第86話 異人最上位種「尻尾~テイル~」
「ようやく見つけたか、ホーン」
俺と百合以外の第三者の声がする。いや、第三者だって。この異の世界で言語能力を有するとしたら、可能性は二つ。
1.俺と同じく、異人の能力を持った人間。
2.異人最上位種
1の可能性は著しく低い。そもそも、可能性なんて考慮する必要もなく、この後出てくるのはあれしかいないじゃないか。
ホーンと同じ岩陰から現れたのは、大学生ぐらいの男だった。胸元を露出するような青のベストを羽織り、チェーンの付いたスラックスを履いている。さながら、RPGに出てくる荒くれ者のようだ。短髪を刈り上げ、細い目でこちらを睨めつけている。
そして、特異であったのは、背後にちらついている、人間としてはあり得ない器官だった。風もないのになびいている細長い物体。その根元が尻であると仮定すると、それはこう命名する他なかった。尻尾、と。
尻尾を生やした人間なら知り合いにいるが、よもやここで出会うとは思わなかった。そもそも、性別が真逆である。俺が知らない尻尾を生やした人間となると、認めたくないが異人最上位種と断定するしかない。
「長時間人間の世界へと扉が開いているからおかしいと思い、調査してきたんだ。よもや、人間風情がここに紛れ込んでいるとはな。貴様、何をしに来た」
「えっと、お使いです」
「白々しい嘘をつくな」
恫喝されたが、事実を述べているのでどうしようもない。隣にいるホーンも、じわりと角を近づけてきている。
「まあ、ただの人間ではなく、俺たちと同じ能力を持っているというのは分かるが。こいつを招き入れたのは貴様の仕業か、ブランク」
「どうだったかしら」
怯むことなく百合はとぼける。火に油を注ぐかと危惧したが、相手は嘲笑するだけだった。
「貴様はそういうやつだったな。ともあれ、主に反旗を翻し者と同行しているということは、我々の敵と同じ。ここで排除させてもらおう」
そういうと、尻尾を伸ばして俺たちに向けて叩き付けてきた。俺は百合を庇うようにして頭から飛び込む。そこをホーンが角で突いてきたので、俺は転がってそれを回避する。角は俺と百合との間に刺さったのち、引っこ抜かれた。
「百合、こいつは何者なんだ」
「たぶん、尻尾。私と同じ最上位種の異人だったと思う」
「得意のおとぼけか。推測されるまでもなく正解だ。俺の名はテイル。まあ、名を覚えたところで、ここで殺される貴様らには意味がないがな」
テイルは少し跳躍しながら回転し、尻尾を振り回してきた。かわしようがなく両腕で防御するが、薙ぎ払われて後方に吹っ飛ばされる。なんて衝撃だ。丸太で殴られたかと思ったぞ。
こんな中でも、百合が育てているもやは順調に成長を続けている。しかし、あまりにも状況が悪い。最上位種と上位種相手に一人で戦うなんて無謀もいいところだ。百合を頭数に入れたとしても、彼女がどの程度の実力を持っているか未知数である。
ふと、テイルが顔を見上げた。その視線を辿ると、百合が発生しているもやへと続いている。
「なるほど、人間の世界に逃げ帰ろうという寸法か。ならば、なおさら早々に殺しておかないとな」
テイルが指を鳴らすと、俺の悪寒が更に強まった。ひょっとするまでもなく、出会いたくない相手が増えてしまった。
ホーンの脇から例のマネキン人形が顔を出す。そいつは、顔半分を占領するほど大きな口を有していた。それだけで、アブノーマルとは別物だと判別できる。
最上位種一体に、上位種二体。百合とタッグを組んだとしても勝てる気がしない相手だ。こいつらとまともにやりあって、五分すらもつかどうか。
「百合、お前も戦うことってできるか」
「問題ない。もやを完成させる時間が更に伸びるだけ」
「それ、問題ありますよね」
最速で戻ろうとするなら、俺一人で三体を相手にしなくてはならないのだ。そう悟ると足が笑ってきた。
時間稼ぎも許されないのか、いきなりホーンが突撃してきた。ふらつきつつも、俺は寸前のところでかわす。
「そいつはけっこう血の気は多いやつだから気を付けた方がいい」
そう忠告しつつ、テイルも尻尾で俺の腕を絡め取ってくる。ほどこうとするが、より強く締め付けられ、思うように動くことができない。
ホーンは地面を数回蹴ると、その角で串刺しを狙ってきた。闘牛士の真似事をして死ぬのはご免だ。
俺は背中の翼を広げ、精いっぱい上昇した。まさか、上空へ逃れられるとは思っていなかったのだろう。飛翔の瞬間、尻尾の拘束が緩んだ。これによって、ホーンの突進攻撃も回避することができた。
百合のそばに降り立つ俺に、テイルは感嘆の声を上げる。
「そいつがお前の能力か。翼。どこかで聞いたことがある能力だが、よもや、ブラッドを退けた野郎ではあるまいな」
「ブラッドのことを知っているのか」
「知っているもくそも、最上位種の異人はそんなに数が多くない。裏切り者のそいつも含め、大方把握している。正直驚いたぞ、あのブラッドがやられるとは。ここ最近は、『翼と冬子に復讐してぇ』って喚いてうるさくて仕方ない」
「あいつ、まだ生きていたのか」
「あの程度で殺せると信じていたなら、俺たちもなめられたものだ」
憤慨するテイルだが、俺は驚愕に支配されていた。完全に倒していないと薄々思ってはいたものの、現実として直面するとインパクトは段違いである。
もやは、赤子であれば通れそうなくらいの大きさまで達している。あと少し耐えればなんとか生還できる。俺が度々もやの方を気にかけていると、テイルはほくそ笑んだ。
「どうやら、ブランクが作り出している術に期待しているようだな。だが、そうはいかんぞ」
百合の方に急接近し、彼女に拳を繰り出した。百合は悲鳴をあげて、その場に倒れる。それに合わせ、もやが少し収縮してしまう。
「百合!」
叫び声をあげたものの、俺の目の前にはホーンと別の上位種が立ちふさがる。二体が同時に手を伸ばすが、俺は距離をとってそれをかわす。