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2.5

 自分は空っぽで何もなく、何も欲しいものがなかった。だからこそ全部手に入れようと思った。


「お揃いの化け物ってことだろ?何せ暴走した魔法の炎が東の棟の一部を焼き尽くして、灰しか残ってないんだから。しかも魔法の力で王太子の地位まで脅し取ったって話だ」


 研究塔に所用があって本館からの渡り廊下を渡っている途中、ユージーンは聞こえてきた声にピタリと足を止めた。繁みが陰になっていて見えないが、どうやら中庭で話しているのは数名の男子生徒のようだ。ユージーンは面白そうに笑みを深めた。どうやら彼らが話しているのはユージーンのことらしい。ユージーンの背後で影のように付き従うバルドが不快そうに顔を顰めたのが何となく感じられた。


「バルト、『待て』だ」

「殿下、俺は猟犬ではありませんよ」

「犬みたいなものだろう」


 ただしユージーンの犬ではなく、父である国王陛下の犬だ。彼はユージーンを守るためにつけられているのではない。ユージーンが他者を害さないようにつけている要はお目付け役だ。


「兄王子殿下方はこのまま引き下がられるのだろうか?」

「化け物王子と同等の魔法使いを押さえれば何とかなっただろうが、異端の化け物は化け物王子が婚約して押さえたしな。残る魔法使いはハロルド・アンダーソン伯だが……」

「ああ、あの方は国王陛下のご友人だしな、権力争いにはどちらにも肩入れしないだろう」

「ということは化け物王子有利か」


 彼らの声はだんだんと興奮して大きくなっている。ユージーンは愉快な気持ちでいっぱいだった。この世の中は自分も含めて汚いものだらけだ。ユージーンは渡り廊下の窓枠に手をかけて身を乗り出した。はっとバルトが伸ばした指先が空を切る。


「ねぇ、君たち。化け物王子は兄上たちだけじゃなく他の挑戦者を随時募集しているよ」


 身を乗り出し繁みを腕でかき分けてユージーンは、振り返った男子生徒3名の顔を確認した。渡り廊下の窓から突然登場したユージーンの顔を確認して、男子生徒たちはハッと身をこわばらせ青ざめる。その様子にユージーンは表面上は困ったように微笑みながら首を傾げた。


「君たちが挑戦してもいいんだよ? ペレス男爵令息、ロビンソン子爵令息、スコット男爵令息」

「殿下!」


 素性を言い当てられた男子生徒たちは青から白へはっきりと顔色を変えた。バルトがユージーンの腕を力任せに引き、かき分けた繁みが元の形に戻り彼らの姿が隠される。繁みの向こうから引き攣った悲鳴とバタバタとけたたましい足音で走り去る音が響く。誰か転んだ者もいるようだ。


「問題を起こさないでください」

「起こしてないだろう? 楽しくお話しただけだ。燃やしてもいないぞ?」

「楽しかったのは殿下だけでしょう」


 怖い顔で睨みつけてくるバルトにユージーンは肩を竦め、さりげない仕草で彼の無骨な手を腕から外した。さすが騎士団長の息子なだけあって普段から体を鍛えているのだろう。太ってもいないが余計な筋肉がつきにくいユージーンとは大違いだ。そしてせっかく学園に通っているのに、化け物王子のお守りも命じられるとは運がない男だなと思う。


「何を考えていらっしゃるんですか、殿下」

「ん? バルトは運がない男だなと思ってね」

「どこがですか。俺には殿下のお考えが理解できません」


 バルトはたいてい実直に物を言う。他の貴族のように口先だけでおもねったり、ごまかしたりしない。口に出してはいけないときはたいていぐっと眉を寄せて黙り込むのだ。貴族に似つかわしくないほど馬鹿正直で、ひねくれてしまったユージーンにはない部分が眩しかった。


(そういえば、トリスも生まれを考えるとありえないほど正直だな)


 1歳下の同じ魔法使いでユージーンの婚約者のウェンスタイン公爵家末のとても大人しい令嬢。雪のような白い髪、ルビーのような紅い瞳を持つ青白い肌の華奢な少女は、美しい容姿を持っているが自己評価は限りなく低い。行く先々で特異な見た目を奇異な目で見られたせいもあるが、一番の原因は違うとユージーンは思っている。


(おおかたの原因は義弟だろう)


 トリスと同い年の公爵家次男は彼女が気になって仕方なかったのだろう。おどおどとする彼女の気を引こうと幼い頃からあの手この手でちょっかいをかけていた。なまじ長男である兄が上手にトリスを甘やかすものだから、無自覚の嫉妬で見た目に関して他の貴族が陰口で言っているようなひどい言葉を投げつけたり、いたずらをしたりと嫌われるようなことしかしていないのがまた失笑ものだった。


 トリスはトリスでそんな義弟の存在に心を痛めつつも、家族の役に立たなくては、優しくしてくれるハロルドの力になりたい、婚約者であるユージーンに少しでも相応しくなりたいと何にでも一生懸命だ。礼儀作法により一層励んでみたり、外国語の習得に励んでみたり、13歳という幼さで家のために戦場へ向かったり。戦場に関してはユージーンも14歳で向かったため人のことは言えないが、彼自身は国のため王家のためというよりは、自分の利己的な目的のために行ったから彼女のように褒められたものではない。


(トリス……)


 空っぽの少年は空っぽならば色んな物を得て満たしてみようと思った。他人が幸せでキラキラしているなら、その幸せを得て空っぽの内に放り込んでみればいい。そうすれば埋まるかもしれないと、どこか恵まれているけれどちっとも何も持っていない、何も欲しいものがない少年はそう考えた。


 そんな少年は縋ってきた小さな指先が忘れられないでいる。自分が守らなければこの少女は死んでしまうのかもしれない。抱きしめれば温かくて驚いた。思えば誰かに抱きしめられたことも抱きしめたこともない。母は少年を生んだときに死んでしまったし、父は優しかったけれど少年は父が苦手でしょうがなかった。周囲の人間はたいして家柄もよくない母を持つ第4王子なんて歯牙にもかけなかった。


 トリスを婚約者にと願ったのも利己的な理由だ。なのにあの瞬間から利己と自分のものとは思えない想いがひっくり返ってしまった気がする。少年には世界すらひっくり返ったのではないかという衝撃だった。


「殿下?」


 研究塔の階段で立ち止まってしまったユージーンに訝しげなバルトの声がかかる。トリスに会いたい、そう思った。


「さっさと用事を終わらせて、トリスに会いに行く」


 口に出せば温かい何かが胸の中に満ちた。バルトが呆れたような視線をこちらに向けてきたのを感じる。彼は少し逡巡して口を開いた。


「殿下は本当にウェンスタイン嬢がお好きなのですね」

「当然だ」


 彼女は空っぽのユージーンを満たすものなのだから。にやりと笑ったユージーンは軽い足取りで目的地へと向かった。



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