第三話
さすがに用事のもないのに応接室に近づくことはためらわれた。
何しろ、横は校長室。反対側は職員室だ。
下手に見とがめられたにアウトだ。
いろんな意味で。
結局、美奈子達は品田が応接室から出て、教室に戻ってくるのを待つしかなかった。
「あっ、来た」
水瀬の言葉に、美奈子は思わずドアを見るが……。
「……」
言葉を失った。
品田が近づいてくる。
その光景に言葉を失ったのだ。
歩くたびに品田がワイヤーでつられているように、天井まで浮かび上がり、また床に降りるといった有様なのだ。
生徒達が全員、壁まで逃げているのも無理はない。
「う、有頂天とはこのことか」
羽山のあきれ声を、美奈子は否定するつもりさえない。
「うわーっ」
水瀬はそんな品田の歩き方に目を輝かせている。
「ねねっ!品田君、その歩き方、どうやるの!?教えて!」
「マネしちゃいけませんっ!とりあえず品田君!」
美奈子と羽山が品田の足を捕まえて床に引き下ろす。
「ど、どうしちゃったの!?」
「うっ、ぐふふふふっ」
不気味な笑い声をあげる品田の目はかなりイッていた。
「な、何!?何かヘンな薬でも使った!?」
「おい品田!どこにアタマぶつけた!?」
「元からおかしいのが、ついにタガがはずれたんじゃないですか?」
「あ、なるほど。瀬戸さん、さすが」
「何でやねんっ!」
「つまり?」
「そや」
椅子に座った品田は、反り返って言った。
「ワイ、鈴蘭ちゃんの家に招待されたんや。お食事を是非ご一緒にって」
「彼女、目が見えないんだっけ?」
「桜井、よく知ってるなぁ。そや。それが?」
「ううん?一見、不幸だけど、でも、今の彼女限定で、いろいろ幸せなんだろうなぁって」
「……いちいち引っかかる言い方やなぁ」
「だって、ねぇ?」
美奈子が同意を求めるようにルシフェルや綾乃の顔を見る。
二人とも困ったような顔をするが、美奈子の言いたいことは理解している様子だ。
「―――まぁ、ええ」
品田は手をパタパタ振りながら言った。
「ワイには関係のないこっちゃ」
「大ありじゃん」
「あーっ!何着て行けばいいんや!?」
「普通でいいじゃん」
「お友達もいらっしゃったら是非なんて言われたけど!」
「品田君のお友達?」
「だからって、何でついて来んねんっ!」
品田がどなるのも無理はない。
品田の後ろには、美奈子に水瀬、ルシフェルに博雅、羽山に涼子、南雲に未亜という、いつもの面々がいるのだ。
「監視よ。か・ん・し」
水瀬から金を巻き上げ、貸しドレスでお洒落した美奈子の言葉に、品田が苦い顔をする。
「まるで、ワイが鈴蘭ちゃんに、口では言えん様なことするって聞こえるで?」
「やっぱり、下心はあったんだ」
「ワイの鈴蘭ちゃんへの思いはプラトニックや!欲望丸出しの桜井その他大勢と一緒にすな!」
「―――へぇ?」
「それにしても品田君」
水瀬が感心したように言った。
「スゴい格好だね」
「そやろ?」
「っていうか……品田」
羽山があきれたような口調で言った。
「なんだ、その燕尾服は」
「正装や正装!これが一番やろうが!」
「新内閣発足かと思ったぞ?」
すれ違う通行人の半分がドレスアップした美奈子やルシフェル、涼子に下心と羨望の視線を向ける一方、残り半分が、品田の場違いきわまりない格好に奇異の視線を向けてくる。
「いいんや!ワイは鈴蘭ちゃんの前で、無様な姿を見せたくないんや!」
「彼女、目が見えないんだろ?」
「―――手術するんや」
品田はおもしろくない。という顔でそっぽを向いた。
「今度、手術する。絶対、成功して、初めて見るのはワイの写真にしたいって言ってくれたんや」
「……」
引きつった顔の女性達がお互いの顔を見合った。
品田が舞い上がるのも無理はない。
目の見えない美少女が、この世で初めて見た男。
そんな小説や漫画みたいな話に遭遇したのだから。
ただ、相手が品田では……。
「でも、品田君」
そんな中、水瀬だけは、感心したように言った。
「一人の女の子に、そこまでやれるなんて、本当に好きなんだね」
