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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第4章 病気の冬子と異の世界
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第90話 体当たり作戦

「翼、難しい顔してどうしたの」

「ああ、考え事をしていてね。一か八かの作戦があるんだが、成功できるかは微妙な線だ」

「どんな作戦」

 興味津々に尋ねてきたので、俺は簡潔に説明した。要するに「イアに空中で体当たりする」ってことだ。

「危ない」

 百合からは簡潔に忠告された。それは承知なのだが、彼女はこれ以上ないほど真顔だった。ほとんど感情を表に出すことのない彼女が、はっきりと心配の表情を浮かべている。


「下手したら、翼も大けがする。リスクが大きすぎる」

「けれども、元の世界に戻るためには全力で飛行しなくちゃならない。そのためには、この作戦は成功させておかなければならないんだ」

「それは、仲間のため。よく分からない。自分を犠牲にするなんて愚か」

 百合は本気で困惑しているようだ。彼女の常識からすれば、俺の考えは不可解らしい。人間であっても、そこまでするかなんて嘲笑われそうだ。

 それでも、やり遂げなくてはならない。

「人を助けるのに理由はいらないってね。冬子を助けられるかもしれない唯一の手段を手に入れているんだ。だったら、どうにかして届けないと。別にそれ以上の理由はないが、これじゃ不十分か」

「不十分というより理解し難い」

 そうだろうな。彼女の価値観からすれば当然の返答だ。


 しかし、百合は俺の肩を強く握ると、噛みしめるように言い放った。

「でも、なぜだか協力したい。胸もざわざわしているし、居ても立ってもいられない」

 転げ落ちそうになりながらも、百合は背中から身を乗り出そうとする。危なっかしくて高度を落としたくなるが、さすがは最上位種、並外れたバランス感覚で、半身を乗り出した状態を維持している。

 彼女が何をしようとしているのか定かではないが、俺が為すべきことはとにかく全力でぶつかることだ。もっと速く。それこそ、ジェット機のように。


 俺は自分が空気を切り裂き、超高速で移動している姿をイメージする。途端、背中がうずきだした。羽ばたいただけなのに、体が叩き付けられそうになる。数えきれないほど羽ばたいたことがあるが、ここまで衝撃が走るのは初めてだ。それに、体が軽くなった気がする。百合を乗せているにもかかわらず、全くその重量を感じないのだ。

 背後から突撃してくるイアを上昇してやり過ごす。これまでのパターンを反復するならば、この後反転して正面から体当たりしてくるはずだ。その予想通り、大きく旋回すると、俺の進行方向を塞ぐように飛来してきた。

 攻撃するならこのタイミングだ。地面が存在しないものの、クラウチングスタートを切るような感覚で右足を切る。途端、顔面にとてつもない風圧がかかった。風の強い日に建物の外に出ると、突風に襲われることがあるが、あれを数倍強烈にしたような感じだ。そして、イアとの距離も急激に縮まってくる。俺を追い越して行ったということは、イアの飛行速度は当然のごとく俺よりも上であった。けれども、今の俺はそれ以上の速度で飛行していると自負している。瞳の能力で動体視力を強化していなければ、まともに目を開けていられなかった。

 少し前までは自転車を全速力で漕ぐぐらいのスピードを出していたのだが、現在は一般道を法定規制速度ギリギリで走っているぐらいのスピードが出ている。これで正面衝突して負けたらひとたまりもないことは自明だ。


 急激に加速したというだけでも驚愕に値するが、俺は直後にそれ以上の衝撃を受ける羽目になった。相変わらず身を乗り出している百合。急激発進したのに振り落されないで体勢を維持できているだけでも、その非凡さが窺い知れる。だが、俺とイアが激突するというまさにその直前。百合は蛮行に出たのだ。


 俺の背中を踏み台にし、接近してくるイアに飛び乗った。


 唖然としている俺をよそに、百合は更にイアを踏みつけ、天高く飛び上がっていく。しかし、飛翔できない彼女は、その後自由落下していく羽目になる。

 百合に気を取られてしまったものの、すぐ目の前にはイアが差し迫っている。いや、あいつはイアか。俺の瞳に映し出されるのは、空中でもがいているだけのアブノーマルだ。イアが一瞬でアブノーマルに変化しただと。


 そんな不可思議現象に首を傾げる暇もなく、俺はイアだったと思われる異人に激突した。そいつは高速回転しながら地表へと突っ込んでいく。

 そして、俺にとっては悠長にそれの行方を見送っている暇などない。同じく落下していく百合を助けに、俺も急速に高度を下げていく。間一髪百合を救い上げたのと、とてつもない衝撃音とともにイアが地面にめりこんだのはほぼ同時だった。


「作戦変更」

 冷や汗を流しながら上昇している俺を尻目に、百合は素知らぬ顔で呟く。これには、俺の堪忍袋の緒が切れた。

「バカ野郎! お前どういう神経してるんだよ。あんなことやったら危うく死ぬところだったんだぞ」

 百合は異人の能力を無効化するというが、通常の打撃は受け付けてしまう。高所から落下したとなると、普通の人間が喰らうダメージと同等の傷を負うことになるのだ。それを理解しているのかしていないのかは分からないが、とにかく、いきなり自殺行為に及んだことに憤りを隠せなかった。

「ごめん。でも、翼の作戦を確実に成功するためにはああするしかなかった」

「俺の作戦のためだって」

 意外な弁明に、粗ぶっていた呼気が緩む。


「私があのまま背中に乗り続けていたら、翼の力まで打ち消してしまうかもしれない。だから、イアの背中に飛び乗って、あの能力だけを打ち消した」

「まさか、俺の体当たりのためだけに、あんなことをしたのか」

 それでも無謀には変わりないが、理由が理由だけに無闇に恫喝できない。それに、百合がこんな理由であんな無茶をしでかしたというのが意外すぎて、急激に頭が冷えてきてしまったのだ。

 怯えながら俺を見つめる百合の頭にそっと手を乗せ、

「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でも、あんな無茶苦茶はしないでくれよ。俺の心臓がいくつあっても足りない」

 そう諭すと、百合は微笑み返してくれた。


 イアの方はというと、国道で交通事故に遭った上、高度数百メートルから落下したことになる。そんな二重災害を受けては、いくら肉体強化されていたとしてもひとたまりもない。

「おのれ、よくもイアをやりやがったな」

 実際、テイルの憤る声が聞こえてきたぐらいだ。ともあれ、障壁となっていたイアを倒すことができたのは大きい。この調子でもやへと向かうのみだ。

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