表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

第四撃【晴れ時々曇り。そして晴れ】

この章を含めて四章目となるが、未だに夏休みの初日だという事実に変わりはなかった。



それもそのはず。僕は、今日この日から、非現実的な日常を歩み出してしまっている。魔女と称するルイさんが突然僕の目の前に現れ、世界の崩壊を予言した。そして、ルイさんは僕と、契約と称するキスをしたことにより、僕の命が魔王に狙われていると断言した。僕が死ねば、ルイさんの魂は消滅し、世界は滅ぶ。

アニメや漫画など、二次創作であるなら、この先どうなるのか楽しみなんだけど、自分の命が関わってくるとなると、どうしても恐怖心というものを抱かずにはいられない。僕は、筋金入りの臆病者なのかもしれないな。


僕は、パジャマのまま、部屋にある窓を開け、外の景色を眺めた。

田舎ではあるが、住宅地ということもあり、僕のアパートの周りには、たくさんの家が並んでいる。布団を干す女性や、のんびりお散歩をしているお年寄り。それら全てが新鮮のように感じられる。夏だからなのか、窓を開けても気持ちの良い風は、僕の部屋には一つも流れてこない。窓からこぼれる夏の日差しはとても暑く、でも、今の僕にとってそれは安心できる日差しでもあった。


結局のところ、僕はルイさんの話を全て信じたことになる。ルイさんが魔女であること。魔王が降臨し、地球の侵略が近いうちにあること。僕の命が危ないこと。それら全ては、ルイさんが話したことであるし、証拠や確証はどこにもない。でも、僕は信じた。いや、信じたかったんだ。

可能性……僕が今の生活に物足りなさを感じていた時に、ルイさんはやってきた。

僕は、きっと心のどこか片隅で、期待していたんだろうね。ルイさんの話を信じることで、今の物足りない生活から、脱することができるんじゃないかって。なんとも我が侭で、自己中心的な考えなんだけど。でも、だからこそルイさんの話を理解し、信じることができたんだと思う。



「恭祐」


「ふぇぁい?!」



ルイさんが、突然僕に話しかけるものだから、僕は裏声を出しながら返事をしてしまった。



「お腹空いた〜!」



不機嫌そうに、そんなことを話すルイさんに気づき、僕は肝心なことを思い出した。



「ルイさんは、この部屋で生活をするんですか?」


「当たり前でしょ?」



そう当たり前のように話すルイさん。

僕にとっては、当たり前なんかじゃないんだけどな。だって、ルイさんは女性なわけでしょ?この部屋で生活をするということは、僕と一緒に生活するということになる。つまり、同棲ってことになるわけ?無理。そんなの、僕には生き地獄過ぎる。



「何か、問題でもあるの?」


「え、いや、その、あの……」



優位な立場なのは僕のはずであるのに、圧倒的なアドバンテージはルイさんにあった。

僕の目の前にいるのは、ルイさんという女性。透き通った目に、今までに見たこともない白く綺麗な肌。痩せすぎず、太りすぎていない、バランスの良い健康的な体。これが、一般に言う、可愛い女性って言うんだろうね。

そんな人……もとい、そんな魔女と、八畳という狭い空間の中で、一緒に生活する。それに、僕は女性と二人きりで生活をしたことなんて、一度もありはしないのだから、きっとムラムラしてしまうだろう。分かるだろう?ムラムラな気分。そんなムラムラした気分で毎日を過ごす、僕のやり場のない気持ちはどうなる?誰か、教えてくれ。



「ないなら良いじゃない!それに、魔王だっていつ恭祐を襲いに来るか分からないし。一緒に生活した方が良いと思うのよね」



一人、うんうんと頷き勝手に話を進行させてしまっているルイさん。

おい、柊恭祐。本当にこのままで良いのか?ファーストキスを華麗に奪われ、さらには、同棲生活が始まろうとしているだなんて……僕にだって、意地ってものがあるんだから。ちゃんと意思表示するべきだよ。そうだ、するべきだ。



「あの、ルイさん」


「?……どうしたのよ、恭祐」


「僕はルイさんが現れるまで、ずっと独り暮らしだったんです。だから……食料とか、寝床とか、その……二人分なくてですね……」


「だったら、買いに行けば良いじゃない!」



ルイさんは、可愛らしい笑顔で、恐ろしいことを言ってのけた。

ルイさんって、もの凄い強引な人なんだって改めて思ったよ。普通なら、食料や寝床が二人分ないと言われたら、ここで生活することを、ためらうはず。親しい仲であるならまだしも、僕とルイさんは会ってまだ数時間なんだから。だが、ルイさんは違う態度を示してきた。

“ないなら、揃える”……ごもっともです。



「さぁ、そうと決まったら行くわよ!」


「はい……ってどこにですか?」


「決まってるじゃない!」



突然、僕の手に何か柔らかく、とても温かい感触が伝わってきた。その感触の方へ目を寄せると、そこにはルイさんの手があった。僕の手をぎゅっと強く掴み、女性だとは思えない力で僕のことを引っ張る。何がなんだか分からないが、僕の顔はとても熱く、まるで頭に血がのぼっているようだ。



