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第六話

「えっ?」

 食器を片付ける手を止め、美奈子は水瀬の言葉に耳を疑った。

「明後日から別荘へ?」

「うん」

 水瀬は手慣れた様子で食器を片づけていく。

「僕達も、同行だからね?」

「場所は?」

「神奈川県のH市」

「ふぅん」

 美奈子は、しげしげと水瀬の姿を眺めた後、ため息をついた。

「それにしても」

「何?」

「水瀬君」

「?」

「男の子で、そんなにメイド服が似合う子って、他にいないんじゃない?」

「そう?」

 クルリと美奈子の前で一回転する水瀬。

 その動きにあわせて、エプロンドレスの裾が愛らしいまでに舞う。

「……」

「ヘン?」

「思いっきり」

「そうかな」

「……もういい」

 美奈子は食器を片づけると、水瀬に問いかけた。

「品田君も来るの?」

「そうじゃない?来客リストに品田様って書いてあったから」

「品田様……ね」

「何か不満?」

「殺人事件が起きたっていうのに、そんな所によく行けるなぁって。お金持ちって、私達庶民には理解できない発想してるんだなぁって」

「違うよ桜井さん」

 水瀬はテーブルを拭きながら言った。

「別荘なら、外部との行き来全てを監視できる。だから、逆に安全だって判断じゃない?慣れない土地なら、お嬢様だってそうそう、抜け出しはしないだろうし」

「成る程?」

「何より」

 水瀬は楽しそうに言った。

「殺人事件は、人里離れた洋館で行われなくちゃ」

「こらっ!」




 3日後、水瀬達は財団保有の別荘へと移動した。

「つ……ついた」

 美奈子は、車から降りるなり、お尻をさすった。

「な、なんで、メイドがトラックの荷台に乗って移動するわけ?」

「結構、揺れましたねぇ」

 琥珀が舐めるように美奈子のお尻をなで回しながら言った。

「お姉さまぁ。後でナメナメしてあげます♪」

「いらないっ!」

「それにしても」

 水瀬は感心した様子で辺りの景色を見回す。


 今にも降り出しそうな曇り空。

 なま暖かい風

 そして、切り立った崖の上にそびえる洋館。


 全てが、出来すぎなまでに揃いすぎている。


「雰囲気あるねぇ」

「楽しいことがありそうですね。お姉さま?」

「み、水瀬君、お願い」

 美奈子は泣いて水瀬に頼み込んだ。

「部屋割変えて」

「いいよ?」

 水瀬はあっさりと認める。

「本当!?」

「うん」

「じゃ、琥珀ちゃん!そういうことで!」

「はぁい!」

 琥珀は満面の笑みを浮かべて頷いた。

「それにしても桜井さん」

 水瀬は感心した様子で言った。

「そんなに琥珀ちゃんと一緒の部屋になりたいなんて、仲いいんだね」

「―――へっ?」

「ここ、僕と桜井さんで部屋割りされていたんだけど、琥珀ちゃんが一人だから、心配してくれているんだぁ」

「ち、違っ!」

「琥珀ちゃん。仲良くしてあげてね?」

「はぁい!」



「は……はめられた」

「ふふっ。どうせそう来るだろうと思って、最初から部屋割り細工しておいたんです♪」

 部屋に移動し、荷物を置いた美奈子に、琥珀は楽しげに言った。

 木製の二段ベッドと粗末なテーブルにボロいテレビだけがある殺風景な部屋だ。

「知恵の勝利です」

 琥珀がVサインまで出してそう言ってのけるのが、逆に美奈子の逆鱗に触れた。

「……あのね?」

 美奈子は覚悟を決めた。

「琥珀ちゃん。私は!」

「……ですか?」

「へっ?」

「お姉さま……ぐすっ。そんなに私のこと、お嫌いですか?」

 琥珀は泣きそうに目を潤ませながら、美奈子に近づく。

「私、本当にお姉さまのことが」

「だ……だからね?」

 年下の女の子が思い詰めた表情で迫ってくるなんて経験のない美奈子は、後ずさりながら、なんとかフォローしようとするが……琥珀の方が数枚上手だった。

「ううっ……そんなに私、お姉さまに嫌われているなんて!」

 わーんっ!

