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第一撃【物語はいつも突然に】

ドラマやゲームや漫画の様な世界が、現実で起きたとしたら……



いや、仮にさ。仮に、そんなことが現実で起こったら、どんなことになるのだろう。

魔法や超能力で世界は変化する。

そんでもって、悪の組織なんてのが誕生したりして。

悪の組織が目指すのはただ一つ。世界征服。

世界を征服し、全てを手に入れること。混沌とする世の中を一新すること。

とても怪しいマントに身を包み、不気味な笑みを浮かべる、悪の組織。

早く壊したい。早く奪いたい。そう言わんばかりの表情は、見る者を凍り付かせるほど。

そして、悪の組織は世界征服に着手する。

初めは抵抗していた人間達も、悪の組織の圧倒的な力の差に何もすることができない。

町は壊され、人は大切な人の死に悲しみ、悪の組織に恐怖する。

もう、この世は終わりだ。絶望だけがこの世界に残りつつある時、正義の味方が登場する。

その名も……



なんて事は、今の僕にとっては、どうでも良いことだ。




大学3年の夏休み。

この貴重な休みを僕は、妄想なんかで終わりにさせたくはない。

およそ2ヶ月のサマーバケーション。略してサマバをいかに実りのあるものにするか。

これは、今年だけではない。毎年訪れる夏休みによる夏休みのための戦争。そう、これは戦争なのだ。

一瞬でも油断してみろ。

油断したら最後、誰よりもつまらないサマバを送ることになるのだ。

それだけは、回避する。ああ、してやるさ。

数多く張り巡らされているバッドエンドを避け、真エンドに辿りついてみせるぜ。

ここで一つ断っておくが、僕は断じて健全なる学生であり、エロゲーム、通称エロゲーなんてものはしたことがない。

一度もだ。嘘じゃないよ?本当だよ〜……



「おい、恭祐!」


「うぉっ!?い、いきなり何だよ」


「さっきから呼びかけてたんだけどな。妄想もほどほどにしておけよ?」



僕のリアクションに、やれやれという態度で溜息を一つする、小林直斗(こばやしなおと)

直斗は、僕の一番信頼できる友達だ。

最初の出会いは、大学の1年生の頃。右も左も分からない直斗を導いたのは、この僕さ。

すみません。嘘です。僕が導かれました。

最初はとても冷めている印象を受けた直斗だったが、一緒に話したり遊んだりしていくうちに、直斗って本当凄い奴だって思った。

相手の事を一番に考えるし。感情に流されることなく、自分をしっかりもってる。

スポーツも人並み以上にできちゃうし、見た目もめちゃくちゃ格好良いとまではいかないが、僕よりかは明らかに格好良い。

僕がどれだけ不細工だなんてツッコミはここでは堪忍していただきたい。

とにかく、直斗って奴はとっても信頼できる友達だってこと。

ちなみに恭祐っていうのは、僕の名前。柊恭祐(ひいらぎきょうすけ)。21歳。独身。




僕たちがいる、この古くて汚い建物は、サークル塔と言われる場所だ。

バスケ、フットサル、テニスなどスポーツ関係のサークルはもちろんのこと、

将棋、料理、吹奏楽など、多岐にわたるサークルが、このサークル塔という場所を活用している。

もちろん、何十って単位のサークルが集う建物だから、一つ一つの部屋は狭い。その上、造られてからどれぐらい

経っているのか想像もつかないほど、このサークル塔は年期が入っている。故に、見た目も古くさい。

そんな古くさいサークル塔の一角で僕たち漫画研究部、通称、漫研部は、いつもの会議を開いていた。

漫画研究部というのは、既刊の漫画を学問的に研究する部。というのが名目上ではあるが、

僕たちが行っていることは、そんな偉そうなもんじゃない。

好きなアニメキャラクターや漫画を満足するまでどう楽しむかを日々研究する。要は、追っかけってやつさ。





直斗は、漫研部のリーダー……つまり、部長を務めている。

漫画研究部ということもあり、メンバー数は、僕と直斗含めて8人。だからといって、人をまとめる力がないと、

まとまるものもまとまらない。

だが、直斗は人をまとめるだけの力を持っている。

的確な判断力と、冷静な性格。部長になるには申し分ない存在ってわけだ。



「で、今年の夏の予定なんだけど。このサークル活動以外での予定とか入ってないか?」


「……特に」



直斗にとっては、サークル活動を優先したいからなのか、予定がない方が良いらしいんだけど、

僕は、なぜか自分のスケジュールに、不満を持っていた。

なぜかって?

だって、予定なんて全然ないんだもん!

