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勇気

作者: CLIP

会社の勤続5年の休暇を利用して同僚の知世と一緒にハワイに来た早苗。

「3泊4日なんてあっという間だよね~」

明日はもう日本に帰ると言う日の午後だった。


その日も早苗と知世はビーチで寝転んで日光浴三昧

密かに期待していたロマンティックな事もなかったしそれがちょっと不満でもあった。

(何か思い出に残るような体験をしたかったなあ~)

早苗は横たえていたビキニ姿の身体を起こして座った。

背中まで届くほどの長い髪をかきあげながら振り返った。

何やら後ろの方に人だかりが出来ている。

時折歓声が上がったり、次々に人が集まって来ているようだった。

「ねえ、何かやってるみたいよ」

横で寝転んでいる知世に言った。

知世も同じように身体を起こして振り返って見た。

「何かのイベントみたいね…英語読めないから判らないよ」

早苗も知世も英語はまったく苦手で

『ハロー』や『サンキュー』程度しか理解出来ない

日本人観光客の多いハワイではそれでも何とかなるもんで

後は『イエス』とニコニコ笑っているだけで過ごしてしまった。


二人はその人だかりの方に近づいて行った。

人波をかき分けて前の方に進んでみると、やはり何かのイベントらしい。

何か英語で書いてある看板が立ててあり、

折りたたみ式のイスが置いてある。

まわりにはメッセージが書かれているTシャツを着た男達が

観客に向かって話し続けていた。

もちろん早苗も知世も意味はまったく判らない。

まわりは外人がほとんどだったが、ちらほらと日本人観光客の姿も見える。

男達は何か参加者を募っている様子だった。

何人かの女性に声を掛けては断られ、また次の女性に声を掛けていた。

「何をするんだろうね?」

早苗は興味深そうに様子を見ながら知世に話しかけた。

「う~ん、何言ってるか全然判らないし、あの看板の言葉の意味も…」

確かにまったく理解出来ない。


男達が声を掛けては断られ、とうとう早苗達の側までやって来た。

早苗は事情もわからないこのイベントにますます興味が涌いてきていた。

「ねえ…出てみようか?」

知世の耳元で囁いた。

「出てみようかって、訳も判らないのに…」

信じられない、と言う顔をして知世が早苗の方を見た。

「だって~明日にはもう帰っちゃうんだよ、何か記念になるかもしれないじゃない」

早苗はいつも好奇心旺盛で、新しい事や珍しい事に首を突っ込むのが好きだった。

反対に知世は慎重派で、早苗のペースに引っ張られている事が多かった。

がっしりとした逞しい身体付きの白人男性が早苗達の前で立ち止まった。

ニコニコと笑いながら何やら英語で話し掛けて来ている。

知世はそれだけで怖いのか、早苗の陰に隠れてしまった。

男が盛んに『プリーズ』とか誘い掛けている。

「ちょっと…ノーって言わなきゃだめだよ」

早苗の後ろから知世が必死になってそう言っている。

「はい、私やります!」

そんな知世の言葉とは正反対に早苗は大きな声でそう言ってしまった。

まわりからどよめきと歓声が起こった。

もちろん早苗が言ったのは日本語だったが、

手を挙げてそう答えたので言葉は判らなくても承諾の印と思ったのだろう。

男も『ほんとに?』と言う様子で何度も聞いて来た。

「イエス、イエス」

早苗はにこにこしながら何度もそう言った。

「ちょ、ちょっとやめなさいよ~」

知世が後ろから腕を引っ張って止めているのも聞かずに、

「この子もOKです」

と早苗は自分の後ろにいる知世まで前に押し出してそう言った。

あちこちで聞こえる英語に混じって、日本人観光客の声も聞こえてきた。

「すごい勇気だよね~」

「私は絶対嫌だな~」

でも、そんな声は早苗や知世の耳には入らなかった。


男に誘われるままにその輪の中央に引っ張り出された二人は

改めて歓声に包まれていた。

他の男達も集まり、盛んに観客に向かって二人を指しながら

何か叫ぶように言っているその度に拍手や歓声が上がり、

当の早苗と知世だけが訳が判らないまま立っていた。

早苗達を誘い出した男がリーダー格らしく英語で話し掛けてくる。

でも相変わらず二人には何を言っているのかまったく判らないままただひたすら

「イエス、イエス」

と相槌を打ちながら笑顔を振りまいていた。

「ねえ、ダメだよ~何するのか判らないのに…」

知世は心配そうに早苗に囁いた。

「大丈夫だよ~こんなたくさんの人の前で何されるって言うのよ。

殺される訳じゃあるまいし」

早苗は明るくそう言うと、男達と握手を交わし、

イベントの参加を決定してしまった。


「何が始まるんだろう…?」

早苗はワクワクしながら男達の動きを見ていた。

リーダー格らしい男が二人を見て、そして知世の腕を掴んだ。

「な、何…?」

知世はその男に引っ張られるようにして真ん中においてあるイスに座らされた。

すかさずまた別の男が知世の首に美容院で使うようなナイロンの布…

カットクロスを巻きつけてしまった。

「何をするの?」

知世はもちろん、早苗にもその展開がまったく理解出来ない。

