消してしまった少女
三川月無の系の短編です。
そういえば能力を使え無い理由を書いてなかったと思い立ち、
文章にしてみました。
設定自体は脳内であったのですが、なんとなく書いてみようと思ったので、
よろしければ読んでください。
一応連載予定などはありません。
設定を物語りっぽくしただけです。
私には二つ違いの弟がいた。
両親に双子の妹、それに弟だ。
「おねーちゃん起きてよ!ねえ!」
ある日、弟に朝早く大きな声で起こされた。
朝は嫌いだ。
できることならいつまでも布団に入っていたい。
「・・・・なに?」
眠気まなこをこすりながら気怠く起き上がる。
そんな私を無視して弟である水樹<みずき>はお構い無しに捲したてる。
「俺の超能力がわかったんだよ!ねぇ見てて!」
水樹は自分の部屋から持ってきたであろう筆箱を右手に持つと、
それを左手にテレポーテーションさせた。
「どう?すごいでしょ!テレポーテーションだよ!」
確かにすごいがこうなんというか、反応に困る。
テレポーテーション能力は便利だ。
なにせ触れたものを好きなところへ飛ばせるのだ。
大きさは使用者の練度次第だが、テレビで有名な外人のテレポーターは、
自分自身さえ好きなところへ移動させることが可能で、
能力発覚時はそれだけで投獄されそうになったとコメントしていた。
今はテレポート能力を活用して速達便を商い、年収10億円に届くらしい。
「お父さんたちには言ったの?」
私よりまずそっちだろうと素直に感じた。
「そうだった!行ってくる!」
それだけ言うと水樹は私たち姉妹の部屋から駆け出していった。
水樹が超能力を使えるようになったことで、
家族の中で使えないのは私だけだ。
ー
朝食は家族全員で集まる機会の一つだが、今朝は当然水樹の能力について盛り上がっていた。
「しかしすごいのを引いたな水樹」
父は弟の能力を素直に褒めちぎっている。
それも当然だ。
将来有望は確定したようなものだ。
「むぅ・・・・私もそっちがよかったな」
ぶーたれているのは妹の月水<つきみ>。
妹の能力は空間操作。
空間を圧縮してテレポートに似たようなことは可能だが、
密閉された部屋などには入れない。
「母さんからすればどっちもすごいわよ?」
それをなだめているのは母だ。
母の能力はテレキネシス。
割とありふれた能力で、全世界で1000万人はいると言われている。
「あとはねーちゃんだけだな!」
弟に悪気はない。
純粋に全員が超能力を使えるようになるのを楽しみにしている。
たとえどんなにしょぼい能力でも大喜びしてくれるだろう。
「水樹、月無を急かしたらだめだぞ?」
月無<つきな>とは私の名前。
そういう父の能力は過重能力。
物体の重さを増やせる能力で、父のはかなり高レベルと聞いている。
「そうよ?未だにわからないんだからきっと珍しい能力なのよ」
母の言葉は一般的な認識のものだ。
平凡な能力は基本的に検査センターなどできっかけを作り、
人工的に発現を促せるが、水樹のテレポートなどはそれが難しい。
単に移動しろと思えばいいのではないらしく、ふとした瞬間に可能になるらしい。
「まぁあんまり期待しないでね」
勝手に期待されて、勝手に落胆でもされようものなら理不尽だ。
なのでこういう防衛線を引いておく。
「ただあれだなテレポートは役所の他に、確か警察署にも届け出が必要だったよな」
父の言う届け出とは、能力が判明したら役所に登録するためのものだ。
いくつかの能力は悪用した場合の被害が大きいので、
役所の他に最寄りの警察署にも届け出が必要になっている。
「そうねぇ、あとで警察署に電話してきいてみるわ」
無論母の言う電話とは110番ではない。
警察署の相談番号に連絡して、相談するのだ。
「ごちそうさま」
食事を食べ終えたので、食器を片付けて部屋に戻る。
正直なんとなく仲間はずれの気分だ。
自分のこういうところは好きになれない。
自分でも器が小さいとは思うけど、そう感じてしまうのだからどうしようもない。
部屋に戻って仰向けに自分のベッドに寝転がる。