予定づくりは夏休みにおける戦争だ!なんて熱く言っていたが、結局、現実なんてこんなもんさ。

一度で良いから「あ、ごめん。この日は予定が……」なんて、言ってみたいものだよ。



「他のみんなも、もし予定とかあったら、気軽に言ってくれよな!」



狭い部室の中で直斗は部のメンバーにそう笑顔で話した。



「そういえば、俺。来週から1週間ちょっと予定あるわ。多分夏フェスには間に合うけど」


「あ、ぼ、僕もちょっと予定がありましてですね……」



意外にも、部のメンバーは予定があるみたいだ。

この日からこの日までは活動できない。この日から復帰できると、直斗に報告するメンバーたち。

そんな光景を目の前にして、僕はなんだか不快な気分になってきた。

別に、みんなのことが憎いわけじゃない。ただ単に羨ましいのだ。


僕は、そんな不快な気持ちを紛らわせるべく、僕の大好きなアニメ“美少女戦士Loveきゅーれ”を携帯で眺めることにした。

最近の携帯電話はよくできているよね。

音楽や動画はもちろん、テレビだって見られるんだから。


何を隠そう、僕は正真正銘のアニメオタク。

“美少女戦士Loveきゅーれ”の追っかけをしている。

中でもヒロインの一人、夏目美香(なつめみか)に一目惚れをしてしまった。

普段はちょっとドジっ子な学生なのだが、世界のピンチがやってくると、美少女戦士ミカに変身する。

しなやかなボディラインと、艶のある長い髪が魅力的で、普段の時とのギャップがとても良い味を出している。

文句のつけどころがないね。作者は分かっている。



「よし、だいたいだけど、みんなの予定は把握できた。もし、また予定ができたら俺に報告してくれ!夏フェスまであとわずかだ。健康管理にも十分注意するように。解散〜!」



直斗が元気よくそう言うと、皆一斉に帰宅の準備をし、帰り始めた。

やっと地獄のような夏休みの予定調査が終わったらしい。



「なーに、ふてくしてんだよ。ほら、帰ろうぜ!」



直斗は僕のご機嫌斜めな態度を見ながら、笑みを浮かべていた。

僕は、携帯を閉じ、やり場のない気持ちを抱えつつ、サークル塔を後にした。

夏ということもあり、部室から出ると、夏の日差しが僕と直斗を容赦なく襲ってきた。

部室はクーラーはないものの、扇風機と、日の光があたらないために、外よりかは遥かに涼しい。

それをひしひしと感じてしまうぐらい、夏の日差しというものは暑い。



「今日は、どうした?何か変なものでも喰ったか?」



直斗が、今日の僕の様子を見て、心配してくれているらしい。



「いや……ところで、直斗は夏休み予定とかないの?」


「んー、特にないかなぁ」


「だってほら、彼女いるじゃん。一緒にどっか遊びに行ったりとか、しないの?」


「んー、同棲してるからなぁ。夏休みだからって、特別遊びに行ったりとかはしないな」


「は?!」



同棲って……つまりあれだよね。

直斗と直斗の彼女さんは一緒に住んでいるってことだよね?え、違うの?違うって言ってよ!



「なるほどね」



直斗は、クスっと人を小馬鹿にしたような表情をした。



「な、何だよ」


「恭祐くんは、そういうお年頃なのかーってね!」



直斗の態度が腹立たしくなった。

ああ、どうせ僕は産まれてずっと彼女なんてできたことないよ。

気づいた頃から二次元が生き甲斐の僕と比べて、直斗は“できてる人間”だからね。


後ろから直斗のことを一発蹴ってやろうと思った僕の悪心。もう止められないさ。

ごめんよ直斗。一発で良い。一発蹴れば、きっと気持ちも楽になる。

助走をつけ、直斗の後ろから蹴る動作をしたその時、一瞬の出来事。

一瞬だが、目の前が眩しくなった。眩しくて、何も見えない。

僕はバランスを崩し、大きく尻餅をついた。



「きょ、恭祐!?」



尻餅をついた僕のことを見て、直斗は大いに笑うのだろうと思っていたが、心配そうな表情で駆け寄ってきてくれた。

そんな直斗の事を蹴ろうとした僕に罰でも当たったのだろうか。

それにしても、今の光はいったい……?