そしてリーダー格の男が手に何かを持って知世の横に立った。

大きな声で観客にアピールするように何か叫び、知世の肩に手を置いた。

ポンポンと大きな手で肩を叩き、そして次の瞬間…

男が手に持っていたもの…バリカンが知世の額にぴたっと当てられ

そのまま額から後頭部に向けて進んでいった。

バサバサ…

知世の肩に付くくらいの髪が前髪と共に一気に刈り落とされてしまった。

観客から歓声と悲鳴のようなどよめきが起こり

ただ、何をされたか判らない知世と、

信じられない光景を目にして呆然としている早苗だけが声もだせないでいた。

カットクロスを滑り落ちていく長い髪を見て、

ようやく事情を理解した知世が息を呑んだ…そして

「いやああああ……」

絶叫にも近いような悲鳴を上げたが、まわりの歓声にかき消されてしまう。

男はつむじ近くまでバリカンを入れてしまうと、また額にそれを戻し

さっきと同じように、知世の髪を根元からばっさり刈り落としながら進んでいく。

男は手馴れた様子で知世の髪をどんどん刈っていく

白いカットクロスにサラサラのストレートの黒髪が流れては砂の上に落ちていく。

その量は驚くほど多かった。

「ひっ…」

知世は自分が今どうされているか理解したものの、

男の大きな手で頭を押さえ付けられているのでどうする事も出来ない。

やがてトップの髪を1ミリにも満たない長さに刈ってしまうと

今度は横の髪を持ち上げるようにして下からバリカンを入れる。

すくいあげるように入ったバリカンは上に向かって進み

男の手の上をバサバサと音を立てて髪が落ちていった。

あっと言う間に側頭部の髪もどんどんなくなっていく。

知世は目をぎゅっと瞑り、そして涙を流していた。


「何なの…どう言う事なの…?」

早苗は、どんどん髪を刈り落とされていく知世を見ながらまだ呆然としていた。

知らぬ間に後ずさりしたのか、観客のすぐ近くまで来てしまっている。

「すごい勇気ですよね…」

早苗に、側にいた男が話し掛けて来た。どうやら日本人らしい。

「いくらチャリティーとは言え、ほんとにすごいですよね…」

男はもう一度話し掛けた。

「チャリティー?何の事?私達、何が何だか判らなくて…」

実は意味も判らず参加したなんて言いたくはなかったけれど

どうにも事情がわからない今、聞くしかなかった。

「だから、ガン撲滅のためのチャリティーイベントでしょ?」

男はそう言って説明しはじめた。

観客を集める目玉として、希望した女性をその場で丸坊主にして

その『勇気』に値段をつけてもらい、その観客に募金を募る。

もちろんそれで集まった募金は『ガン撲滅』のために寄付されると言う。

「だからって、なんで…坊主になんか…」

早苗はその男に聞いた。

「さあ、良く判らないけど…抗がん剤の影響で坊主になる事もあるでしょう

その気持ちを理解するため、とか…?」

男は何を今更そんな事を…と言うような目で早苗を見た。

そして中央の知世を見て、にやりと笑ってもう一度早苗を見つめた。

「ほら…お友達もうすぐ終るよ、そしたら次は君の番だろ…?」


知世は後ろの髪もすっかり刈り上げられ、残すは片側だけになっていた。

下を向き、すすり泣いているようにも見える。

知世の足元には砂が真っ黒に見えるほどのたくさんの髪が落ちていた。

男は横の髪をすべて刈ってしまうと、また、頭全体にバリカンを走らせている。

刈り残した髪がないか、丁寧に手で触りながら…

そして、知世の丸坊主になった頭をぐりぐりと撫で回すと

満足したように頷きまた何か叫んだ。

観客がそれに答える…

別の男が素早くカットクロスを外し、知世の手を取ってイスから立ち上がらせた。

ビキニ姿の知世…たださっきと違うのは髪がなくなり坊主頭になっている事

歓声と拍手が起こり、何か叫んでいる人もいた。

知世はまだ震えているような足取りで、早苗の方に近づいてくる。


「どうして…信じられない…」

泣きべそをかいているような顔で早苗に訴えかけている。

(私だって…まさかこんな事になるなんて…)

早苗は何を言っていいのか判らずにその場に立っていた。

そして、気が付いた。

男達が、観客が、そして知世が、自分を見ている事に…

次は、お前の番だ、お前が丸坊主になる番だ…

聞こえるはずのないたくさんの声が早苗には聞こえてきた。

男が近づいてきて、早苗の腕を掴む

「や、やめて…」

抵抗しようとしたが、その手を振りほどいて逃げる事も出来ない

ほんの少しその場に踏ん張ってみたものの、

腕を引かれ呆気ないほどにその男の言うなりになってしまった。


さっき、知世が座らされたイスに、今度は早苗が座る

「いや…やめて…」

ため息のような声が漏れる、でも…白いカットクロスが

あっと言う間に首に巻き付けられバリカンを持った男が近づいてきた。

「やっ…」

男の大きい手が、早苗の肩をがっしりと掴む、

まるで押さえ付けるように…

そして、バリカンが音を立てて早苗の額に向かって迫って来た…



END

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