第79話 異の世界へと行く方法
「でも、百合と接触する方法がないわけではないですよ」
「ないわけではないって、あるってことか」
つい声を張り上げてしまい、俺は周囲を窺う。幸い、誰もいないようだ。
「ただ、これはまだ一回しか試したことがない方法なので、うまくいくかどうかは分かりません」
「それでも、百合と接触する方法があるんだな」
切羽詰った声で尋ねると、数秒の間があったのちに「はい」という返答がなされた。
フリーになっている左手を握っていると、瞳はたどたどしく話を続ける。
「この方法は、かなりのリスクがあると聞いたことがあります。私はもちろん、翼君にも悪影響が及ぶかもしれません。それに、これを使ったからといって、必ずしも百合に会えるとは限らないですよ」
「それでも構わない。それで百合に会って、冬子を助けることができるのならば」
我ながら、とんでもない賭けをしている。百合に会ったところで、彼女が冬子の治療法を知っている可能性は百パーセントではない。まして、その百合に能動的に会える確率も然りだ。俺の目論見が成功する確率は総合的に四分の一を下回るといったところだろう。だが、ゼロではないのなら、それに賭けるしかない。
「分かりました。百合に会う方法を教えます。それには都合のいい場所でないといけないので、一度分倍河原駅まで来てもらえませんか」
「ああ。すぐ行く」
そうして通話を切り、俺は牧野台駅まで逆戻りした。分倍河原は俺の家の最寄り駅奥園の方へ二駅のところにある。所要時間としては十分程度だが、それが何十倍にも感じられて仕方がなかった。
分倍河原駅に到着し、しばらく改札の外で待っていると瞳がやってきた。
「悪いな、いきなり呼び出したりして」
「いいえ。私にできることがあるなら、いくらでも協力します。さて、百合に会うための場所ですが、この近くだったらあの廃屋がいいでしょう」
「廃屋? 異人が出てきそうなところだな」
「それがミソなんです。案内しますから、ついてきてください」
瞳の先導で、駅の北口を後にする。分倍河原もどちらかというと住宅街として発展してきているため、そこまで人通りは多くない。まして、牧野台にショッピングモールができたせいか、買い物客を根こそぎ吸い取られているぐらいだ。
住宅街の外れに来ると、明らかにそれと分かる雨ざらしの建物があった。かなりズタボロではあるが、そうなる以前は立派な一軒家だったのだろう。地下へとつながる通路があり、その先は駐車場となっているようだ。ただ、その入り口には規制線が貼られている。
「ずいぶん前から放置されている家で、私たちの間ではお化け屋敷として有名です。夜に肝試しにやってくる人はいるみたいですけど、真昼間なら、まず立ち寄る人はいません」
そりゃ、あからさまにキープアウトされているもんな。異人が現れる好条件を満たしているが、今のところその気配はない。
躊躇なく規制線を乗り越える瞳に続き、俺も地下の駐車場へと踏み込む。車が三台ほど収納できるスペースが設けられており、天井は車を縦に二台積み重ねたぐらいの位置にある。仮にここで戦うとするなら、かなり飛びにくそうだ。
「それで、どうやって百合と会うんだ」
「単刀直入に言うと、異の世界へと行くんです」
「えっと、本気で言っていますか」
問い直したものの、瞳は真顔を崩すことはなかった。異人である百合と会うために異の世界に行くという発想は間違ってはいない。けれども、そう簡単に異の世界へは行けないはずだ。
前にブラッドから聞いた話だと、人間の世界と異の世界を行き来するには、異の主に忠誠を誓った者が授けられる特殊な術が必要だったはず。よもや、瞳が異人の最高権力者に忠誠を誓っているとは思えない。まさか、他に異世界を渡る術があるというのか。
俺が眉を寄せていると、瞳は人差し指を立てながら説明した。
「異人の間で流通している異の世界へと渡る術を使えば、移動は可能ですよ」
「いや、ちょっと待て。そう簡単に言うけどな、その術って異人にしか使えないとか、そういう代物じゃないのか」
「本来ならそうみたいですけど、異人の力を受け継いだ私たちにも使うことができるみたいです。私自身、試したのは一回だけですが」
「そうだとしても、どうやってそんな術を手に入れたんだ」
「百合に教えてもらいました」
教えてもらってすんなりできるのなら、あの戦いのときに「帰れなくなる」と悲観しなくてもよかったんじゃないか。でも、一触即発状態にあるブラッドがそんな術を教えてくれるわけがないので、結局悲観的状況には変わりはなかったな。
「やり方自体はそんなに難しくないので、時間があるときに教えましょうか」
「考えておく。とりあえず、早く始めてくれ。それと、事務所に連絡していいかな。どうせなら、大勢で探した方が手っ取り早いだろうし」
探し物をするなら人海戦術をするのが基本だと探偵の所長さんから教えてもらったことがある。それに、直接百合と会ってもらえば、共存についての話も信じてもらいやすくなる。
しかし、携帯電話に手を伸ばそうとすると、瞳はシュンとして首を横に振った。俺の提案に不都合でもあるのだろうか。