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第一話

 美奈子が、品田の様子がおかしいことに気づいたのは、午後の事だった。

 普段からおかしいから、もしかしたら、もっと前からおかしかったかもしれない。

 ただ、普段より桁外れにおかしいことに気づいたのが、午後だった。


 窓際にたたずみ、遠くを見つめる目は、普通なら澄み渡った空を連想させるが、品田の場合、かなり危険な妄想に浸っているようにしか思えない。


 はっきり、似合わないのだ。


「何か悪いものでも食べた?」

 美奈子でなくても、そう言わずにはいられないほど、似合わない。

「アタマ打ったとか」

「なんでやねん」

 普段なら激しく突っ込むところも、何か大人びた声になっている。

「桜井」

 品田は、澄み切った目で美奈子に向き直った。

「ワイは生まれ変わったんや」

「ケダモノ以下に?」

「そう!ワイは単細胞生物に―――なんでやねんっ!」

 やっと普段に戻ったことに安堵しながら、美奈子は訊ねた。

「どうしたの?春はまだ遠いよ?」

「いちいちムカつく言い方するヤツやなぁ……」

「あーっ!わかった!」

 美奈子の横で声を上げたのは、未亜だ。

「品田君―――誰か好きな子出来たんだ!」

「……どこのアイドル?」

 品田は、いつもいつも、違うアイドル相手に「惚れた!」だの「めちゃ好きや!」騒いでるせいもあって、美奈子にはそうとしか思えなかったのだ。

「違うって!」

 品田はムキになって否定した。

「あの子はアイドルやない!普通の子や!」


 結局、品田は、誰のことか言わなかった。

 ただ、一年年下。

 おとなしくてカワイイ子。

 だとしか言わなかった。


 それでもしつこく食い下がった未亜によると、


 どこか、体が不自由な子。


 らしい。


 別に関係ないけど、品田が間違いを犯さないことを、願うしかない。

 美奈子はそう思って、それっきり品田のことを忘れた。


 夜、その品田から、美奈子の携帯に電話がかかってきたのは、美奈子が葉子を寝かしつけていた時だ。


 受話器の向こう。

 品田は、ものすごくせっぱ詰まった声で、何かをわめいていた。

 おかげで何を言ってるか、全然わからない。

 美奈子は、水瀬を相手にした時みたいに、怒ってなだめてすかして……ようやく品田からわかる言葉を引き出すことに成功した。


「―――え?ち、ちょっと待って!」


「かけ直すから!番号は?」

 美奈子は、慌てて番号をメモして、受話器を置いた。


「何?新しいカレ?」

 ニヤニヤした母親の声は、背中で聞き流した。

「クラスメート!―――お母さん、私、ちょっと出かけてくる!」

「水瀬君の所?」

「そう!今晩帰らないから!」

 部屋に駆け戻り、コートと携帯をつかんで、美奈子は玄関から駆け出した。

「美奈子っ!」


 走りながら、美奈子は、水瀬の携帯に電話をかけた。


 まずい!


 美奈子は、携帯の発信音を聞きながら、品田の言葉を思い出していた。




『桜井―――警察に知り合いおらんか?ワイ……人殺しに巻き込まれた』




「成る程ねぇ」

 丁度、理沙とも連絡がとれたのが幸いした。

 場所は運河公園。

 

