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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第4章 病気の冬子と異の世界
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第81話 いざ、異の世界へ

 さて、困ったことになった。何をしてもかまわないと豪語したものの、同級生の異性とキスしろだなんて、ハードルが高すぎる。オリンピックの走高跳レベルだ。しかも、これが俺にとっての初めてのチューになる。瞳の狼狽ぶりからして、彼女もまたそうだろう。異人の能力を手に入れるためとはいえ、お互いの初めてをここで消費してしまうのか。


 それはかなり惜しい。しかし、瞳の能力がなければ、百合を探すのは暗中模索どころの話ではない。遠目で考えれば、冬子を助けるチャンスを潰すことにもなりかねない。俺は意を決し、瞳の瞳をまっすぐに見据えた。

 彼女もまた、俺の瞳を注視する。互いの視線が交差する中、俺は唾を飲み込んだ。

「断っておきますけど、私とこんなことをしたってのは絶対に内緒にしておいてくださいよ」

「それは先刻承知だ」

 二人同時に目をつむる。これをするときはそうするのがエチケットだと、誰かが言っていた。無意識のうちにそれを実行している形になる。


 視界が遮られているが、徐々に瞳の顔が接近しているのが頬にかかる息遣いから分かる。鼻孔を心地よい香りがくすぐる。今すぐこの暗黒世界から脱したいという欲求がある。だが、それをしてはならないという、ある種の正義感めいたものがそれを阻害する。

 心臓の鼓動が高まる中、ついに、俺の唇が生々しい感触に包まれた。時間にしては一瞬だったろうか。唇同士が重なり合った時、痺れるような痛みが口周りを襲った。そのせいで一気に顔を放し、俺は唇を手で覆った。


 痛みを感じる前のほんのわずかな間、かなり濃厚な心地よさがあったのだが、それだけならば永遠に味わってみたかった。だが、そんな虚言を許す暇もなく、全身に痺れが走る。これはかつて経験したことのある痛みだった。忘れもしないあの時。俺が翼を授かったあの時の痛みだ。


 このまま気を失うかと思ったが、どうにか踏みとどまり、痛みや眩暈から解放された。多少体がふらつくが、再起不能というわけではない。これなら、なんとか行動できそうだ。

「ど、どうですか。成功しているといいのですが」

「まだよく分からない。でも、額がうずうずしている」

「それなら、もしかしたら成功していると思います」

 そう言って、瞳は額のガーゼを見せる。その下には第三の目があったはず。それが発現しようとしているのなら、確かに瞳の能力を受け継いでいることになるのだろう。

「もしかして、瞳もまた翼を生やすってことになるのか」

「いえ、細胞注射は一方通行みたいで、相手に能力を移すと強く意識した方の能力が受け継がれるみたいです。私の方は特に体に異常はないですし、翼君に私の力がコピーされただけのはずです」

 肝心の能力が未だ発動しないから、その実感はない。額がむず痒くて仕方ないが、下手になぶると能力が打ち消されそうなのでじっと我慢する。


「さ、さて。そろそろ本題に入ります」

 声が裏返っているものの、瞳は俺から数歩距離をとる。いよいよ、異の世界へ行くための儀式とやらが始まる。

「最後に、言い忘れていましたが、重要なことを伝えておきます。私がこの術を維持できるのはせいぜい二時間程度です。それを過ぎると、どうなるかは分かりません」

「まさか、帰ってこられなくなる」

 それに返事をされることはなかったが、予測される最悪の結末はそうとしか考えられない。百合と接触できれば、なんとかできるかもしれないが、それが叶わなければ永遠と異の世界で彷徨う羽目になるのだ。


 その忠告には後ろ髪を引かれたが、今更やめるわけにいかない。最後の最後に一番重要なことを伝えられて「そりゃないよ」って気分だが、恨んだところで詮無きことだ。

「リスクなら承知の上だ。やってくれ」

 俺の返答を確認すると、瞳は地面に向けて両手を広げた。そのまま、呪文のような言葉を繰り返し紡いでいる。あまりにも早口で、何を言っているのかは聞き取ることができない。それができたとしても、人間の言葉である保証もない。異人の間で通じる架空言語とでもしておこうか。

 儀式を開始してからしばらくして、どこからともなく風が吹きすさんできた。地上はそよ風が吹いていたが、地下駐車場に入り込んでくるにしては風速が無相応だ。そもそも、この風は駐車場の入り口ではなく、それの真正面に立っている瞳の背後から発生している。詰まる所、通常なら風が吹くはずのない場所から吹いているのだ。


 謎の風に合わせて、白いもやのようなものも舞い上がってくる。こちらは見覚えがある。異の世界へと行き来するときに発生する例の現象だ。

 瞳が呪文を詠唱して二、三分経った頃だろうか。瞳と俺を隔てるように、もやが立ち上っていた。

「このもやに突入すれば、異の世界へと行けるはずです。ここに踏み込んだら、こっちの世界との連絡は取れなくなりますので、注意してください」

「分かった。行ってくる」

「決して、無茶はしないでくださいね」

 見えているかどうかわからないが、俺はブイサインを送るともやの壁の中に突入していった。

次回から一時的ではありますが、異世界を舞台にした話になります。

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