の服を着ても全然問題はない。でも、ルイさんは良いのかな。僕が着た服なんかで。なんか変な臭いがついてたりして、不快に感じたりしてないのかな。



「褒めてるのよ?恭祐の服って、凄く着やすいし。少しの間、拝借するわね!」


「……あ、べ、別に構いませんよ」



ルイさんのその何気ない言葉が、僕にとっては、結構嬉しかったりする。

何はともあれ、不快に感じてなくて、何よりだ。



「そうだ!朝食作ったのよ。ありがたく、食べなさい!」



僕は、パジャマからいつものラフな格好に着替えると、ルイさんと一緒に朝食をとることにした。

今日の朝食は目玉焼きに、ゆでたウィンナー。サラダと、スープもついている。

見るからに美味しそうなご飯を前に、僕の口の中は生唾でいっぱいだ。



「私が作った料理に、不味いって言葉はないんだから!」



自信満々にそう言うルイさんを横目に、僕は早速朝食をいただいた。

目玉焼きや、ゆでたウィンナーと、手が込んだ料理ではないため、味は普通だ。

だが、美味しい。美味しすぎる!

ルイさんが愛情を込めてつくった朝食は、今までに感じたことのない美味しさだった。



「美味しいですね。さすが、ルイさん」


「当たり前じゃない!私は、偉大なる魔女なんだから!」



ルイさんは、満足げな表情でそう言った。

偉大なる魔女とご飯の美味しさがリンクしているようには思えないが、

それでも、ルイさんの満足な表情を見ているだけで、僕もなんだか満足な気持ちになった。

なんだろう、この気持ち。


お腹も一杯になったところで、朝食のかたづけをした後、僕はあるところに出かけるために、準備をしていた。

目的の場所は“マスターシゲル”という人がいる場所。芝草公園のすぐ近くに拠点があるらしい。



「ルイさん。今日は、ちょっと行きたい場所があるので、一緒に着いてきてもらえますか?」


「良いわよ!」



にっこりと笑顔で答えるルイさん。そうと決まれば、早速行こう。



「いってきまーす!」


「いってきます……」



最近言ったことのない言葉を、自分の部屋に言いつつ、僕とルイさんは、部屋を後にした。

外に出ると、夏なのにとても涼しい風が僕たちを迎えてくれた。ルイさんも、両手を広げ、とても気持ちよさそうに涼しい風をあびている。


さて、行きますか。マスターシゲルの元へ。





---------------------------------------------------------




芝草公園は、僕の通う黄緑大学の近くにあるので、僕のアパートから歩いて行ける距離にあった。あまり大きな公園とは言えないが、公園の中央には大きな噴水があり、水の流れる音が聞こえてくる。それを囲むようにブランコや鉄棒、砂場などが設置してあり、子供達が元気に遊んでいる光景が見てとれる。木々に囲まれた公園は、夏の日差しで明るく照らされていた。涼しい風を浴び、木の葉と木の葉の擦れる音がとても気持ちよい。公園に設けられている椅子に座り、目を瞑れば、その気持ちよさから、すぐにでも眠ってしまいそうになる。

そんな公園の近くに、マスターシゲルの拠点があるらしいんだけど……



「この辺にあるって聞いたんだけどな……」


「な、なんか臭くない?」



鼻をつまむルイさん。

確かに、この辺は臭いがきつい。それもそのはず。僕たちが歩いている公園の片隅には、たくさんのテントが並んでいる。

そこは、この公園で住む人たちの集団がある。そう、ホームレスってやつ。そこから臭う独特の香りは、とてつもなく強烈だ。


ルイさんも嫌がってることだし、また今度来るか。

直斗にもうちょっと詳しく聞いて出直した方が懸命だよね。

僕がそう諦めた時だった。



「お主ら、誰を捜しておる……」



僕たちがいる場所で、急に弱々しい声が聞こえてきた。

聞き間違いかなと疑ってしまうほど、弱々しい声だ。



「ね、ねぇ恭祐。誰かが話しかけてきたわよ?」


「やっぱりですか。僕も聞こえました」



やっぱり誰かが話しかけてきたのは間違いないらしい。でも、どこから……。

辺りを見回しても、該当する人物はいそうにない。ただ、僕とルイさんの周りには多くのテントが怪しげに連なっている。



「こっちじゃて……お二人さんよ」


「!?」



テントの入り口と思われる部分から、ヨボヨボした手がにょきっと出ている。その手は、僕たちを導くような動作を繰り返している。まるで、心霊現象だよ。とりあえず、退くべきだと思ったが、ここまで来たんだ。ちょっと立ち寄っても罰は当たらないよね?



「ちょっと、行ってみましょうか……」



手が出ている方へと、恐る恐る近づいてみる。近づいてみると、他のテントと比べ、少し大きなテントが立てられてあった。

テントの上部には、油性のマジックで乱雑に“M.S”と書かれてある。



「ほ、ほ、ほ〜、よく来たな。冴えない少年と可愛いお嬢ちゃん」



今、もの凄い侮辱されたような気がしたが、気のせいだろう。

一際目立つその大きいテントから、ヨボヨボした手だけが出ている。ツッコミ所がたくさんあって、僕には処理しきれない。

と、とりあえず、マスターシゲル本人であるか、確認しないと。



「あ、あの……あなたが、マスターシゲルさん……ですか?」


「いかにも!……ゲホゲホ……」



恐らく、無理に大きな声を出したため、むせたのだろう。

僕の心配を余所に、その大きめなテントから、一人の老人が姿を現した。

見るからにヨボヨボな体つきで、こんなところで生活していて大丈夫なのかと思ってしまう。



「なんなのよ?マスターシゲルって」



ルイさんは、もの凄い困惑した表情で、僕のことを見つめた。

そんな目で見られても、困ります……僕自身、こんなはずでは。と、思っているのだから。

とりあえず、マスターシゲル本人であることに間違いはないらしい。



「直斗からの紹介で来たんですけど……」


「そんなの知っとるわい!」



せっかく挨拶をしようとしたのに、なんで怒鳴られなくてはならないんだ?

マスターシゲルは、体を小刻みに震わせ、もの凄い剣幕で僕のことを見ている。

っていうか、なんでそんなに怒ってるの?



「なんで恭祐は、このマスターシゲルって人に用があるの?」



僕の後ろで、ルイさんが訊ねてくる。

なんだか、馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。

だって、こんな意味の分からない爺さんに、助けを求めようとしていたんだもの。

でも、これでようやく分かったよ。ルイさんのためにできることは、他人に指示されて見つけるものじゃない。自分で見つけ出すものなんだって。



「帰ろうっか、ルイさん」


「え?……もう良いの?何も話してないじゃない」



ルイさんは不思議そうに言ってきたが、これで良い。マスターシゲルに、僕が聞きたい事なんて一つもない。答えは自分で見つけてやるさ。



「マスターシゲルさん、失礼します。それでは」


「ちょ、ちょっと恭祐!?」



僕は、マスターシゲルに一礼し、ルイさんの手を持ち、帰ろうとした。



「地球が消滅するまで、もうすぐじゃの〜」



マスターシゲルの口から、とんでもない言葉が飛び出した。

僕は、驚き、立ち止まる。

聞き間違いだ。ああ、聞き間違いさ。だって、こんなヨボヨボしたふざけた爺さんが、知るはずがないじゃないか。

そう自分に言い聞かせる。



「キラーJは、強いぞ?お主らが思っている以上にな。ほ、ほ、ほ〜」



マスターシゲルの弱々しく、か細い笑い声は、とても不吉な声だった。

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