第88話 百合の能力
「異人の能力による、ありとあらゆる攻撃を無効化するんだ」
攻撃を無効化。つまりは、バリアか。いや、それって反則だろ。どんな攻撃も効かないのなら、赤帽子の配管工がずっと星を取り続けたまま走り回っているようなものだぞ。
「つまり、ヴォイスの音波攻撃が通じなかったのは、能力で打ち消していたから」
「そうなるみたい」
他人事みたいに、末恐ろしいことを認める。俺は、今までとんでもない防御力を有する少女と行動を共にしていたのか。
「まあ、その能力にも抜け道はあるのだが、それを教えたところで詮無きこと。なぜなら、この場で俺たちに殺されるのだから」
ヴォイスがモスキート音を発生させ、その隙にホーンとテイルが同時に進行してくる。百合は相変わらず平然としているが、俺は耳を塞ぐのに手いっぱいだ。ホーンの角が俺に命中したのと同時に、百合もまたテイルに殴り倒されていた。
「大丈夫か、百合」
「平気」
無敵状態になると宣告して早々、普通にダメージが入っている。そういえば、少し前にもテイルのパンチをまともに喰らっていたよな。テイルの言う「抜け道」がまだよく分からないが、通用してしまう攻撃もあるってことになる。
とりあえず、今は悠長に百合の能力を考察している場合ではない。交戦している間にも着実に制限時間は削られていく。そろそろ、強化された能力を使っても全速で飛ばないと危ない範囲に入ってきた。
俺は再度飛び立とうとするが、ヴォイスのモスキート音で減速させられ、テイルの尻尾によって叩き落とされる。やはり、ヴォイスを無効化しないとろくに行動できない。
ほぞを噛む俺を前に、テイルとホーンはじりじりと歩み寄ってくる。バリア能力がない俺を先に始末しようという魂胆は見え透いている。しかし、この二体を止める術などない。まさに、万事休す。
観念して目をつむったが、救世主は突如としてやってきた。
「まったく、騒がしいのう」
その声からしばらくして、俺の耳を支配していた不快な音波が鳴りやんだ。どうしたことかと、俺は瞼を開ける。すると、白い糸状のものがヴォイスの口をぐるぐる巻きにしていたのだ。こんな異物がまとわりついていたのでは、声を発するどころではなかろう。
これが誰の仕業かは薄々想像がついた。
「マスタッシュさん」
杖を片手にゆっくりと歩を進めるご老人。異人最上位種の「口髭」だ。
「ブランクの同朋のジジイか。こんなところに何しに来た」
「いや、暇つぶしにその少年の動向を見守ろうかと、こっそり後をつけてきたのじゃ。その様子だと、絶対零水を手に入れたが、そこでテイルに襲われたようじゃな」
この爺さん、エスパーか。
「驚かんでも、走ってきた方向と、音を立てておる水筒から推理できる」
「そうね」
百合よ、お前は同調しなくてもいいだろう。
「小賢しい。ホーン、やってしまえ」
ホーンがマスタッシュへと角を突き出す。「危ない」と声を上げたが、マスタッシュは動じることなく白髭を伸ばしていく。それは角へと絡みつき、ホーンの動きを停止させる。ホーンはそれを振りほどこうともがくが、動けば動くほど複雑に髭がまとわりついてくる。
一人で二体の上位種の動きを封じるなんて、さすがは最上位種。しかし、感心したのも束の間。テイルが跳躍した後、尻尾を髭へと叩き付けた。髭は寸断され、上位種二体はようやく束縛から解放される。
「これ、わしの髭を切りおって。年寄りは大事にせんかい」
「うるせえ、ジジイ」
恫喝されるも、テイルは悪態をつく。それで、寸断された髭だが、すぐに生えそろってきた。自在に伸ばせるだけあり、髭の再生能力も高いようだ。
テイルは着地と同時に尻尾による横薙ぎを狙ってくる。すると、百合が進み出て、あえてその尻尾の矢面に立つ。尻尾は百合に直撃したが、彼女は素知らぬ顔をしている。テイルは舌打ちして尻尾を引っこめた。
「そういえば、百合の能力ってどうなってるんですか。さっきの尻尾は効果がなかったけど、テイルにパンチされた時は倒されていましたし」
「ブランクの能力を教えておらんかったか。あれは、異人に関する能力を無効にするんじゃ。だが、完全に無効化できるわけではない」
そこまではテイルから聞かされたとおりだ。俺は固唾をのんで次の言葉を待つ。
「異人の能力を介さない攻撃。単純な殴る、蹴るは無効化できないのじゃ」
「つまり、さっきのテイルの攻撃が効いたのは、能力を使うことなくただ単に殴ったから」
その理論だと、人間を相手にして喧嘩した場合、殴り倒されてしまうことになる。異人である百合が人間に後れを取ることはないだろうが、例えばテイルが力任せの暴力に及んだらひとたまりもない。
「ついでに言うと、その能力の副作用で記憶が長時間持続しないようじゃ」
百合が記憶喪失というか、究極にオトボケなのは、能力の副作用のせいだったのか。次々と衝撃の事実が明かされていくが、当人が蚊帳の外というのは問題があると思う。とんでもない能力を持っているにも関わらず、恐ろしいほど無頓着みたいだ。
「マスタッシュさん。いきなりで厚かましいお願いなのですが、あいつらをどうにか足止めできませんか。後数十分ぐらいで、もやがあった場所に帰らないといけないのです」
実際には後三十分ぐらいだろう。もはや会話している時間すら惜しい状況だ。
「うむ。わしも異人じゃから、仲間と戦うのはあまり気が進まんが、時間稼ぎぐらいは協力してやろう。その代り、そなたと同じ能力者に、わしらのことを伝えるのをよろしく頼むぞ」
「瞳からも同じこと言われましたが、了解です」
ますます、冬子たちに百合のことを話しておかなくてはならなくなった。冬子の病気騒動が解決したら真っ先に伝えよう。それには、ここから脱出するのが最優先だ。