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第七話

 美奈子は震えながら、理沙のかけてくれた毛布にくるまった。

 床に倒れる磯部医師の死体は絶対に見ないようにする。


「どう?」

 落ち着かせようと、美奈子の髪を撫でる理沙が水瀬に問いかけた。

 美奈子が振り向くと、水瀬が床にはいつくばる格好で、磯部医師の死体の口元に顔を近づけている。

 クンクンと水瀬の鼻が動く。

 まるで横たわる磯部医師に人工呼吸しているような姿勢を前に、琥珀があきれ顔で、

「ホモの上にフケ専だったとは……」

「こら」

 理沙が琥珀の頭を軽く叩いた。

「そういう発言は慎みなさい」

「はぁい」

「青酸カリ……正確には青酸ガスですね」

 磯部医師の死体から顔を離した水瀬は言った。

「タバコに仕掛けられていたと見るべきでしょう」

 水瀬の言葉に、皆の視線がテーブルの上に置かれた灰皿と、タバコの箱に集まる。

 タバコはどこでも売っている市販のそれ。水の張られた灰皿には、一本だけ吸いかけのタバコが浮いていた。

「桜井さん、磯部先生に感謝すべきだよ?」

 突然、水瀬からかけられた声に、美奈子は驚いて水瀬を見た。

「ど、どういうこと?」

「磯部先生、タバコを吸って、すぐに異変に気づいた。そして、あわててタバコを消した。そのおかげで、桜井さんは致命的なレベルで青酸ガスを吸わずに済んだ」

「……」

「ま、世の中、何がどう影響するかわかんないよね」

 水瀬はそう言って、ほほえんで見せた。

 その微笑みが、美奈子の心をほぐしたのか、美奈子は小さく微笑み返すことが出来た。



 警察からの事情聴取を受けた後、美奈子はメイド長、東のはからいで一晩、仕事を休むことが許されたが、美奈子はそれを断った。

 動いていないと怖い。

 それが美奈子の言い分だ。

 警察が出入りする別荘。

 そこは、美奈子にとって勝手のわからない別世界でしかない。

 どこかに閉じこもっても、結局はその世界にいることに変わりはない。

 なら、誰かと一緒にいて、何かしている方が絶対安心できる。

 人の存在を身近に感じながら、動いている方が恐怖を紛らわせることが出来る。

 美奈子はそう思った。

 東は、それを聞くと、水瀬と琥珀を美奈子と三人で行動するように命じてくれた。

 そして―――

「お茶です」

 美奈子達は、現場に残った刑事に午後のお茶を振る舞っていた。

 地元の警察署の刑事だと、美奈子は聞いた。

「おう。すまねえな」

 美奈子の事情聴取をした刑事が、懐からタバコを取り出し、口にくわえる手前で動きを止めた。

 しげしげとタバコを見回し、それでも何か引っかかるのか、タバコを箱に戻し、懐にしまい込んだ。

「気になりますか?」

 お茶を刑事に手渡しながら、悪戯っぽく訊ねる琥珀に、刑事はバツが悪そうに言った。

「そりゃ、これがもし、無差別殺人目当てならヤベえだろ?」

「ふふっ。刑事さんでも怖いんですね?」

「そりゃ、お嬢ちゃん」

 刑事は苦笑いした。

「俺だって人間様だ。怖いもんは怖い」

「はぁ……そうですよね」

 他の刑事にもお茶を出すと、琥珀は灰皿をテーブルに置いた。

「でも、好きなモノは好きなはずですから」

「ははっ……そのうち吸っちまうか」

「そうです♪」

「……にしても」

 暇なのか、琥珀と話し込む刑事達を後目に、美奈子と水瀬は鑑識へのお茶の準備にとりかかる。


 やっだぁ!

 あーっ!それセクハラですよぉ?