品田は水瀬にきっぱりと答えた。
「当たり前や」
一体、何のためにここまで高くしたのかと聞きたくなるほど高い塀に囲まれた広い屋敷。
それが稲村家。
品田達はその中、執事の一人に応接間に通された後、豪華な食事の並ぶ食堂へと案内された。
美奈子にとって、映画の中でしか見たことのないような長いテーブルに高い背もたれの椅子。
一見しただけでかなりの値打ちモノだとわかる室内装飾。
「本物のお金持ちの家ねぇ」
「料理も豪華よ?」涼子はすでに食べる気満々だ。
「お待たせいたしました」
メイドに手を引かれながらやって来たのは、金髪ブロンドの少女。
青いドレスが白い肌によく似合っていた。
ピューッ
羽山が品のない口笛を吹き、涼子に足を踏まれた。
「くすっ。本日はようこそ」
「鈴蘭ちゃん。すまんなぁ。こんなゴミ共まで食事に」
「いえいえ」
鈴蘭と呼ばれた少女はうれしそうに言った。
「私、食事はいつも一人なんです。たくさんの人が来てくださるって聞いて、とても楽しみにしていたんです」
「そか―――おい。失礼すんなよ!?」
目が見えない割に、鈴蘭はかなり上手に食器を使いこなす。
むしろ―――
「あーっ。恥ずかしかった」
食事が終わり、各自歓談となった時間。
水瀬と美奈子は、鈴蘭を中心になって騒ぐ仲間達とは少し離れた場所にあったソファーを占領していた。
「何よ。失礼するなとか言って、フォークとナイフの使い方もわかってないなんて」
「無理もないよ―――どうぞ?」
美奈子のために冷たい飲み物をもらってきた水瀬が美奈子の横に座った。
鈴蘭の横では、品田が声マネ芸を披露して爆笑を誘っていた。
「品田君、元々実家はお寺だし」
「お箸以外、使っていないせい?」
「だろうね。ただ、礼節は知ってるはずだよ?あれでも得度してるんだから」
「―――へっ?」
「つまり、お坊さんの資格は持ってるの。もったいないよねぇ。あれほどの実力で」
「品田君が?」
「うん―――ははっ。あれ、僕でも知ってるよ?」
「鈴蘭さんのために必死になってるね。あれ」
「うん。だから、声以外の芸はやってない」
言われてみればそうだ。
品田は、体の動きを使って笑いをとることを一切やってない。
「鈴蘭さんにわかってもらえないこと、何一つしてないよ」
「……少し見直した」
そう言う美奈子は、ルシフェルと南雲の姿が鈴蘭のそばにないことに気づいた。
「あれ?」
辺りを見回すと、二人の姿は柱の陰になる場所にあった。
「……?」
美奈子が気になったのは、二人の目だ。
まるで何かを警戒するような、そんな目をしていたのだ。
「……やっぱり、南雲先生にもわかるか」
ぽつり。と、美奈子の横で水瀬がつぶやいた。
「何が?」
「ううん?今はいい」
「納得出来ない」
水瀬が何かを言おうとした時だ。
「桜井美奈子様」
背後からの声に振り返ると、そこには高級そうなスーツに身を包んだ一人の男が立っていた。
まだ20代後半位の、執事としては若さを感じさせる男だ。
「失礼いたします。執事の一人で、戸部と申します」
「はい?」
「不躾な申し出で恐縮なのですが―――お時間を頂戴出来ませんか?」
「私に?」
「はい―――名探偵として知られる桜井美奈子様に、折り入ってご相談したいことが」
「……」
美奈子は思わず、水瀬と戸部という男を交互に見てしまった。
「僕も同席していいですか?」
水瀬は鈴蘭から目をはずさずにそう言った。
「水瀬君が同席することを許していただければ」
「……やむを得ません」
戸部は目の前にいる小学生(戸部視点)に奇異の思いを感じつつ、頷いた。
「ここでは何ですから、どうぞ別室へ」
「はい」
美奈子は席を立った。
「それで?」
「お嬢様の件です」
歩きながら、戸部は言った。
「お嬢様は、命の危険にさらされています」
「先日のことですね?」
「はい―――このままでは、お嬢様は……殺されます」
「詳しいお話を」
「……」
「でな!?おーい。鈴蘭ちゃん?聞いてるか?」
「……えっ!?あ、はっははっ。聞いてますよぉ?」