 途端に泣き崩れる琥珀に、美奈子はただオロオロするだけだ。

 ドアが開き、隣室の水瀬が駆け込んでくる。

「ど、どうしたの!?琥珀ちゃん!」

「水瀬くぅん!」

 琥珀は水瀬に抱きついて叫んだ。

「お姉さまが、ひどいんですぅ!」

「なっ!?」

「えっ?」

「お前なんてベッドで寝るな、犬小屋でも探して寝てろとか、飯なんて、ゴミ捨て場の残飯で十分だとか、同じ空気を吸うだけで肺ガンになるとか!」

「―――桜井さん?」

 水瀬が怒った顔で言う。

「少し、ヒドすぎない?」

「ち、違うっ!」

 美奈子は両手をバタバタさせ、否定した。

「私、そんなこと言ってない!」

「でも、ここで二人で生活していれば、きっと……グスッ。きっとわかってもらえます!」

 琥珀はけなげさを前面に押し出し、言ってのけた。

「私、頑張りますからっ!」

「―――うん」

 にこりと笑うと、水瀬は優しく琥珀の頭をなでた。

「琥珀ちゃんなら、きっと大丈夫だよ」

「はいっ!」

「桜井さん」

「だからっ!」

 もう美奈子は滝のような涙を流している。

「わ、私っ!」

「仲良くしてあげてね?」

「……っ!」


 水瀬に念を押されたことが一番響いたのか、美奈子は結局、琥珀と同室になった。



 別荘は二階建て。

 倉庫を兼ねる地下は一階。

 部屋数は全部で20。

 水瀬達メイドは、玄関前ロビーに集められた。

 明治年間に建てられたという年代物の建物内は、よく見るとかなり手の込んだ作りになっている。

 カーペット一つでもかなりの値段がすることは、もう経験でわかるようになっている。

 美奈子は、そこに並ぶ面々の顔を覚えようと、家令の新田の言葉に聞き入ることにした。


「新顔もいるようだから、各自を紹介する。別荘付きメイドのあずま

 30代半ばだろう、メイド中で一番年かさのメイドが頭を下げた。

 神経質そうな顔立ち。

 本能的に、美奈子は怒らせないように気をつけようと思った。


「同じく別荘付きコックの岩淵」

 年の頃は40代。やたら鼻の大きい、でっぷりと太った男が軽く頭を下げた。


「そして、本邸から回された水瀬、桜井、武原の三名」

 美奈子達は一緒に礼をした。


「今回、この別荘には、お嬢様と主治医の磯部医師、お嬢様にとって叔父にあたる佐伯さえき様ご夫妻、同じく叔父の水谷様ご夫妻、品田様……様がお越しになる。粗相の無いように。到着時刻は―――」