なんのやる気もでない。
今日は土曜日。
図書館で以前借りれなかった本が返却されているか確かめるつもりだったが、
既に行く気も失せている。
「・・・・・枕がこう目の前に」
水樹のテレポートならこう思えば後頭部にある枕が目の前に移動する。
だが自分がやっても当然そうはならず、なんの変化もない。
「やっぱだめだよね」
だがそれでもなんとなく。
本当になんとなく手を天井に伸ばして再度テレポートを試みる。
「・・・・・移動しろ・・・枕よ移動しろ」
ダメなものは何度やっても同じ。
「・・・・こう頭の後ろから消えて・・わっ!?」
後頭部が枕という支えを唐突になくし、布団に頭が落ちた。
たった数センチだが、階段の踊り場を一歩読み違えていたような浮遊感があった。
「・・・・え?できた?」
起き上がり周りをみるが枕はどこにもない。
テレポートが成功したらしいが、肝心の送り先がどこなのかわからない。
枕はあとで探すとして、ベッドから降りて自分の机に座る。
引き出しから筆箱を引っ張りだして、中身を机にぶちまける。
「この消しゴムがこっちに移動する・・・・」
右手に乗せた消しゴムを、左手に移動させる。
水樹がやっていたことだ。
あの時は筆箱ごとだったが、慎重な私はまずこういう小さいものからだ。
だが、いつまでたっても消しゴムは移動しない。
「うーん・・・・さっきと何が違うんだろう」
忘れないうちに思い出す。
たしか言葉に出してやっていたはずだ。
言葉に出すというのは今から自分がすることを明確に脳に認識させる意味があり、
超能力を使う上ではかなり重要なことだ。
「えっと・・・・この消しゴムが消えて・・・」
右手に乗せていた消しゴムがなんの前触れもなく消えた。
「でこっちに出てくる・・・・・」
だが左手にでてこない。
そもそもテレポートは時間差がない能力のはずだ。
消えた瞬間別の場所には出現しなくてはおかしい。
「出てこないね」
「きゃあ!?」
月水がいつのまにか後ろにいて、覗いていたようだ。
「入る時はノックくらいしてよ!」
「いやここ私の部屋でもあるからね?」
月水のいうことはもっともだ。
自分の部屋に入るのにノックをする人がいるなら見てみたい。
今のはほぼ真っ白な頭の中で脊髄だけが反射的に発した言葉だ。
真っ白な理由は驚いたほかはない。
「そ、そうね」
とにかく太鼓のように大きな音を立てている心臓が落ち着くのを待ってから、
妹に能力を説明してみる。
「うーん、枕と消しゴムはどこに行ったんだろう・・・もっかいやってみてよ」
妹の頼みにすぐさま応じる。
「まってね」
机に散らかっている筆記用具の中から、いつも使っているシャーペンを手に取る。
「えっと、このシャーペンが消えて・・・・・こっちに出てこない」
先ほどの消しゴムと同じようにシャーペンは消えはしたが、左手に現れない。
それどころか部屋のどこにも現れる気配がない。
「・・・・・・ちゃんとできるようになるまでお父さんとお母さんには内緒」
「え?言わないの?喜ぶと思うんだけど」
月水の言う通りだが、ちゃんとできないうちに披露しても悩まれてしまう。
「二、三日試してダメだったら言うから今はとにかく言わないで」
テレポートはできます。
でもどこにいくのかわかりません。
これでは利便性なんか皆無だ。
「はーい、んじゃ私出かけてくるね」
わかったようなわかってないような返事だが、妹のこれはいつものことだ。
着替えを始めた妹を見て、さっき驚いた時にでた変な汗が気持ち悪いことに気がついた。
「私もシャワー行ってくる」
着替えの下着と短パンにTシャツだけ持ってバスルームでシャワーを浴びる。
熱いシャワーで汗を流して、最後にぬるめの水で肌を引き締める。
部屋に戻ってベッドに腰掛ける。
風呂上がりはなぜかベッドに座ってしまう。
そしていつも数分無心になる。
意図してではなく気がつくとそうしているのだ。
「・・・・・消えるのに出てこない」
その状態で能力のことを考えた。
消えるのに出てこない。
消える?