「怪我はしてないみてぇだな。ほら、立てるか?」












-----------------------------












僕は、実家通いではなく独り暮らしであるため、学校からそう遠くないアパートに住んでいる。

もちろん、実家から通える大学もあったのだが、僕はあえて実家から遠い大学を選び、独り暮らしを始めた。

なぜかって?自由だからさ。

洗濯や料理や掃除は自分でしなければならないけど、その分、自由な時間がたくさんできる。

宿題をやらなくても、一日中ゲームをしていても文句なんて言われない。

それが、一番の理由かも。

独り暮らしを始め、大学ではオタク仲間もできたし、信頼できる友達もつくれた。毎日充実した日を送る僕は、まさに幸せ者なのかもしれない。

だが、なぜか物足りない。

物足りない……なぜ、物足りないのだろう。

んー、直斗のように彼女でもつくれば、こんな物足りなさは感じなくなるのだろうか……。

でも、僕に彼女なんて作ること自体不可能な話だよ。

小学校、中学校、高校までずっと男子校だったので、彼女なんてできるわけがないし、

ましてや僕はオタクだ。オタクは、普通の人から見れば気持ち悪い存在と思われるのが関の山。

オタクの誰もがそうではないかもしれないが、僕は、彼女を作れる人間ではないのかもしれない。

だって、他人よりも胸を張って誇れる部分が一つもないのだからね。






自分の住んでいるアパートに到着し、鍵を開け、自分の部屋に入る。

その8畳の部屋には、もちろん「ただいま」と言う相手もいなければ「おかえり」と言ってくれる相手もいない。

いや、毎日がそうなんだ。こんな事は慣れている。

だが、今日はどうにも深く考え込んでしまう自分がいる。なんて、惨めなんだろう。




溜息を一つし、部屋の電気をつけ、自分の机に置いてあるパソコンの電源を入れた。

部屋にはパソコンの起動音だけが低く静かに響き渡っている。

いつもの事なのに、今日はいつも以上に鬱になる。



「今日から夏休みだっていうのに。僕は、何をしているんだろ……」



ネットサーフィンして、時間つぶして、Loveきゅーれ見て。眠くなって寝て朝がくる。

特別な日なんて、オタクの祭典と言われる夏フェスと、コミカに参加し、同人誌やグッズを買いまくる。

それだけ。そうやって、大学3年間生きてきた。

もちろん、楽しいけど。

でも、それでこのままずっと生活して良いのかなぁって思う事もある。

今の僕のようにね。

かと言って、何かやり遂げたいこととか、そんなものはない。

ただ漠然として、今のまま生きていて良いのかなって。本当に幸せなのかなって。




パソコンが立ち上がり、僕は椅子に座ると、いつもの掲示板を見に、インターネットを起動させた。

今日はなんだか、掲示板も荒れている。

“暇人乙w”

なぜか、この文章で、僕は胸が凄く苦しくなって、いつもの日課であるネット閲覧を終わりにした。

いつにもなく、鬱になっている。どうした、僕……



自分自身、なんでこんなに鬱なのか分からない。きっと、夏バテだろう。

そう思った僕は、いつも以上に早めに寝床についた。

きっと明日になれば、こんな気持ちもすっきり晴れることだろう。




寝床について、1時間が経ったが、眠れそうにない。

そうだ、妄想でもしよう。そうすれば、いつの間にか寝ていた……なんてことになる。

我ながら良いアイディアだ。




僕は、限りなくロマンに近い妄想をすることにした。

もし、本当に神様がいて、願いを一つだけ叶えてくれるのだとしたら。

そうだな……やっぱり彼女が欲しいな。

急に僕の目の前に現れて来ちゃって。

「つきあってください!」

なんて言われちゃう。

急に言われたもんだから、僕もちょっと慌てちゃって、そんなヤキモキした感じから物語は始まる。

そんな僕らの恋愛ラブストー……



僕の華麗な妄想をぶち壊すかのように、

いきなり大きな爆発音が僕の部屋に鳴り響いた。

もの凄い大きな音だったためか、僕の耳がキンキン鳴っている。

一瞬、夢だと思ったが、目は冴えている。それでも、何が起きたのかよく分からない。

部屋は電気を消していて真っ暗だし、爆発物なんて部屋に置いてもいない。

恐怖と焦りで、ちょっとしたパニック状態になり、僕の背中や手にはもの凄い量の汗が吹き出していた。



僕は、寝ている体を起こし、辺りを確認する。

すると、僕の目の前に、光り輝く物体があった。眩しくてよく見えないが、

その物体は大きく、いや、まるで人の形をしているみたいだ。



「……なさいっ」



しゃ、喋った!?

僕の目の前にいる光物体が何かを喋った!?

現実なのか夢の中なのか、未だに確証はないが、とにかく僕の目の前にいる者が何者なのかを確認したかった。

不法侵入なのは間違いない。だが、何者かは分からない。

いや、脳が拒絶している。まさか、宇宙人なんてことはないだろうが、とにかく、何がなんだかさっぱりだ。

僕は自分の顔に手をかざし、光を遮りながらも、その光物体を見つめた。確認するように、ゆっくりじっくり見る。


スレンダーな体に、長い髪の毛。

どこかで見た、姿……いや、このドキドキ感は脳が拒絶しても分かるぞ。

美少女戦士Loveきゅーれのヒロインの一人。夏目美香だ。

目の前にいるのは、夏目美香そのものだった。



「え……あ……うぅ……」



何かを言おうとしたが、あまりの急展開に声が出せない。

ここで冷静に対処できる奴なんて、いる方がおかしいだろう。

夏目美香なんだよ?目の前にいるのが。



「しなさい!」


「は、はい?」



美少女は、とても不機嫌な表情をしながら、怒鳴りつけるような大きな声で僕に向かって言い放った。



「だから……私とキスしなさい!」



夏目美香の姿をした美少女は、はっきりと力強く、いやはや、とんでもないことを言ってのけた。

ただ、僕がその美少女が言ったことの意味を理解するのに、もの凄い時間を要したのは、言うまでもなかろう。


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