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第二撃【先んずれば人を制す】

「何度も、同じ事を言わせるんじゃないの!」



と、言われても今の僕には人の言葉を理解する余裕などありはしない。

目の前の美少女が自分の大好きな美少女戦士Loveきゅーれに登場するヒロイン、夏目美香であること。

それに驚き、疑問を感じ、パニックになる。そんな無限ループを繰り返す。

ゲームであるなら、すぐさまリセットボタンを押したい。漫画であるなら、今すぐに読むのをやめたい。

それほど、僕は追いつめられていた。

まるで一つのフィクション物語を体験しているかのような感覚。

どうしたら良いのか、何をしたら良いのかまるで分からない。あれだけ漫画を見てアニメを見て、妄想も数限りなくしてきたのに、何も活かすことができない。



「はぁ、仕方ないわね」



美少女は呆れた表情で溜息を一つすると、ふと僕の目の前までやってきた。

僕の鼓動は一気に高まる。

仮に夢だとしても、女の子、しかも夏目美香が僕の体と接触するぐらい近くにいるんだ。

ドキドキしてしまうのも当然のことだろ?



「!?」



一瞬の出来事だった。

美少女は、僕に顔を近づけた。僕の唇に今まで体験したことのない柔らかい感触と、温かさを感じる。

緊張しているからなのか、恐怖しているからなのか、それともまた別な感情でからなのか……

僕の心臓は、今までに経験したことのないスピードで脈打っていた。

でも、なぜか心地が良い。いつまでも、こうしていたい。そんな気分であったことは間違いない。



「……って、え?ちょっと!?……」



美少女が僕の様子を見て慌てていたのだけは確認できたが、記憶はそこで途絶えている。

急展開過ぎる急展開だったから疲れていたんだろう。

明日になれば、また普通の日常が訪れる。こんなことが、現実で起こるはずがないじゃないか。

そう、あり得ない。

明日、直斗におもしろい話のネタができたな。

辺りがブラックアウトする中で、僕はそんなことを思いながら深い眠りについた。











-------------------------------








痛い。

痛い、痛い……



「痛ひ!!」



あまりの激痛に僕は目を覚まし、上体を起こす。



「おはよう!やっと、目が覚めたわね」



僕の頬を抓りながら、よしよしと頷き、可愛い笑顔を見せる女性が、目の前にいた。

髪の毛は肩ぐらいまであり、日本人とは思えないほど透き通った目をしている。

背丈は僕と同じぐらいではあるが、僕には持っていない、パワフルなオーラが伝わってくる。

それにしても、この女性はいったい……面識はないが、どこか懐かしい感じがする、実に妙な感覚だ。



「あの……」


「何よ?」


「そのへを……はなひて……くらはい……(その手を離してください)」


「ああ、ごめんごめん!」



美少女は苦笑いをしながら、僕の顔をつねるのを止めてくれた。

もの凄い力で抓られていたみたいで、解放された僕の頬は今でも、じんじんと痛みを伴っていた。

生まれて初めての寝起きどっきりですよ。



「あ、あの。それで……」


「まだ、何かあるの?」


「い、いや、その。あの。あなたは……?」



ぎこちない声で僕はその美少女に問いかける。

よくよく考えてみれば、不法侵入でしょ。

面識のない人が、人の領域に足を踏み入れる。これは、犯罪であり、絶対にしてはいけないんだ。

美少女だから、優しく対応するけれども、もしこれが犯罪者っぽい奴だったりしてみろ。

きっと……きっと、僕は黙って動けなくなっているだろうな。

とにかく、ちゃんと身元とか、色々訊ねる権利は僕にだってあるはずさ。



「そうね、自己紹介が遅れたわね」



その美少女は、声の調子を整えながら真剣な表情で僕の方を見つめた。

そ、そんなに見つめたら、ドキドキしちゃうんだけど。