立ち上がり、机の上の筆記用具から試験の時にだけ使う予備の鉛筆を掴み取る。
「・・・・消えろ」
言葉とともに握っていた鉛筆は音もなく消え去った。
「・・・・出ろ」
出てくるように言葉に出したが現れない。
そして自分は移動しろとは言わなかった。
消えろと言っただけだ。
引き出しからノートを一冊取り出して数枚ページを破りとる。
それを机に置いて、今度は触らないで試してみる。
「消えろ」
目の焦点を合わせていた紙が消えた。
もう一度試す。
今度は机の上にある紙を消そうとする。
「消えろ」
ノートを含めて机の上にあった紙は全て消えた。
「消す能力?」
ファッション雑誌を取り出してブランドバッグのページを開く。
目当てはバッグではなく、それを身につけているモデルの外人女性。
白に近い金髪で自分もこうなれたらなと以前思ったのだ。
「脱色とかできるのかな」
先ほどは物そのものを消した。
ではその一部はどうなのだろうか。
例えば髪の毛の色素だ。
横髪を手で目の前に持ってくる。
「・・・・・黒い髪だと多分髪の毛が消えちゃうよね」
この歳で、しかも女の身でつるっ禿げとか自殺ものだ。
いや、病気でそうなら諦めもつくが、自分でつるっ禿げにしましたとか笑えない。
「えっと、この毛の黒い色素だけを消す」
目の前の自分の髪の毛が真っ白に変わった。
手鏡で確認してみるが、綺麗に真っ白だ。
「すごい・・・・」
物の一部でもちゃんと指定すれば消せるようだ。
「・・・・・・あれ?」
髪の毛ばかりに気をとられていいた為、気づかなかった。
よく見ると眉毛もまつ毛も真っ白だ。
「あー・・・・髪の毛じゃなくて、毛って言ったからか」
指定が甘かったということだろう。
机に座って新しいノートに文字を書いていく。
内容は適当だ。
「さっき消しゴム消えちゃったから・・・・」
この書いた文字を消すというのはできるのだろうか。
油性マジックで書いた文字だが、ノートに元から書かれている薄い線などを消さずに、
文字だけを消す。
「ねーちゃ・・・・え・・・・」
試そうとした時に水樹が部屋に入ってきた。
扉の方を振り向くと驚愕の顔で固まっている。
「どしたのその髪・・・真っ白け」
どうやら白い髪の毛に驚いているようだ。
「ふふ、私の超能力で髪の毛の黒い色を消したのよ。ちょっと失敗して眉毛とかも真っ白だけど」
朝自慢されたお返しをするいい機会だ。
「マジで!?」
水樹は机まで駆け寄ってきた。
「みてて」
マジックのキャップを手に持つ。
「消えろ」
すると水樹の目の前で手に持っていたキャップが消えた。
「うお!すげー!これって消してんの!?」
普段は弟の高いテンションは、少し煩わしいのだが、こういう時はむしろ嬉しくなる。
「そうよ、それで今からこの書いた文字だけを消す実験をするの」
ノートにマジックで書かれた幾つかの字。
それを視界に収める。
「マジックの字を消す」
触れてもいないのに言葉とともにマジックで書かれた時は綺麗に消え去った。
裏に染み込んだであろう分も含めて綺麗に消えている。
当然当初の狙い通りに、ノートに元から書かれている薄い線や、
日付を書く場所はそのままだ。
「おお!んじゃこれは?」
兄弟の名前を書いていく。
「これ!この俺の名前のとこだけ綺麗に消せる?」
一部の一部か。
できると思う。
「ちょっとまってね、えっと・・・・・ノートに書いてある水樹の名前だけね」
指定が難しい。
同じマジックで書いているのでマジックと指定したら全部消えてしまう。
「えーっと、水樹の文字だけね」
「そう!水樹って書かれてる場所の存在だけをこう綺麗に抜き取るように!」
「そういえばなんであんたが真ん中なのよ」
弟は年齢で言えば一番下だ。
「え?いやなんとなくだけど」
まぁ私が一番に書かれたから良いとする。
本当に人間が小さい。
「まぁいいか。いくよ?」
勿体振るように水樹に問いかける。
「おー!」
水樹は大袈裟に拳を上げている。
ここの水樹の存在だけを抜き取るように消すっと。
「消えろ・・・・・ってあれ?」
ノートには消えずに残っている水樹の文字。
そしてすぐ隣から布が落ちるような音がした。
床には先ほどまで水樹が着ていた服が落ちている。
「・・・・・水樹?」
今までここにいた弟はどこにいったの?
これって水樹が着ていた服で・・・
私は水樹の文字を消すって・・・・
『水樹の存在だけを抜き取るように消す』
「みず・・・き・・・・うそ」
けした?