 背後からは琥珀と刑事達の楽しげな会話が聞こえてくる。


「琥珀ちゃんも気を遣ってくれてるんだ」

「え?」

 突然の水瀬の言葉に、美奈子は正直、とまどった。

「あれ、天然じゃないの?」

「意図的だよ」

 水瀬は薬缶のお湯を急須に注ぎながら言った。

「琥珀ちゃんは、グリムさん以外の男はダメなんだから」

「へえ?」

「琥珀ちゃん、男は恐怖の対象なんだよ」

「……信じられない」

 美奈子がちらと見た視線の先では、琥珀が刑事相手にじゃれていた。

「ホステスが好きでもない男といちゃつけるのと同じだよ」

「たとえが酷すぎる気がする」

「琥珀ちゃん、そういうお店ならナンバーワンになれる」

「こら」

 二人はお茶を準備する手を止めることなく、話し続ける。

「ところで水瀬君」

「何?」

「どう思う?」

「事件のこと?」

「そう。一体、何で磯部医師が殺されたか」

「やっぱり他殺?」

「事故死の可能性は低いでしょ?」

「うん……でも、はっきり言えることは一つ」

「何?」

「桜井さんがケンカ売られたってこと」

「私が?」

 美奈子は思わず自分を指さした。

「そう」

 水瀬は平然として頷く。

「もう、桜井さんは犯人に二回もしてやられている。一つがあの執事さん。そして今回の磯部医師」

「……」

「桜井さんは、探偵としてここに招かれた。にもかかわらず、依頼主は殺され、目の前で第二……第三か、犠牲者を出した」

「……」

「これで自分まで被害者だなんて、泣き寝入りする桜井さんじゃないと信じてるけどね?」


 美奈子には、水瀬が何を言いたいかわかる。

 探偵として救いを求めてきた執事の戸部。

 そして目の前にいながらみすみす殺されるのを止められなかった磯部医師。

 この責任は誰にある?