「買い物よ!」



満面の笑みで、ルイさんはそう答えた。



「……って、ル、ルイさん!?着替えだけはさせてください!」






---------------------------------





僕たちは部屋から出ると、徒歩10分程度の位置にある、大型ショッピングセンターへ向かった。

午前中だからとはいえ、さすがは夏。外に出た途端、夏の日差しは容赦なく僕とルイさんに襲いかかってきた。

ジリジリするような暑さは、命を削っているのだろうかと勘違いをしてしまうほど。



「暑いわ!暑すぎる!」



ルイさんは、信じられないといった表情で、僕に愚痴をこぼしてきた。



「夏ですからね。暑いのは当然ですよ」


「な……つ?何よ、それ」



まさか、そんなところで質問がくるとは思いもしなかった。

しかもどう説明して良いのか分からない。夏が分からないということは、季節と説明しても分からないだろう。

んー、困ったものだ。



「この地球にはですね。季節っていうのが、あるんですよ」


「きせつ?」


「そうです。季節には春、夏、秋、冬の四つの季節が存在して、その季節に応じて、寒かったり暑かったり、温度が違ってくるんですよ」


「凄いのね、地球って!」




ルイさんは、目をキラキラさせながら言った。

でも、季節なんてものは、目を輝かせてしまうほど、凄いことなのだろうか。僕たちは、今まで季節があることに凄いだなんて事を思ったことはない。だって、それが当たり前なんだもの。春が来れば、夏が来て、秋が来たかと思えば、冬が来る。こうして、僕たちは日々暮らしている。

だから、僕たちにとって季節とは、なんら“凄い”ことではない。



「ルイさんの住んでいる惑星には、季節とかないんですか?」


「季節はないし、温度も変わらないわね」


「羨ましいです。住みやすそうで」



温度が変わらない惑星か……僕にしてみれば、実に羨ましい惑星なわけで。

だって、温度が変わらないってことは、季節に合わせて服を取りそろえる必要がないのだからね。

夏が来たら冬服は片づけて、夏服を出し、冬が来たら夏服は片づけて冬服を出す。想像しただけで面倒だ。



「住みやすいっていえば、確かに住みやすいかもしれないわね……こんな暑い思いをしなくて、済むんだから……」



やれやれといった表情のルイさん。ルイさんは、暑いのが苦手なようだ。

やっとのことで、僕たちは大型ショッピングセンターに到着した。僕たちの目の前には、大きな建物がそびえ立っている。

その一つの建物の看板に、店の名前が書かれてあった。


“マルヤ”


この店は、品数豊富な大型ショッピングセンターである。様々な食料品があるのはもちろん、衣服や家具だって様々なものが売られている。値段も、リーズナブルなものから、高級なものまで様々で、一日このショッピングセンターにいても飽きることはない。ここで僕たちは、二人分の食材を買いにやってきたわけだ。


僕が買い物をするにあたり、とても心配だったこと。それは、お金の問題だ。きっと、ルイさんは、お金だなんてものは持っていないだろう。地球人ではないのだから。つまり、全ての代金は僕が支払うことになるわけだ。だが、予算は限られている。仕送り生活をしている僕は、どちらかというとあまりお金を持ち合わせてはいない。それに、今月は夏フェスという大きな祭典が待ち構えている。直斗も、しっかりお金は貯めておくようにって言っていたし。だから、食費のために使えるお金は、必然的に限られてしまうのだ。僕とルイさんは、一週間分の食料を買うことにした。

というのも、魔王がいつ地球を侵略するか分からないからね。とりあえず一週間分買って、足りなかったらまた来れば良い。


店の中に入る。今日は火曜日で平日ということもあり、土日や祝日に比べると客の出入りが少ない。混んでいる時は、ろくに買い物もできないぐらい人が集まるから、やっぱり、買い物は平日するべきだね。


食料品売り場に到着し、買い物カゴをゲットする。



「買い物カゴ、ゲットだぜ!」


「恭祐……妙にテンションが高いわね……」



呆れた顔でそう言うルイさんを横目に、僕たちは食料を選び始めた。肉、野菜、卵、お米……必要最低限の食材を選ぶ。なるべく安くて、賞味期限が長いものを選んでいく。



「お、安い……」



僕が手にとったのは、特別価格で売られていた牛肉。きっと、賞味期限が一日早いから、特別価格で売られているんだろう。いつもは、牛肉なんてめったに買わないんだけど、ルイさんも一緒に生活するようになったことだし、ちょっとは奮発して良いだろう。