わたしが?
頭がうまく動かない
床に落ちてる服を、震える手で掴む。
わずかに温かみが残っている。
「けし・・・わた・・し・・・・・・・・・・・・・」
水樹の存在を消した
消しゴムやシャーペンみたいに
いままで生きていた水樹を、大切な弟を消した。
「いやああああああああああああああ!!!」
理解できない理解したくないいやだいやだいやだ!
「戻って戻って!!消してないから!!けしてないってば!」
錯乱し、消してしまったモノを戻そうとするが、一向に水樹は出てこない。
「どうした!」
父と母が私の悲鳴を聞いて部屋に飛び込んできた。
真っ白な頭の私を見て一瞬目を丸くしていたが、
水樹の服を抱きしめて床に泣き崩れている私に駆け寄ってくれた。
「月無!おちつけ!なにがあった!」
私の肩に手を置いて父が問いかけてくる。
「みずきが・・ひっ・・みずきがぁ・・・やだああああああ!」
それでも私は自分のしたことを受け入れられず、水樹の服を抱きしめながら泣き叫んだ。
「月無、大丈夫よ。ほら平気だから落ち着いて?」
母は私を抱きとめて白くなった頭を撫でてくれる。
そしてそのまま5分ほど、私が落ち着くまで待ってくれた。
「少しずつでいいのよ、どうしたの?」
抱きしめた私が落ち着いてきたのを見計らって、母が優しく問いかけてきた。
「・・・うっ・・・み・・・・水樹がきえちゃった・・・わたしがけしちゃった」
これだけしか言えなかった。
これだけいうのが精一杯だった。
「そう、それは悲しいわね」
母は優しく同意してくれる。
だが嘘だと思っているのだろう。
でなければこんなに落ち着いていられるわけがない。
「母さん、水樹というのは月無の友達か?」
「・・・・え」
父の口から出た言葉が理解できない。
「いえ、聞いたことないわ。お友達の連絡先が消えちゃったの?」
母は携帯の連絡先が消えたと思ったようだった。
「・・・・なんで・・・水樹は水樹でしょ!?私の弟の水樹!」
私の言葉に、父と母は顔を見合わせて困惑するような表情をした。
「あなたの兄弟は月水だけでしょ?」
「うちに男は俺だけだろう」
両親がなにを言っているのかわからないが、思い当たることはただ一つ。
『水樹の存在だけを抜き取るように消す』
存在を、消す。
存在そのものを消す。
水樹の存在そのものを消したから、両親は覚えていない。
きっと月水も覚えていない。
わからない。
なんでこんなことに。
だってけすのはのーとにかいたもじで。
みずきのじだけを
「おい!月無!落ち着け!ゆっくり深呼吸しろ!」
父の声が聞こえる。
息ができない。
苦しいけど息の仕方がわからない。
ーー
気がついたら病院のベッドだった。
目を覚ますと母が横にいて、ナースコールを押してくれた。
看護師が医者を連れて病室に入ってきて幾つか質問をされたが、
問題ないということでそのまま帰宅した。
家に戻ると父が水樹の部屋の前で腕を組んでいた。
「母さん、この部屋は・・・・なんだったっけ」
父は水樹のことを思い出せない。
いや、水樹のことなんか最初からいなかったことになっている。
「男の子の部屋・・・・よね」
母も同じだ。
水樹のことを覚えているのは私だけ。
性別の違う水樹が私たち双子と同じ部屋はかわいそうだと、父が与えたものだ。
兄弟唯一の一人部屋。
「気味がわるいな・・・全部捨てようか」
「だめ!」
私は父の言葉に即座に反応し、部屋の入り口で両手を広げて立ちふさがった。
「月無・・・・どうしてだ、なにか知ってるのか?」
知っているけど、二人は思い出せない。
二人は知らない。
「ここは私が使う。水樹の物は一つも捨てさせない」
人はいつ死ぬのか。
そう投げかけられた問いに、忘れられた時だと答えた人がいた。
水樹はもう私の中にしかいない。
「・・・・・・わかった。お前が管理しなさい」
父はじっと私の目を見た後に、引き下がってくれた。
ダメなら自殺をすると脅す気だったが、それは必要無いようだ。
両親が立ち去ったのを確認してから、水樹の部屋に入って扉を閉める。
「・・・・・・・もう、間違わない」
一人の人間が、なんの前触れもなく消える。
言い換えれば殺人だ。
私はその責任を負わなくてはならない。