 美奈子は、最後の数名を聞き逃した。


「とにかく、本邸と同じようにすればいいんでしょう?」

 ベッドのシーツを整えながら、美奈子は言う。

「そうだね」

 テーブルを整えていた水瀬は頷く。

「それにしても、品田君も本当に来るとは」

「そういえば、品田君と、あと来るの誰だっけ?」

「僕、聞き逃した。ま、いいよね?ようはメイドの仕事すればいいんだから」

「そうね……問題なければ」

「ねえ、桜井さん」

「何?」

「もう、犯人はこの別荘にいると思う?」

「ううん?」

 美奈子は、ようやくシーツの準備を終えた。

 本邸では先輩メイドに散々怒られ仕込まれ、ようやくここまで出来た。美奈子はそれに満足した顔で水瀬に答えた。

「まだ来ていない。来るとしたら」

「来るとしたら?」

「これから来る中にいるはず。私はそう見ている」



「いらっしゃいませ」

 玄関先の車寄せにリムジンが横付けされ、出てきたのは鈴蘭と―――何故か品田だった。


 別なリムジンから降りたメイドや主治医達が、その後に続く。


 燕尾服に身を固める品田が、真剣な顔で鈴蘭の手をとり、玄関の中へと消えた途端、通り過ぎる間、ずっと下を向いていたメイド達が一斉に吹き出した。


 あの東メイド長までだ。

 どうやら、能面のような顔は元かららしい。

 美奈子はそう思った。


「わ、悪いけどさぁ」

「お、おかしいよね?」

「見た?あのクソマジメな顔!」

「こ……これ」

 たしなめる東も笑いを抑えるのに必死だ。

 おそらく、品田は鈴蘭にエスコートを頼まれ、本気でその大任(本人視点)を果たしたのだが、悲しいかな。お笑い芸人がそれをやっても、ギャグにしかならないのだ。

「出落ち芸人の面目躍如だね」

「こら」

 水瀬を美奈子がたしなめた時だ。


 続いてベンツが次々と横付けされた。

 出てきたのは、アルマーニのスーツに身を包む、中肉中背の男。

 そして、派手なドレスに身を包む女。

 対照的に、人の良さそうな質素なスーツに身を包んだ男とその妻らしい着物姿の夫婦。

 そして、髭もじゃのだらしない格好をした大学生風の男だ。

「いらっしゃいませ」

 メイド達が頭を下げるのを、アルマーニ男達は、まるで無視する形で玄関の中へと消えていく。

 対照的に、質素なスーツの男達は、一々メイドに挨拶しながら通り過ぎ、大学生風の男は、それにつられる形で頭だけを下げていく。


「最初のが、叔父の佐伯夫妻だね」

 頭を下げつつ、水瀬は小声でそう言った。

「何か、イヤな感じの人ですね」

 小さく舌を出しながら、琥珀も一行の様子をうかがう。

「琥珀ちゃんでもそう思う?」

「あの人達、ロクなことしてませんよ?特に最初の奥さんの方」

「―――へぇ?どうして?」

「男の死霊と生き霊に水子にワケわかんない女の霊がゾロゾロとついてました」

「……視えるの?」

「はい♪」


 そして、最後に入ってきたのは、あろうことかパトカーだ。

「車、どこ止めたらいいの?」

 運転席から顔を出したのは―――理沙だ。助手席には岩田までいる。

 さらに―――

「な、何で?」

 水瀬達は目を見張った。

 パトカーの後席から降りてきたのは、あろうことか、綾乃だったのだ。



「どうしたの?」

 綾乃に紅茶を出しながら、水瀬は訊ねずにはいられなかった。

「品田君からお誘いを受けたんです」

 綾乃は、チラチラと水瀬の格好を見ながら答えた。

「目に見えない女の子を励ましたいから、力貸してくれって」

「それで?」

「はい。手術が近いんでしょう?私のファンの子だとも聞きました。私、少しでも励ますことが出来たらって」

「それしか、事情は聞いていないの?」

「品田君からは……というか、悠理君?」

「あ、これ?」

 水瀬はメイド服を指さした。

「一応、僕、ここでは女の子になってるから」

「女装の趣味が高じましたか?」

「……気を悪くするよ?」

「ふふっ。ごめんなさい」

 綾乃は微笑みながら軽く手を合わせた。

「理沙さんからいろいろと聞きました。大変なことが起きているのですね?」

「うん」



 同じ頃、美奈子は琥珀と一緒に、東の後ろを歩いていた。

 手にはティーセットの乗った銀の盆がある。

 目的は、応接間にいる鈴蘭の主治医である磯部医師にお茶を出すため。

 美奈子達が、お盆の中身をこぼさないよう、細心の注意を払いつつ、東に続いて廊下の角を曲がろうとした時だ。

「あの」

