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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第4章 病気の冬子と異の世界
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第84話 治療法

「さて、お主は何用でここまで訪ねてきたのじゃ。異人の能力を持つとはいえ、人間には変わりはない。ブランクが最近、人間に世渡りの術を教えたというとったから、それを使ってきたのじゃろうが、まさか、物見遊山でやってきたんじゃあるまいな」

 人の良さそうな笑顔から一変し、射抜かれそうな鋭い眼光を飛ばしてきた。相手はよぼよぼの爺さんのはずなのに、仁王像に睨まれたかのような威圧感がある。

 だが、俺がここに来た目的を果たすことのできる絶好の機会かもしれない。俺はマスタッシュの眼を見据え説明を始めた。


「実は、俺の仲間といったらいいのかな、とにかく、大切な人が今にも死にそうなんです。原因不明の高熱を出していて、人間の医療技術ではとても太刀打ちできません。そいつも、異人の力を持っていて、炎と氷を自由に操ることができます。おそらく、異人に関係した病に罹っているかもしれません。それで、その治療の方法を求めてここまでやってきたのです」

 話し終えると、しばらく沈黙が流れた。百合は聞いているかどうか分からないが、マスタッシュは顔をしかめて髭をいじくっている。言い加えた方がいいかな。口を開きかけたが、先にマスタッシュが発言した。


「なるほどのう。ところで、確かめておくが、その大切な人とやらは、もしかしてブリザードの娘さんか」

「冬子のことを知っているんですか」

「冬子? 人間界での名前は知らないけど、ブリザードのことと、その娘のことは有名」

 百合が口を挟んでくる。マスタッシュがそれに補足するように続ける。

「人間と長年の間一緒に暮らした異人がいるというのは、異の世界では常識となっていることじゃ。彼女の一件は、少なからずわしらに影響を与えたと言ってもよかろう。なにせ、わしらは、彼女をリスペクトして、人間との共存を考えておるからのう」

「人間との共存ですか」

 意外な言葉をぶつけられた。瞳から「人間と共存しようとしている異人がいる」とは聞かされていたが、この爺さんもそうだったのか。百合と一緒にいるということは、その可能性も考慮に入れるべきではあったが。

「それにの、人間との共存の実現は、異人との戦いに終止符を打てるかもしれないと考えておる。ちゃんと理由もあるのじゃが、これは話すと長くなるかもしれんな」

「かなり気になるんですが、長くなるなら遠慮しておきます」

 戦いを止める方法があるのなら知っておきたいが、如何せん今は時間がない。これまでに制限時間の四分の一は消費している。

「そうか。ならば、また機会があったら話すとするか」

 マスタッシュは口惜しそうな顔をしていた。共存を考えている異人のことをまだ話していないのに、伝えるべきことが積りに積もっていくな。


「それで、翼の目的って何だっけ」

「いやいや、冬子を助けるための方法だから」

 話が一区切りしたかと思いきや、百合の記憶喪失が発動した。だが、これはいい機会だったかもしれない。いい加減、その情報を手に入れておきたい。

「ふむ。それについてじゃが、思い当たる症状が一つだけある。かつて、バーニングという炎の術を使う異人がいたのじゃが、そやつも原因不明の高熱に苦しむことがあったそうじゃ。どうやら、体内で体温のコントロールが効かなくなり、異常に高温を発してしまうそうじゃの。ましてや、その冬子という娘は、炎と氷を同時に操ると聞く。頻繁に体温を変化させておるので、そのコントロールが狂ったのではないか」

 一理あるというか、ほとんど真理をついているような分析だった。自らの体温を急激に変化させて炎や氷を生成しているとしたら、その制御ができなくなって高熱を出してしまったとしても不思議ではない。


「それで、その異人はどうやって高熱を治療していたのですか」

「詳しくは知らんが、とにかく体を冷やすことが重要のようじゃ。それに、特効薬として絶対零水を飲んでおったの」

 なんだそのマジックアイテムは。異世界に来ているだけで十分ファンタジーだが、ここでそれを加速させるような代物が出てきたぞ。

「絶対零水は、通常であれば氷となってしまう温度でも液体の状態を保つことのできる不思議な水じゃ。かなり冷たい水と思えばええ」

 つまり、氷点下何十度でも液体の水ですか。それって、化合式H2Oとは別の何かじゃないだろうな。

「それ、飲んだ覚えがある」

「あるのか」

「ものすごく冷たいただの水だった」

 でしょうね。妙なことに関して記憶があるんだな。でも、百合が過去に毒見していたおかげで、怪しい液体ではない可能性は高まった。


「その絶対零水とやらはどこにあるのですか」

「ここから少し先に山岳があるのじゃが、その麓の湖の水がそうじゃ。持って帰るのなら、この木筒を使うとええ。ちゃんと蓋もついとるから、こぼれる心配もないぞ」

 髭を使って机の上から手繰り寄せたのは木製の水筒だった。所々に木が生えていたから、それで作ったのかな。

「私が作ったやつだ」

 メイドイン百合ですか。きれいな円柱をしているし、意外と器用なんだな。


 百合がその湖までの案内役を申し出たので、軒並みならない不安を抱えつつも洞穴を後にすることにした。もちろん、水筒は忘れないように首からぶらさげてある。紐がなかったので、マスタッシュの髭を失敬したというのはここだけの話だが。紐代わりにもなるって、恐ろしく便利な能力だ。

「出かける前に、これだけは忠告しておく。異の世界の住人は、基本的に人間に対して敵意を抱いておるものばかりじゃ。わしのように、共存を考えておるものはほとんどいないと言ってもいい。道中に襲撃されてもおかしくないから気を付けるのじゃよ」

「元からそれは覚悟のうちです。敵の本拠地に土足で踏み込んでいるもんですからね」

「それもそうじゃの。そなたとはまた、じっくりと話し合いたいわい」

 好々爺とほほ笑むマスタッシュに別れを告げ、俺と百合は湖へと駆け出すのであった。

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