二度と間違いを犯さないように、完璧に能力を使えるようになるまで、
使えないふりをしよう。
ー
数日後
「はい・・・・ええ・・・・わかりました」
リビングには父と母が二人だけ。
父は家の電話を切ると母の向かい側に座って、真剣な表情で話を始めた。
「小学校からだったよ、うちから水樹という子が通っていたことになっているらしいが、
教員はおろか、ほかの子供たちも知らないそうだ。それからこれだ」
父が母に出した紙は戸籍謄本。
家族構成が書いてある欄には水樹の名前が載っている。
「母子手帳にも同じ名前があったのよ」
今度は母が父に手帳を差し出している。
「・・・・・・そうか。保険なんかの書類にもある。そしてこの写真」
父が開いたノートパソコンには、家族旅行と書かれた題名の写真フォルダ。
「俺たちと写っているこの子、俺は記憶に無いが・・・・・この子が水樹なんだろう」
家族で温泉に行った時の写真だ。
中央でVサインをしているのが水樹だ。
「どういうことなのかしら」
母は自分が腹を痛めて産んだ子供のことを忘れるはずはないと主張している。
「長野の親父に電話して確認したけど、やっぱり知らないそうだ。
・・・・・・考えたくは無いが、月無の言う通り消えたんだろうな」
「消えたって、私たちの記憶ごと?」
人が消えることはたまにある。
失踪であったり、行方不明であったりだが、記憶からすぐに消えることはないはずだ。
「月無の髪の毛、まぁ全身だが。医者は色素がないと話していたよ。
体毛の色素がアルビノのように消えているそうだ。多分それも消えたんだろう」
「どういうこと?」
「月無は能力が発現したんだろう。多分消す能力だ。聞いたことはないがそうとしか思えないよ」
父は眉間にしわを寄せこめかみを押さえている。
「じゃあその子・・・・・水樹をあの子が消しちゃったってこと?」
母の表情は困惑に満ちている。
自分たちの記憶には無い、書類上だけ存在する実感のない実の息子。
「多分な・・・・・」
「だとしてどうするの?」
書類上は存在するのだから警察に捜索願は出せる。
だが消えてしまっているのではどうしようもない。
探すだけ無駄というものだ。
「・・・・・月無と話してくる」
ーーー
水樹の部屋にこもってもう数日。
食事は家族と食べているけど、一言も会話をしていない。
「月無、入るぞ」
ノックの後に父が部屋に入ってきて、水樹のベッドに寝そべっている私に、
視線を合わせるかのように床に座った。
「水樹という子は俺と母さんの子供なんだな?」
疑問というより、確認を取る形の問いかけ。
「・・・・・うん」
父の質問から記憶にはないとわかっている。
「そうか・・・・・・・・ならこれをよく読んでおけ」
父は一冊の分厚い本を枕元に置いた。
背表紙が視界に入っている。
『能力の可逆性理論』
「一般的ではない専門書だが、読みなさい。多分今のお前に必要なのはこれだ」
父にしては珍しい命令口調。
「お前が話せるようになるまではいくらでも待ってやる。
だからお前も努力をしなさい。話はそれだけだ」
父が部屋から出て行った後に、渡された本を開いてみる。
目次だけで数ページ、その中から興味を引いた章を開いてみる。
『一部の概念系能力は、その能力の到達点とも言えるほどに向上すると、
対極に位置する現象を引き起こせる。簡単に述べれば、炎を出す能力で物を冷やせるということだ。
これはどちらも分子運動を司り、その方向性の相違によって結果が分かれるものだが・・・』
反対?
消すの反対は・・・・・出す?
「水樹を戻せる?」
ただ出すだけではダメだ。
全て元どおりにしなければなら無い。
並大抵の努力では無いだろうが、父は努力しろと私に命令した。
私には責任がある。
水樹を消した。
父や母、月水や他の人たちから記憶ごと奪い去った。
だったらそれを戻せるようにならなければいけない。
それができる日まで、
私は超能力が使えることを可能な限り隠して、水樹を戻せるようになるまで努力を続ける。
それが私にできる唯一の償い。
ー完ー
最後まで読んでいただきありがとうございます。
一発書きなので誤字脱字が見苦しい箇所が散見されたと思いますので、
ここで謝罪いたします。
ごめんなさい。
そしてありがとうございます。