第76話 ショッピングの終わり
「これがきっかけで、百合は私の部屋にちょくちょく遊びに来るようになりました。もともと兄弟はいないので、彼女のことが親にバレないかひやひやしてるんですけどね」
瞳と百合にそんな関係性があったとは。じゃあ、ひょっとすると。俺は頭の隅に引っかかっていた疑問をぶつけてみた。
「もしかして、前に話していた人間と共存を望む異人って百合のことか」
「そうです。異人について話を伺っているうちに、彼女がそんな考えを持っていることが明らかになりました。最初に、人間のことを教えてほしいって頼んだのも、共存を達成するための一歩なのかもしれませんし。まあ、私がとやかく説明するよりも、百合の口から話した方がいいと思うのですが」
「……どうしたの」
俺たち二人と顔を合わせ、百合はきょとんと首を傾げるばかりだ。記憶喪失だかどうだか分からない彼女がまともに説明してくれるとは思えない。
「とりあえず、私が把握している限りでは、異人の中に、人間との共存を望む一派がいるということぐらいです。共存のためには、人間と接触する必要があるのですが、それがうまくいっていないようなのです」
共存と簡単に口にするが、人間を強制的に異人に変えるよりも数倍も難しい行為である。まず、異の世界のことを知らない人間に、異人について理解させないといけない。そのうえで、争いをやめるように説得しなければならないのだ。
元々異人の能力を有している俺なんかは、異の世界に対する知識がある分、説得するのは容易だとにらんだのだろう。もっとも、冬子みたいに完全に異人を憎んでいるようなやつを説得するのは骨が折れるなんてレベルではないが。
「とにかく、異人と無益に争わずに済む方法があるなら、聞いてみたいな。俺のほかにも、異人と戦う仲間がいるから、みんなに百合の事を紹介してみるよ」
「それはいいですね。できるだけ多くの人に聞いてもらえれば、それだけ協力者が増えるかもしれないですし」
ただ、説得できるかどうかは別問題だ。それでも、俺が単独で話をするよりも、異人である百合から説明してもらった方が説得力は増すだろう。
「とりあえず、今日のところはこれでお暇しましょうかね。早く、百合の服を何とかしないと大変なことになりますし」
そう指摘され、俺は改めて百合のワンピースが悲惨なことになっていることに気付かされた。クリーニングにでも出さないとケチャップがシミになってしまう。
「そういえば、この服、瞳のおさがり」
「な、百合。余計なことは言わなくていいです」
瞳が顔を真っ赤にして焦り出す。あやうくフランスパンが落下しそうになった。
「おさがりって、どういうこと」
「掘り下げないでいいですから。一応釈明しますけど、百合が粗末な服を着てたんで、古着屋に出す予定だった私のお下がりをあげたんですよ。中学生の時はよく着ていたやつですけどね」
当人は気に入っているらしく、人間の世界に出てくるときは、いつもそれを着用しているという。
「さすがにワンピース一着じゃ華がないから、私の行きつけの店に何度か連れて行ったことがあるんです」
「その時、おもちゃにされた」
「試着させただけですから」
声が裏返ってますが。もしかして、百合が洋服に興味津々だったのは瞳のせいだったのか。とはいえ、色々なお下がりを渡しても、結局はいつも白のワンピースを着てやってくるらしい。瞳はそれが不満みたいだが、百合がそういう趣味をしているなら仕方ないんじゃないか。
「じゃあ、翼。服を洗濯してくる」
そう言い残し、百合は瞳に引き渡された。記憶喪失の少女かと思いきや異人だったって、予想外もいいところだ。百合と並んで歩く姿は、ごく普通の少女としか思えない。気配をコントロールできると話していたけれど、ほとんどゼロにまで落とすこともできるんじゃないか。そうだとしたら、異人だと気づかれることもなく暗殺なんてこともやってのけそうだ。末恐ろしいやつめ。
骨折り損のくたびれ儲けになりそうだったが、ある意味大きな収穫があるとすれば、瞳の連絡先を手に入れたことだろう。「異人との共存について話し合う機会を作る」という条件付きではあったが。
とんだ休日になってしまったが、俺もそろそろ帰るとするか。異人との共存については、明日にでも所長とかに話を通せばいいし。それに、あまり遅くなりすぎると母さんの雷が怖い。
そう悠長に構えていた俺であった。しかし、その数日後に、全く予想だにしない形で探偵事務所に召集されることになったのだ。
これで、第2部の前半パートは終了。
次の章は、意外な場所が舞台になるかも。