「私は、この世界の救世主。ルイ・シュタインハルツ・マークベルよ!」



高らかにそして誇らしげに美少女は自分の名前を言った。

いや、名前でしょ?違うのかな。

どこからが苗字で、どこからが名前とか、そういう概念は通用しない感じなのだろうか。

いや、問題視するところはそこじゃない。

これだけ日本語が喋れるのに、なんとも日本人とは思えない名前ではなかろうか。



「偉大なる魔法使いでも良いわね。魔女でも良いわね。偉大なる魔女。そう、私はとにかく天才なんだから!」



美少女は、一人で盛り上がっていた。

なんとも話しかけづらい。果たして僕は、話を遮って良いのだろうか。

魔法使いだか魔女だか救世主だか分からないけど、客観的に見たら、電波発しているよ。

オタクな僕にとっては、そんな事、全然気にならないんだけどさ。

不思議ちゃんなのかな。いや、そんな天然が入っている感じではなさそうだ。

そんな葛藤の中、勇気を振り絞り、話を遮ってみることにした。



「あ、あの。自己紹介の途中で申し訳ないんですが……」


「む……何よ?」



美少女は不機嫌な表情をし、話を止めた。

それもそうだよな。あれだけ、テンションを高くして自己紹介していたのに、

僕が華麗に遮ってしまったのだから。これを俗に言うKYってやつなんだと思う。



「それで、ルイ何とかウェルさんは、何故、僕の部屋なんかにいるんです?」


「ちょっと!勝手に名前作らないでよ!人の名前はちゃんと覚えなさい」



怒鳴るように美少女は大きな声を出した。

耳がキンキンする。

そんなに、大きな声を出さなくても聞こえますから。

でも、そんなに長い名前を覚えるなんて無理だ。

僕は、頭が悪い。学校の成績も、最悪と言っても過言ではないぐらいに酷いのだから。

それなのに、こんな長い名前なんて覚えられるはずがないだろう。



「……良いわよ。ルイで」


「え……?」



僕が一度聞き返すと、美少女は僕とは違う方向を向き、

少し投げやりな感じで、話した。

その美少女の表情は、どこか照れているような感じに受け止められる。



「だから、ルイで良いって言ってるでしょ?だから……間違えないでよね」


「はい。分かりました」



っていうか、何なんだよこのやりとりは。

僕は、こんなやりとりをしたいがために、話を遮ったわけじゃない。

これでは、僕がただの我が侭野郎になってしまうじゃないか。



「で、あなたの自己紹介がまだよね?良いわよ、言っても」



なんで、上から目線で話すかな……

ルイさんは、不法侵入者。ましてや、一度も会ったこともなければ、

未だに何故ここにいるのかさえ分からない。

それなのにだ。なのに、もの凄い上から目線。そんなの、あんまりじゃない?

でも、何も言い返せないのが、このオタクの性格というかなんというか。



「僕の名前は、柊恭祐。21歳独身で、学生やってます」


「終わり?」


「……ええ、以上です」



ああ、どうせ終わりさ。

僕の自己紹介なんて、わずか一行で収まってしまう、小説家泣かせの自己紹介なんですよ。

世界の救世主でもなければ、魔法使いでも魔女でもない。

ただの学生。オタクってスキルがプラスされているけど。ただ、それだけなんだ。



「そう、じゃあ、これからよろしくね!」


「うん、よろしく」



こうして、僕とルイさんとの、甘くエッチな物語が始まろうとって、始まるわけないでしょ。

可愛い笑顔でよろしくって言われたから、応えてしまったけど、

これ、何か間違ってない?可笑しくない?



「って、ちょっと待ってください」


「何よ?」



危うく、ルイさんとの甘くエッチな物語になるところだった。

R指定かけてないし、削除されちゃうところだった。危ない危ない。

とにかく、ちゃんと聞くべき事は聞かないと。



「なぜ、ルイさんが僕の部屋にいるんですか?」


「なぜ?って、契約したからじゃない」



僕の問いかけを、まるで当たり前かのように答えるルイさん。

ってか、いつ契約したんだ?何を契約?

