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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第3章 百合
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第73話 また偶然に出会いました

 最初はフードコートまで直行したせいもあってよく見ていなかったためか、百合はこのフロアのテナントを巡回している。それに付き合わされてクタクタになってきたが、もしかすると、当初の目的が果たせそうな兆しがある。

「なあ、もしかして、洋服が好きなのか」

 すると、百合は首を傾げ、

「どうだったかしら」

 素っ頓狂な返事に、俺はずっこけた。

「いや、すごく熱心に見てませんでしたか」

「あまりこういうのは見たことない」

 もしかして、物見遊山している気分になっているだけなんじゃないだろうか。それでも、全く興味のないものに、こうも執心するとは考えにくいし。


 どうにかエスカレーターまでたどり着き、1階まで下りる。記憶を取り戻すきっかけといっても、そろそろ限界がある。異人のことをなんとか隠しつつ、警察に任せた方がいいかもしれない。それに、また知人に遭遇でもしたら面倒なことになる。

 「そろそろ帰るか」と呟き、ベーカリーショップを通過しようとした時だった。


「あれ? 東雲君、ですか」


 ビンゴしました。偶然にも程があるだろ。

 長い髪をツインテールに束ね、首を傾げている少女は、クラスメイトの伊勢瞳だった。


 ボーダーシャツに白のロングスカート。肩からかけている買い物かごの中からはフランスパンがはみ出している。

「奇遇ですね、こんなところで出会うなんて」

「あ、ああ。そうだな」

 俺は目配せで、百合に影に隠れているように合図を送る。しかし、通じていないのか、彼女は直立したままだ。仕方ないので、彼女を隠すように俺はその前に立つ。

「このショッピングモールに来るってことは、伊勢さんの家ってこの近くなの」

「近いと言えば、近いですね。ここから2駅の分倍河原ですし」

「それなら、俺の家の方が近いんじゃないか」

俺が住む奥園の次の駅が分倍河原であった。百合が顔をのぞかせようとするが、俺は体をひねって阻止する。

「それで、東雲君」

「あ、翼って下の名前で呼んで大丈夫だ。俺も、瞳って呼ぼうかな、なんて」

「じゃあ、翼君でいいかな。翼君は、どうしてここに」

「暇つぶしでウィンドウショッピングってところかな。瞳はどうして」

「買い物を頼まれてて、そのついでにベーカリーでパンを買ってたんです。ここのフランスパンおいしいんですよ」

なおも顔を出そうとする百合を阻害しようとするが、それにも限界があった。しかも、俺のその不自然な動きに瞳は感づき、俺の脇に視線を移してしまう。

 そして、瞳と百合が対面する。俺は額に手を当ててうなだれる。が、次に瞳が発したのは予想だにしない言葉だった。


「もしかして、百合」

 目を丸くしたまま、百合の事を注視している。

「彼女のことを知っているのか」

「うん。瞳、でしょ」

 百合が勝手に返事をした。お前には聞いていないとツッコミを入れるところだったが、この返答もまた予想外だった。この謎の少女と瞳が知り合いだったとでもいうのか。

「えっと、これはちゃんと説明したほうがいいですよね。東雲君、今って時間ありますか」

「ああ、大丈夫だ」

 俺は瞳に促され、休憩スペースへと赴いた。


 そこは、横長のベンチが八基設置されており、三台の自動販売機が稼働していた。何か飲みながら話そうってことで、俺はコーラ、瞳はオレンジジュースを購入する。で、成り行きで俺が百合にアップルジュースをおごることになった。瞳は割り勘を申し出たが、缶ジュースを割り勘したら、さすがに男がすたる。

「それで、単刀直入に聞くけど、この百合って子は何者なんだ。俺にはただの記憶喪失の少女にしか見えないが」

「じゃあ、言いますけど、驚かないでくださいよ」

 瞳は身を乗り出し、俺の耳に顔を近づけてきた。彼女の髪からほのかに放たれる香りが鼻をくすぐる。

「百合は、異人です」

「なんだって」

 つい、大声をあげてしまい、一斉に振り返られる。俺が慌てて一礼すると、何事もなかったかのように、行列を再開した。


 瞳の激白を信じることができず、俺は百合を凝視する。彼女が異人だというわりには、例の悪寒は全く感じることはできない。街中でブラッドと出くわしたときは、微弱ながらも悪寒があったのに。

「驚くのは無理がないですけど、百合が異人というのは紛れもない事実なのです。なぜなら、彼女から直接そう聞かされましたし」

「そうは言っても、彼女からは気配を感じないし。それに、本当に異人だとしたら、最上位種っていうかなり強力な奴だろ。それが、平然と町中を歩いているなんて」

 人間に近い姿になれるのは、最上位種だけだったはずだ。百合が本当に異人ならば、少なくともブラッドと同等ぐらいの実力はあるということになる。

「そうだ。本人に確認してみればいいんだ。なあ、百合。お前は、異人なのか」

 まともな返答は期待していなかった。しかし、百合は変わらぬ表情で答えた。

「人間でないって自覚はある。もしかしたら、その異人ってのかもしれない」

「いや、人間ではない自覚があるって。確かに、異人としての気配は感じないけどさ」

「人間に成りすますために、ある程度気配はコントロールできる」

 それは嘘ではないだろう。異人の気配を洩らし続けていたら、下着売り場で出会うはるか以前に冬子に襲撃されている。


 素直に「はい、そうですか」と納得しがたいものの、本人が人間ではないと自白している以上、無闇に詮索しても堂々巡りになる可能性が高い。それに、どうにも瞳が冗談で「百合が異人」と言っているようにも思えないのだ。

「そもそも、どうして瞳は百合と知り合いになったんだ」

「話せば長くなりますけど、いいですか」

 瞳はジュースを一口嚥下すると、百合と初めて出会ったという数か月前の出来事について語り出した。

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