 桜井美奈子。

 お前にあるんだ。

 お前がどう考えているかなんて関係ない。

 二人の死を前に逃げるな。

 解決はお前にしか出来ないんだぞ。

 水瀬はそう言っているんだ。


「……」

 はぁっ。

 しばしの沈黙の後、美奈子は大きくため息をつくと、言った。

「……わかった」

「さすが♪」

 水瀬は満面の笑みを浮かべたが、

「ギャラは水瀬君から徴収する」

 美奈子のその一言の前に凍り付いた。

「え゛っ!?」

「一億円かな?ううん?十億はもらわないと」

「さ、桜井さん?」

「払えなきゃ、体で払ってもらってもいいなぁ……死ぬまで私に逆らわないって条件で」

「め、滅茶苦茶だと思いません?高校生にどうやって一億も?」

「知らない♪」

 鼻歌交じりに、美奈子は底意地の悪い顔で、お茶の道具を片づけ始めた。

「私をやれやれって、けしかけた以上は、水瀬君にも相応の代償を支払ってもらわなくちゃ」

「ぜ、前言撤回!」

「却下」

 美奈子はにべもない。

「あっ、そうだ。琥珀ちゃんにお願いして、グリムさんから服従石譲ってもらおうかな。あれ、すっごい効果があるし」

「……ううっ」

「恨めしそうな顔してもだめ。琥珀ちゃん?戻るわよ?」

「あっ、はぁい!」



「え?」

 台所に戻ったところで、理沙に呼び出された水瀬達は、理沙の言葉に目を丸くした。

「手がかりって、これ?」

 場所はメイドの控え室。

 理沙と岩田、水瀬と美奈子の四人が座るテーブルの上に置かれたのは、小さな金細工。

 100円玉ほどのサイズだが、彫刻が施された細工は見事だ。

「そうだ」

 岩田は渋い顔で頷いた。

「弓矢と眼鏡―――弓矢は犠牲者の戸部氏のポケットから。眼鏡は磯部氏のタバコの箱に入っていた」

「へえ?」

 水瀬は金細工をつまむと手のひらで転がした。

「高そうですね」

「ああ。細工のクセから見て、同一人物による制作と見ていいだろう」

「あの」

 水瀬の手の上を転がる金細工を見ながら、美奈子が岩田に尋ねた。

「こんな物が、手がかりなんですか?」

「そうだ」

 おや?という顔で岩田は言った。

「桜井さん?いいかい?同一人物の制作した金細工を犠牲者二人が持っていた。おかしいと思わないか?」

「……あっ」

「そういうことだ」

「あの」

 美奈子が何か言おうとした途端、

「きゃっ!?」

 ドアの向こうで声がしたかと思うと、ドアがハデに開かれた。

「お茶お持ちしましたぁ!」

 ドアの向こうに立っているのは、お盆を持った琥珀と、バツの悪そうな顔でうつむく綾乃だった。

「あ、綾乃ちゃん?」

「瀬戸さん、どうして?」

「あ、あの……」

 驚いて腰を浮かした水瀬達の前で、綾乃が、自分の行動をどう説明していいか躊躇しているのは明らかだった。

「お姉さまと悠理君がべったりだから、心配なんですよね?ね!?」

「……」

 琥珀のストレートな言い方に、綾乃は赤面して小さくなるしかない。

「とにかくお茶です―――へぇ?綺麗な金細工ですね」

 テーブルにお盆を載せた琥珀が水瀬の手に乗った金細工に目をとめた。

「どうしたんです?」

「あ、これね?」

 水瀬から、犠牲者の遺留品で、今後の重要な手がかりになるかもしれないと聞いた琥珀は目を輝かせた。

「まるで推理小説!」

「ははっ。そうかもね……綾乃ちゃん?」

 水瀬は、ドアに立ったままの綾乃に声をかけた。

「お茶、飲もう?」

「は、はい!」

 ようやくバツの悪い思いから解放された綾乃が嬉しそうに水瀬と美奈子の間に割り込むようにしてお茶に手を伸ばした。


「それで」

 綾乃と暗黙の内に押し合いながら、美奈子は訊ねた。

「何で、弓矢と眼鏡なんですか?」

「それは俺が知りたいよ」

 岩田は肩をすくめる。

「名探偵のお知恵をお借りしたいと思ってるんだが?」

「……ううっ」

 さすがに美奈子も首を傾げざるを得ない。

 これは犯人から自分に対する挑戦といっていいだろう。

 だが、答えがわからない。

 弓矢と眼鏡?

 どういうつながりが?


「……弓……眼鏡……目」

 ぽつりとした声が美奈子の耳に届いた。

 綾乃だった。

「ああ」

 ポンッ。

 綾乃は感心したように手を叩いた。

「成る程」

「せ、瀬戸さん?」

「はい?」

「な、何が成る程なの?」

「桜井さん、推理小説がお好きと聞いていたんですけど?」

 綾乃は意地が悪い顔で美奈子を見るが、美奈子はその言葉の意味が思いつかない。

「……くすっ。助け船を出した方がいいみたいですね」

 困惑する美奈子の顔を見た綾乃は、小さく吹き出すと言った。

「マザーグースですよ」

「マザーグース?」

「聞いたことありません?“誰が駒鳥殺したの”」

「……教えて」

「いいですよ?」

 こほん。

 小さく咳払いした綾乃が歌うように詩を朗読した。


  誰が駒鳥殺したの?

  わたし、とすずめがいった

  わたしの弓矢で

  わたしが殺した


  誰が駒鳥死ぬのを見たの?

  わたし、と蝿がいった

  わたしのこの眼で

  死ぬのを見た


  誰がその血を受けたのか?

  わたし、と魚がいった

  小さなお皿で

  わたしが受けた


  誰が経帷子作るのか?

  わたし、とかぶと虫がいった

  針と糸とで

  わたしが作る


  誰がお墓を掘るのか?

  わたし、とフクロウがいった

  すきとシャベルで

  わたしが掘ろう


  誰が牧師になるのか?

  わたし、とカラスがいった

  聖書を持ってる

  わたしがなろう


  誰がおつきをしてくれる?

  わたし、とヒバリがいった

  真っ暗闇でなかったら

  わたしがおつきに なりましょう


  誰がタイマツ持つのかな?

  わたし、とベニスズメがいった

  お安い御用だ

  わたしが持とう


  誰がお悔やみ受けるのか?

  わたし、と鳩がいった

  愛ゆえ深いこの嘆き

  わたしがお悔やみ受けましょう


  誰がお棺を運ぶだろう?

  わたし、とトンビがいった

  もしも夜道でなかったら

  わたしがお棺を運びます


  誰が覆いをささげ持つ?

  ぼくら、と言ったはミソサザイ

  夫婦二人で

  持ちましょう


  誰が讃美歌歌うのか?

  わたし、とツグミがいった

  小枝の上から言いました

  わたしが讃美歌歌います


  誰が鐘を突くのかね?

  わたし、と牡牛がいった

  なぜならわたしは力持ち

  わたしが鐘を突いてやる


  かわいそうな駒鳥のため

  鳴り渡る鐘を聞いたとき

  空の小鳥は一羽残らず

  ため息ついてすすり泣いた




「……といっても」

 綾乃はバツが悪そうに言った。

「私も仕事で覚えたんですけどね?」


「ち、ちょっと待って」

 驚いて席を立ったのは水瀬だ。

「っていうことは」


「……そうね」

 腕組みした理沙が頷いた。

「雀と蠅は殺された……」

 その言葉に、皆がハッとなる。

「つまり」


 そんな馬鹿な。


 皆がそう思いつつ、理沙の言葉を待つ。


 葬儀を執り行う司祭の如き神妙さで、理沙は言葉を紡いだ。


「これは……連続殺人の予告。私達に対する宣戦布告よ?」


青酸カリとか、毒物はいい加減な設定です。タバコに仕込んで青酸ガスが発生するかどうかは、演出で片づけてください。お願いします。

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