携帯は、契約して結構経つし、借金だってしたことない。

もちろん、高価な品物も買ったことはない。あるとしても、夏フェスでの

夏目美香フィギュアを大人買いしたことぐらいだ。それも、去年。



「恭祐は、何も覚えてないの?」



再び呆れた表情をする、ルイさん。

だが、僕は確かに何も思い当たる節がない。一つも。

考えれば考えるほど、深い溝にはまっていくような気がしてならなかった。



「昨日、私とキスしたでしょ?」



そういえば、昨日の夜、光物体を見て、それが夏目美香で。

僕がパニックになっている時、突然、夏目美香が僕に急接近して……



「あー!!!」


「恭祐……うるさい……」



ルイさんは、両耳を手で押さえ、片目を瞑った。

相当うるさかったのだろう。

ああ、申し訳ないと思っている。だけど、それほど大きな声になってしまうぐらい

僕は昨日のことを思い出したのだ。



「……でも、変ですよね」


「何が変だっていうのよ」


「だって、ここにいるのはルイさんじゃないですか」



そう。確かにここにいるのはルイさんであり、夏目美香ではない。

僕が昨日見たのは、紛れもなく夏目美香の存在であり、ルイさんでは決してなかった。

なのに、なぜ今、この場所にいるのが夏目美香ではなく、ルイさんなのか。

確かに夏目美香が実際にいたら違和感を感じるし、ルイさんなら普通の人間って感じで

違和感はないのだけど。そんなことじゃなく、もっと根本的な部分に僕は違和感を感じてならなかった。



「ここに私がいることが、問題っていうわけ?」



ルイさんは、なぜかとても不機嫌になっていた。

まさかの勘違いだ。



「い、いや、そういうことではなくてですね。昨日の夜見かけたのはルイさんではなく、全く違う人の姿だったんですよ。ほら、この子……」



僕は学校に持っていくバッグを探り、携帯を取り出し、夏目美香の画像を開き、それをルイさんに見せた。

ルイさんは、その画像をじっくり見ると、急に笑みを浮かべた。

にやっとするような、そんな笑みを。



「へぇ〜。恭祐はこういう子が好きなんだ」


「へ……?」



ルイさんの言っている意味が分からない。

確かに、僕は夏目美香のことは好きだ。この世で一番好きな女性はと聞かれたら

夏目美香と答えるであろう。だが、なぜだ。

なぜ、ルイさんはそれに気づいたのか。

いや、携帯に画像がある以上分かるのかもしれないが、そういう次元の話ではない。

超能力者……まさか、本当に魔法使いなのか……

僕がそんな考え事をしていると、ルイさんは再び真剣な表情をとった。



「今から、大切な話をするから、ちゃんと聞きなさい。良いわね?」


「あ……はい。」



大切な話……いきなりどうしたのか。

まだ会って間もない、一般オタクのこの僕に大切な話があるとは……

僕の体は緊張し、手や背中にはうっすらと汗をかくほどだ。

生唾を一度ごくっと飲み込み、ルイさんの話に耳を傾ける。



「信じられないと思うけど……この世界に、魔王がやってくるわ」


「ま、魔王……?」


「このままだと、この世界は間違いなく崩壊する」



ルイさんの、とんでもない発言に僕は耳を疑った。

魔王がやってくる?世界崩壊?

アニメや漫画では、数限りなくそんな物語を見てきた。

でも、現実はどうだ?

もちろん犯罪は起きているし、予言者なんかも「人類は滅亡する」なんて言ったりするのを見かけたことはある。

でもそれは、人間が納得できる範囲内であって。

だが、ルイさんが話していることは、あまりにも現実離れしている。し過ぎている。

魔王が降臨し、世界を崩壊させるなど、妄想じゃない限りあり得ない。信じられるわけがないだろう。




僕は、ルイさんの顔を見る。

いつになく、真剣な表情をしていた。冗談や嘘をついている様には思えない。

じゃあ、本当の話なのか。でも、脳が拒絶する。現実離れしている話に脳が追いついてこないのかもしれない。

頭の中がパニックになりそうだ。



「ごめん、ルイさん。僕の頭が凄いことになってる」


「え?寝癖なら気にしないわよ?」


「違う。そういうことじゃなくて。あまりに現実離れし過ぎていて、パニックになりそうなんだ」



ルイさんは、ふぅっと溜息を一つした。



「無理もないわよ。信じられない話だものね。……でも、世界の崩壊は近いわ」


「……」


「だから、全部話すわね」



ルイさんは、僕にそう尋ねたあと、間をおいた。

きっと、僕の返事を待ってくれているのだろう。とてもありがたかった。

パニック状態の頭で何を聞いても、きっと理解することなんて不可能だ。

だから、ルイさんは僕に時間をくれている。

きっとだけど。ルイさんが言っていることは、本当なんだと思う。僕の予想でしかないけど。

もちろん、現実離れしすぎているし、考えれば考えるほど信じられない話だよ。

でも、ルイさんは、全部を僕に話そうとしてくれている。

それに応えないと。



僕は深く深呼吸をしたあと、ぎゅっと自分の拳を握り、ルイさんの顔を見て、力強く答えた。



「分かりました。話を続けてください」

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