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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第5章 勘違い野郎との決戦
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第98話 第2部エピローグその2

 真顔で水筒を突き返してくる。えっと、あなた自分の発言を今一度反芻したほうがいいですよ。いや、熱があるから通常の思考ができないんだ。あ、でも、人間である俺を実験台にするってのはあながち間違っているとはいえないって、何を考えてるんだ、俺。

「と、冬子はん。毒見ならわいがいくらでもやった……るぅえええ」

「あんたのその状態じゃ毒見どころじゃないでしょ」

 こんな状態の渡が急激に冷や水なんか飲んだら即座にリバースしそうだ。さて、どうする。一同の視線が俺に集中している。俺へと迫る水筒。ここは覚悟を決めるしかないか。

「仮に、俺がこれを飲んでどうにもならなかったら、冬子も飲んでくれるんだよな」

「そうね。そこについては保証してあげる」

 保証してくれなかったら、俺の立場が塵以下になるぞ。冬子から水筒を返されると、俺は一呼吸おいて、飲み口を近づける。


 化合物H2Oではない何かだという先入観があるせいか、なかなかその先が踏み出せない。だが、ここで迷っては男がすたるというものだ。俺は意を決して一口だけ口にふくみ、目を閉じながら嚥下した。

「やばい、舌がひりひりする」

 冷たいを通り越して火傷しそうになる。ドライアイスを口に含んだらこうなると思う。もちろん、良い子はマネしちゃいけない。


 一同に固唾をのんで俺の動向を窺っている。舌が大火事でそれどころではないのだが、とりあえず感想を述べるとしたらこうなる。

「とんでもなく冷たい普通の水だ」

 舌を剥き出しにしながら、冬子に水筒を返す。

「惨事になってるけど、本当にただの水なのね」

「味については保証する。さあ、約束だから飲んでくれよ」

 冬子は顔をしかめたが、そもそも、自ら「毒見したら飲む」と提案したのだ。恐る恐る飲み口を唇に近づける。一同が見守る中、一気にその中身を流し込む。


 いくらなんでも飲みすぎだろ。一口だけでも大変なことになったのに、水筒の四分の一ぐらいの量が減らされている。これは相当もだえ苦しむぞ。

 しかし、俺の予想とは裏腹に、冬子は平然としている。極度に冷たい液体を飲んでいるのに無事って、どんだけ丈夫なんだ。

「なあ、冬子は大丈夫なのか。翼の様子からすると、とんでもないことになってもおかしくないのに」

 聖奈も不思議に思って訊ねると、マスタッシュがいつもの好々爺とした笑顔で応えた。

「おそらく、体温が異常に上がっとるんで、飲んだ瞬間に水温を一気に和らげたのじゃろ。そうでなければ、絶対零水をラッパ飲みなんかできん」

 無茶苦茶な理屈だが、それぐらいしかこの現象を説明できそうにない。


 それはそれとして、さっきから身震いが止まらない。クーラーが効きすぎているのか。冬子もまた、全身を震わせて身を縮ませている。

「どうやら、その水が効いてきたようじゃの。あまりにも冷たすぎるゆえに、強制的に体温を下げる効果がある。後は定期的に冷たいものを摂取すれば、治るはずじゃ」

 一口だけでも、アイスクリームシンドロームを起こすほどアイスを食べたぐらいの威力がある。一気飲みしたら、異常に体温が上昇していない限り即凍死だろう。冬子の病が完治したら早々に処分しておいた方がよさそうだ。


 特効薬が手に入り一安心。と、思ったが、ここで瞳が衝撃の事実に気が付いてしまったようだ。

「あ、あの、言おうか言うまいか迷ったんですが、夏木さんは、翼君が口を付けた水筒で水を飲んだんですよね。それって、つまり……」

「ちょい待て、翼はん。あんさん、間接キスしとるやんけ」

 俺と冬子は同時に噴き出した。全く意図していなかったが、そうなってしまうのか。

「翼、あんたやらかしてくれたわね」

「待て、毒味は冬子が言い出したことだろ。そりゃ、結果的にはそうなるだろうが」

「まさか、私の能力が細胞注射されたんじゃ」

「それはない。能力を移そうと意識しないと細胞注射は成立しない」

 百合の言葉に冬子は胸をなでおろす。そして、顔を上げようとして俺と視線がぶつかると、そのままあさっての方向にそむけてしまった。先ほどより増して胸が震えている。寒さとは別の何かが後押ししているのは確かのようだ。

 それにしても、直接キスされたうえ、間接キスしてしまうとは、とんでもない一日になったな。アメリカならともかく、日本で一日にキスするって天文学的確率じゃないか。しかも、相手は別々の女の子二人だし。


 冬子の病の治療法という最大の目的を達成できたことで、とりあえずはひと段落といったところか。成り行きとはいえ間接キスしてしまったことについて、渡がかみついてきているけど。

「なあ、ところで、ひとつ聞きたいことがあるのだが」

 俺と渡でバカ騒ぎしていると、聖奈が神妙な面持ちで切り出してきた。

「翼、あんた異の世界で尻尾の力を持つ最上位種異人と出会ったって言ったわよね。そいつって、もしかしてこんな顔じゃなかった」

 聖奈が差し出してきたのは自身の携帯電話だった。ディスプレイには遊園地でピースしている男女二人組が写っている。その背後にいるのはカマキリをデフォルメしたキャラ。ムッキーランドにいるムッコロ・マンティスだったと思う。

女性は聖奈当人だとして、この男性がどうかしたのだろうか。

 しげしげと眺めていると、俺は思わず声を上げてしまった。

「心当たりがあるんだな」

「そんな、嘘だろ」

 俺の反応を受け、次々と写真を覗きにやってくる。ただ、俺以外は「この男がどうした」と淡泊な反応だった。

「なあ、翼はん。この男がどうかしたんか。芸能人でもなさそうやし」

「どこにでもいる、ちょっと悪そうな感じの大学生ですよね」

 数時間前、それこそ、異の世界に行く前だったら同じ感想を抱いていただろう。だが、今は違う。はっきりとその顔には見覚えがあったのだ。


 服装は違えど、短く刈り上げた髪型に細い目つき。そいつは、異の世界で俺に襲い掛かった異人最上位種テイルと酷似していたのだ。


「どういうことだよ。なんでテイルが聖奈と一緒に写ってるんだ」

「別に不思議なことじゃない。まだこれは推測の域を出ないんだけど、あんたが出会った異人、その正体は、私の元彼の孝だ」


 ここに来てとんでもない事実が明らかにされてしまった。そして、この時俺はあることを失念してしまっていた。


 俺を取り逃がしたテイルが、このまま素直に引き下がるはずがないということを。

ご愛読ありがとうございます。これにて第2部完結です。


かなり中途半端なラストですが、第3部の冒頭はこの会話シーンの続きとなります。


3部はバトル中心の内容となるのでお楽しみに。

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