 不意に、廊下の角で声をかけられた。

 振り返ると、鈴蘭が、杖をついて一人で歩いていた。

「お嬢様!」

 東が驚いてすぐに鈴蘭に駆け寄る。

「どうしたのですか?こんな所へ!お付きのメイド達は!?」

「こっそり抜け出しちゃいました」

 小さく舌を出し、はにかむ鈴蘭の様子は、端から見ていても愛らしい。

「もうっ!何をやってるのですか!」

 東は鈴蘭の肩をしっかり掴んでいらだった様子だ。

「……ごめんなさい。ただ」

「ただ?」

「磯部先生、タバコをお忘れだったみたいで」

 鈴蘭は、片手に持っていたタバコを東の前に差し出した。

「これをわざわざ届けに?」

「はい。先生、いつもタバコの匂いをしておいでです。なくなったらお困りだろうと思って」

「まぁ……」

 鈴蘭の思いやりに感動したのか、東はしっかりとタバコを受け取ると、涙声で言った。

「私がきちんと先生にお渡しいたします。ありがとうございます」

「じゃ、お願いしますね?」

 鈴蘭はほほえむと、杖で辺りを探りながら、今来た廊下を歩き出す。

 美奈子は、その慣れた様子にしきりに感心するだけだ。


「目が見えないと、結構危ないと思ったんですけど」

 東の指示で、琥珀が鈴蘭に付いていくことになったのを見送り、美奈子は東に付き従って応接間に向かう。

「鈴蘭様は、それはそれは努力されたのです」

「ご存じなのですか?」

「ええ。事故を恐れて、鈴蘭様は失明されてからしばらく、ここにお住まいでしたから」

「成る程。それで」

 美奈子がさらに何かを言おうとした時だ。

 応接間からすさまじい怒鳴り声がした。

 誰かが言い争っている様子だ。

 声からして、片方は、家令の新田だ。

 困り果て、ちらと東の顔を美奈子が見た途端、荒々しくドアが開かれ、新田が応接室を出ていった。

「東!」

「はい」

「こっちへ!」

「はい。桜井さん?お茶とこれ、お願いしますね?」

 東は、タバコを盆に置くと、新田の後を追った。


「失礼いたします」

 一礼の後、美奈子は応接間に入った。

 重厚な装飾が施された室内。

 白衣を着た銀髪の男が、厳しい視線を美奈子に向けてきた。

 鈴蘭の主治医、磯部医師だ。

「お茶をお持ちしました」

「ああ―――そうか」

 磯部医師は、ばつが悪そうな笑顔を浮かべ、ソファーに腰を落とした。

「済まなかったね。聞こえたろう?」

「はい」

「だが、聞いてくれ」

 磯部医師は、ポケットをあちこち探り出す。

「鈴蘭様から、先生にタバコをと」

「ん?どこかで落としたか?」

 美奈子からタバコを手渡された磯部医師は、さらに顔をしかめた。

「おかしいな。今朝、買ったばかりで封を開いた覚えはないんだが」

「それで、何かございましたか?」

 

 美奈子はこの時、ティーカップに紅茶を注ぐことに意識を向けていた。

 磯部医師が何をしていたか、全く見ていなかった。


「ああ。鈴蘭君を、別な医者に診せろと言ったんだ」

「先生がいらっしゃるのに?」

「専門外だ。私は眼科なんでね」

「鈴蘭様、他にもお悪いところが?」

「これは、医師としての推測だが」

 シュボッ

 ライターの着火音が美奈子の耳にかすかに入った。

 すぐに、美奈子の鼻がタバコのにおいをかぎ取る。

 甘い、桃のような不思議な匂いだった。

「鈴蘭君はおそらく―――」


 ガタッ!


 美奈子は、磯部医師がどこか家具に足でもぶつけたかと思った。

 ティーカップをソーサーに乗せ、ようやく振り返ったのは、その音が響いてから少し後のことだ。


「お待たせいたしました―――えっ?」


 磯部医師が、床に倒れていた。

 それだけじゃない。

 まるで両手で自らを絞め殺さんばかりの勢いで締め上げている。

 見開かれた目。

 口から大きく飛び出た舌。

 全てが、磯部医師に異変が起きたことを示していた。


「先生!?」

 ティーカップをテーブルに置くと、美奈子はあわてて磯部医師にすがりついた。

「先生、しっかりしてください!先生!」

「ぐ……ガッ……ゴポッ」

 磯部医師の口からはき出されたなま暖かい液体が、美奈子の手にもかかった。

 血だ。

「―――ヒッ」

 思わず磯部医師から身を放し、後ろに後ずさった美奈子は、大声で叫んだ。

「だ、誰か!誰か助けてぇぇっ!」





 

 

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