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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第5章 勘違い野郎との決戦
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第92話 現実世界への帰還

 段々と、視野がはっきりとしてきた。どうやら、俺は片膝をついて座っているらしい。その脚はゴツゴツとした感触を捉えていた。これは、コンクリートか。コンクリートがある異世界だったら、中途半端に現代めいているな。

 周囲を観察してみると、薄暗い地下にいるようだった。いや、ここは見覚えがある。俺は老いぼれてはいないので、二時間ぐらい前に見た景色ぐらいはきちんと頭に入っている。紛れもなく、ここは分倍河原の街中にある地下駐車場だ。俺は、戻ってきたのか。

「翼君」

 目の前に瞳の顔が現れる。俺は驚きのあまり後ずさる。

「ご、ごめんなさい、驚かせちゃって。でも、戻ってきたんですね」

「あ、ああ。そうみたいだ。でも、ここって本当に人間の世界だよな。それと同じパラレルワールドってことは」

「そんなバカなことあるわけないじゃないですか。正真正銘、人間の世界ですよ」

 そうか。なら、よかった。

「瞳、ただいま」

「百合も一緒だったんですね。それで、冬子さんを助けるための物は手に入りましたか」

「ばっちりだ」

 俺は水筒を掲げてみせた。氷を直接触っているみたいで、手がかじかんでくる。夏じゃなければ、すぐに凍傷になりそうだ。外気温が急上昇したにも関わらず、常識外れに冷たいまま液体の状態を保っている。この水、確実に化合式H2Oではない何かだろ。


「ところで、瞳の方は大丈夫だったか」

「あなたの方が数倍大丈夫じゃなさそうなのに、真っ先にそれを訊くなんて」

 ほほえみつつも、瞳は答えた。

「あの術を使ってからしばらくして、断続的にアブノーマルが侵入してきました。そのうち一体は、翼が生えていました」

「上位種の『ウィング』か。あいつ、倒したと思ったのにまだ生きてやがったとは」

「たぶん、翼が倒したのとは別固体。上位種レベルなら、同じ能力の個体が複数いてもおかしくはない」

 考えてみれば、テイルの使う能力は聖奈と同一だ。彼女と関係性はあるのだろうか。

「さすがに、上位種は苦戦しましたが、この能力のおかげで回避することができました。いくら飛んでいるといっても、その速度がゆっくりであれば十分に対処できます」

 彼女の能力にはかなりお世話になった。特に、動体視力強化はあるとないとでは、接近戦における優位性が大きく変わってくる。


「それで、まさか全員倒したのか」

 それなら、彼女の実力は侮ることができない。しかし、瞳は両手を振って否定する。

「倒してはいませんよ。うまく彼らを誘導して、異の世界へとお帰り頂きました」

 どうやら、襲い掛かってくる異人たちを翻弄し、もやの中へと強制的に送り返したらしい。護身のために数発殴ったことはあったけど、攻撃したのはその程度だという。おしとやかなイメージがある彼女がなりふり構わず異人たちを駆逐していたら、さすがに気圧される。

「そのうち、こっちにやってくる異人の数が急に減ってきました。不思議に思ったのですが、こちらへの侵攻がないのならそれに越したことはありません」

「門番していたアブノーマルたちのおかげだと思う。それに、出たり入ったりを頻繁に繰り返していたせいで、座標が滅茶苦茶になっていたし」

 よもや、人間の世界とも異の世界とも違う世界にあのマネキン人形が現れたってことになっていないよな。第三の異世界の事情にまで首を突っ込むほど俺はお人よしではないが。


「とにかく、全員無事ってことで、まずは一安心だ。瞳、百合、本当にありがとう」

「いえいえ、それほどでも。それよりも早く、それを届けてあげてください」

「おっと、そうだったな」

 俺は時計を確認する。もうすぐ正午になろうかという時間。安堵したら急に腹が減ってきた。景気づけにバクドナルドでも行きたいな。そんなことを考えながら、地下駐車場を後にしようとした。

 すると、何かが倒れる音が響いた。足を止め、振り返る。すると、あろうことか瞳が百合の膝の上で伏していたのだ。俺は慌てて駆け寄る。

「瞳、大丈夫か」

「へ、平気です。ちょっと疲れちゃったかな」

 それだけ言うと、脱力して目を閉じた。その体を揺さぶる。まだ体温は温かいし、呼吸もしっかりしている。けれども、いきなり倒れるなんて、一体どうしたんだ。

「能力を使いすぎて気絶しているだけだと思う。世渡りの術を長時間発動していると、それだけ体力を大幅に削られる。たぶん、このまま少し休めば回復する」

 命に別条はなく、過労で倒れたようなものか。心配な状況には変わりないが、俺は胸をなでおろす。すると、急に体が重くなった。俺もまた、数十分間全力で自転車を漕いできたようなもんだ。体力強化されてはいるが、それなりに疲労が蓄積されている。俺は、瞳を見下ろすように壁にもたれかかる。百合は、膝に瞳の頭を預けられたまま、佇んでいるのみ。ちょっとの間休憩してから事務所に行くか。


 なんて、悠長に構えていた俺であったが、どうやら安寧の暇を神はお許ししてくれないようだ。こちらに急接近してくる足音。バカな、異の世界への門は断絶しているはず。そもそも、百合が微弱に発している以外に異人の気配は感じない。

 そいつは、キープアウトされている入り口を易々と飛び越えると、俺たちの前にさっそうと姿を現した。そして、愕然とそいつは第一声を発したのであった。

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