 美奈子と水瀬、そして理沙が引き連れた制服警官2人が公園に入る。


 藪の中でゴソゴソする音がしたので、警官達がライトを向ける。

「きゃっ!」

「なっ!何だ!?」

 そこには、あられもない姿を晒す男女の姿があった。

「ご、ごめんなさい!」

 美奈子は思わず叫んだ。

「気にせず続けてください!避妊に失敗しないようにご注意を!」


「……違うでしょ?」

 理沙が一応、ツッコミを入れる。


 運河公園の中でも一番奥の遊具広場で、美奈子達は目的の人物に出会った。


 人気のないブランコの側で、抱き合う男女。


 男は―――品田だった。


 「嘘ぉ!」


 美奈子には、目の前の光景が信じられない。


 相手はものすごいカワイイ女の子だ。

 ツインテールにした銀髪。

 赤みがかった瞳。

 不安そうに品田にしがみつく、怯えきった表情が何とも言えず愛らしい。

 そんな子と“エロの司祭”とまで言われる品田が抱き合っているのだ。


「理沙さん」

 その光景を前に美奈子は言った。

「とりあえず、ペド野郎が何かしようとしてますので、逮捕してください」

「普通ならそうしたいけどね」

 理沙は、「現場確保」と制服警官に命令を飛ばす。

「桜井さん……品田君達の足下」

 水瀬に言われて、美奈子は初めてわかった。


 血溜まりの中、人が倒れていた。


 死んでいることは、美奈子には経験でわかる。


「品田君」

 美奈子はとりあえず、品田君に声をかけた。

「さ……桜井ぃ!」

 品田は、泣きながら言った。

「こ、この子は無関係や!この子の悲鳴がしたから、ワイ!ワイは!」



 公園は封鎖。

 中でいちゃついていたカップルは片っ端から野次馬の視線を浴びながら外に出された。

 パトカーの中で事情聴取を受けている品田を待ちながら、美奈子は心配そうに理沙に訊ねた。

「品田君、どうなるんですか?」

「あくまで発見者ということになるわ……事情聴取が終われば解放されるから」

「そういう、ものなんですか?」

「コージー品田っていえば、芸能人でしょ?そんなのひっぱるといろいろ……ねぇ」

「芸は身を助ける……ですか」

「そうとも言うわね―――さて、美奈子ちゃんはもう遅いから帰りなさい。それと、水瀬君?」

「はい?」

「私は夜食を食べるからおごりなさい」




 翌日。


「稲村財団の執事の一人?」

「そう」

 水瀬は、美奈子に言った。

「工藤栄一32歳。独身。稲村財団社長本宅付執事。死因は頭部の貫通銃創から来る失血死」

「撃たれたの?」

「うん。22口径の通常弾頭ソフト・ポイント。射撃位置から推測すると、犯人は身長150センチ前後だから、かなり小柄」

「150センチ?大人じゃなくて子供の背丈よ?」

「うん」

 水瀬は、お茶の入った紙コップに手を伸ばしながら頷いた。

「被害者も身長160センチって、大人の男にしては小さい方。発射角度から割り出す限り、150センチ位になっちゃう」

「拳銃?」

「弾丸が発見されていないから何とも言えないけど、多分ね」

「それにしても」

 美奈子はコーヒーカップを片手に言った。

「何?拳銃で撃たれるほどのこと、してたの?その執事さんは」

「それがねぇ」

 水瀬は椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。

「稲村財団って、裏でいろいろあるらしくてね」

「裏?」

「うん―――ここ10年間で当主2人に家族4人、執事や関係者も何人か死んでるんだって」

「何それ」

 美奈子はあきれ顔で水瀬に言った。

「お金持ちって、そんな血生臭い世界なの?」

「異常だよ」

 水瀬は美奈子からグミキャンディーをもらいながら、

「死因はほとんどが他殺。しかも迷宮入り」

「理沙さん、どうしてるの?」

「岩田警部と一緒に過去の記録当たってるはず。とにかく、品田君は発見者だけど、昨日のうちに解放されているし」

「そう……で?品田君、どうしてあの場所に?」

「それがね?」

 水瀬は呆れた。といわんばかりにため息をついた。

「第一発見者の女の子。その子に一目惚れしたらしくて、ほとんどストーカーに近いことしてたんだって」

「やっぱり、逮捕するべきじゃ」

「名前もわかんない。住んでいる所もわかんない。だから、後をついていって、せめて姓だけでも知りたいって、その一心だったそうだよ」

 わかるなぁ。

 水瀬は、腕組みをしながら何度も頷いた。

「それで、何で抱き合っていたの?」

「品田君、一度、公園の中で彼女を見失ったんだよ。

 そしたら、誰かが怒鳴るような声と女の子の悲鳴、それから、パンッ。って音を聞いた。

 品田君、なんだろうって、音のした方に向かったら、第一発見者のあの子がいたって」

「別に、品田君が撃ったとか、そういうんじゃないんだ」

「品田君からは硝煙反応は出てないよ?」

「じゃあ」

「問題は、その第一発見者」

「そう!その子、誰?」

「……稲村財団の跡取り娘。葉月女子短大付属の中等部3年在学中」

「……ちょっと待って」

 美奈子は、その学校名に心当たりがあった。

「葉月女短って―――養護学校だよ?」

「そう」

 水瀬は硬い表情で頷いた。

「彼女、目が見えないんだ」




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