「駄目よ。牛肉は、料理に限りが出てきちゃうし。安くて美味しくて、栄養価の高い豚肉の方が断然良いわよ!」



ルイさんはそう言うと、僕が持っている牛肉のパックとは違う、豚肉のコマ切れパックを買い物カゴに入れた。

ルイさんのためにと、奮発して牛肉を選んだのにな……でも、確かに僕が選んだ牛肉よりも、ルイさんが選んだ豚肉の方が、見た目もかなり美味しそうだし、遥かに安かった。しかも、豚肉の方が栄養価が高いなんて、初めて聞いたよ。



「あと、挽肉なんかもあって良いと思うのよね」



ルイさんは、まるで主婦のようにテキパキと食材を選ぶ。その光景は、とても意外な光景だった。

買い物なんて、できないって思っていたのに、ルイさんは、僕なんかよりも遥かに買い物慣れしていた。

住む惑星も違うし、きっと食べる物も違うものなんだと思ってたから、戸惑うと思ったんだけど……無駄な心配だったみたい。



「あと、野菜とかもいくらか欲しいですね」


「そうね!」



それにしても、こんなに食材選びが楽しいものだなんて思わなかった。

僕が大学生になり、実家から離れて暮らし始めると、自分の食料は自分で買わなければならなくなった。もちろん、お金は仕送りしてもらっているけど。それでも、こうして二人で買い物をした事なんて、一度もなかったから、あれが良いだの、これが良いだのと、意見を言い合ったり、新たな発見をすることなんてあり得なかったし、想像もつかなかった。でも、今僕は、こうしてルイさんと買い物をしている。



「目玉焼きといったら、ソースだよ」


「何言ってるの?絶対、塩よ!」



そんな、子供のような言い合いを交えながらも、僕たちは買い物を楽しんだ。

こんな楽しい買い物だったら、毎日行っても良いな……なんて思ってしまう僕がいた。




---------------------------------




買い物も無事に終わり、僕たちはアパートへ帰る途中だった。僕の両手には、パンパンに膨れた大きな買い物袋がある。

その買い物袋は、見た目以上に重くて、歩くたびに、僕の指を締め付けてくる。



「……はぁ……お金の種類が違うなんて、気づかなかった……」



後ろを振り返ると、肩を落とし悲しそうに歩くルイさんの姿が見えた。


お会計の際、ルイさんは見たこともないお札を店員に出した。

もちろん、それが硬貨と認められることはなく、僕が全額支払うこととなった。

前もって予想していた僕にとって、不満に思う事は一つもなかったんだけど、

ルイさんはこうして、肩を落とし、落ち込んでいる。



「仕方ないですよ。住む世界が違うんですから」



僕が的確なフォローをしてみせる。



「むー……」



だがルイさんは、やはり納得していない様子だった。


きっと、自分でお金を出したかったみたいだ。僕は、それだけで十分なんだけどな。

それに、僕はルイさんと一緒に買い物ができてとても楽しかったし、とても満足しているんだ。


僕は、一週間分の食材が入った買い物袋を両手で持ちながら、後ろでトボトボ歩くルイさんの様子を気にしつつ、励ましの言葉を探していた。

どうにかして、ルイさんのことを元気にしたいと思ってしまう自分がいたのだ。でも、こんな時に限って、良い言葉が思い浮かばない。どこまでも僕ってば、駄目な人間なんだなと思ってしまうよ。



「恭祐……」



ふと、僕の両手が軽くなる。一週間分の重い荷物が、急に軽くなり、まさか買い物袋が破けたのではないかと、自分が手にもつ買い物袋を確認してしまう。そこには、ルイさんの手があった。何がなんだか分からなくなり、すっとルイさんの顔に視線を向ける。



「ルイさん?」


「私が持つわよ……」



ルイさんの意外な発言に僕は驚きを隠せなかった。だが、買い物袋は重い。

いくらルイさんが魔女だからとはいえ、重い物を女性に持たせるほど、そこまで僕は腐ってなどいない。



「重いですし、大丈夫ですよ?」



僕がそう言っても、ルイさんは、決して買い物袋を放そうとはしなかった。だからといって、僕もルイさんに全てを任せようとは思わなかった。

だから、僕は考えた。お互いが納得するためにはどうしたら良いのか。どうするべきなのか……

妥協案を探し、ルイさんに訊ねてみる。



「……じゃあ、一緒に持ちましょうか」


「……うん」



買い物袋の取っ手の片方を僕が持ち、もう片方をルイさんが持つ。客観的に見れば、この光景は可笑しい。

でも、これで良い。僕もルイさんもこれで良いと思ったから、一緒に持って歩き始めたんだ。誰がなんて言おうと、僕とルイさんが良ければ、それで良い。僕とルイさんは何も言わず、お互いが一つの重い荷物を持ち合い、ただただ、僕のアパートへ向かって歩き続けた。


今日は何も食べてないから、さすがにお腹が空いたな……帰宅したら、早速料理して、ルイさんと一緒に何か美味しいものでも食べよう。

そしたらきっと、ルイさんも元気を出してくれるに違いない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