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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第3章 百合
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第72話 下着

「えっと、そこはさすがに俺は付いていけないな」

「どうして」

「あんなところ、男である俺が踏み込んだら、色々とまずいだろ」

「そういうものなの」

 首を傾げるものの、構わず売り場へと踏み込んでしまう。

「俺はここで待ってるから、気がすんだら戻ってこい」

 そう言い残したものの、聞こえているかどうか。


 売り場の前で取り残された俺は、頭の後ろで手を組んで打ちひしがれていた。記憶を取り戻すきっかけになればと連れてきたものの、果たしてその目的を叶えているかどうか。挙句の果てには下着売り場の前で待ちぼうけだ。

 見知らぬ女の子と一緒にいるというだけでも面倒なのに、こんなところにいるのを誰かに目撃されでもしたら。いや、野暮な考えは止めておこう。それに、まさか偶然知り合いと出会うなんてことは……。


「あんた、そんなところで何やってんのよ」


 最悪のタイミングで最悪の人物と出くわしてしまった。


 大型ショッピングモールにいるにも関わらずぐるぐる眼鏡を着用している少女。他人の空似かと思ったが、小柄でショートボブという特徴まで一致している以上、夏木冬子本人に間違いない。

 白のブラウスとデニムと、それなりにおしゃれしてきているようだ。などと、服装を観察している場合ではない。ともかく、弁解しなくては。

「買い物だが」

「男のあんたがこんなところで」

 冬子でなくとも怪訝に思うだろう。女性用下着売り場の前でたむろしている男というだけでも怪しさ全開だ。

「夏休みで暇だからって、女性ものの下着を物色に来るなんて、変態の達人ね」

 ゲーセンにある音ゲーみたいに言うなよ。そんな達人、こっちからご免だ。

「そんなことするかよ。単に人を待っているだけだ」

「ここを待ち合わせ場所にするあたり、正気の沙汰じゃないわね」

 成り行きでそうなっているだけだが、面と向かって指摘されると二の句も告げない。冬子に詰問されている間、周囲の人たちから「見ちゃいけません」みたいな仕草をとられるのがますます痛い。


「それよか、冬子はこんなところで何してるんだよ」

「買い物よ。当たり前でしょ」

 反論してみたが、至極まっとうな回答を返され手詰まりになる。それを実証するかのように、彼女の買い物かごの中には、男がまず着用しないであろう布切れが入れられていた。俺の視線に気づいたのか、冬子はサッとカゴを背中に隠して睨みつける。

 今の状態でも相当面倒くさいことになっているのに、更に厄介ごとが増えたとしたら。俺のキャパシティを軽く凌駕しそうだが、そんな危惧があっさり表面化してしまった。


「翼、これはどう」

 起伏に乏しい声で、百合が尋ねてきた。その手に、とんでもないものを握って。それを前に、俺は開いた口が塞がらなかった。


 彼女の手の中には、聖奈がいつも身に着けていそうな際どい下着があったのだ。


 下着の趣味まで白か。なんて、感心している場合ではない。さすがの冬子も、百合の手中に収められている布きれを前に呆然としている。

「えっと、冬子、これは、その」

 言い訳しようとしたが、それより先に耳を引っ張られ、試着室の脇まで拉致された。


「あんた、どういう神経しているわけ。あんな娘にとんでもない下着を選ばせるなんて。そもそも、彼女とはどういう関係」

「あいつが勝手に選んだんだ。別に強要してねえよ。それに、あの子とは訳あって一緒に行動しているだけだ」

「白々しいわね。なんであんたが見知らぬ女と一緒に下着売り場に来てるのよ。誘拐したのなら、警察に突き出すわ」

「だから、やましいことはしてねえよ」

 俺は、牧野台駅に着いてからこれまでの出来事を順に説明した。だが、説明が進んでも、冬子の怪訝な顔が変化することはなかった。


「つまり、異人から助けた記憶喪失疑惑のある少女を手駒に収めようとしているわけね」

「曲解するなよ。俺は、ただ、彼女の記憶が戻るきっかけを作れればなと思っただけで」

「そんなまどろっこしいことしないで、迷子かなんかで警察に引き渡しとけばいいのに」

 至極まっとうな指摘に、俺は口をつぐむ。普通ならそうするべきだろう。けれども、異人に関わってしまっている以上、変にそのことを証言されても困る。そのことを話すと、冬子も「まあ、それなら一理あるわね」と多少納得したようだ。

「それによ、なんというか、あのまま放っておくってのもいただけないなって思ったからさ。俺にできることがあればしてみたいじゃん」

「あんたお得意のお人よしってわけ。初対面の相手に対してもそうなんて、もはやバカの領域よ」

 お前のその物言いも、ドSを超越してると思うがな。そんな皮肉をぶつけようとすると、彼女は破顔し、俺に背を向けた。

「まあ、そういうところは嫌いじゃないわ」

 あまりに予想外の発言に、俺は反論の機会を失った。口をつぐんでいると、冬子は突然咳こみだした。

「おい、大丈夫かよ」

「どうってことないわ。ちょっと前から風邪気味みたい。でも、熱とかも出ていないし、大人しくしていればそのうち治ると思う」

 風邪気味ならば、こんな人ごみの多い場所はまずいのでは。本人が「大したことない」って言い張るのなら問題はないのだろうが。

 「大事にしろよ」と声をかけると「心配しなくてもいいわよ」と言い返され、そのままレジへと向かっていった。


「翼、こっちはどう」

 冬子を見送っていると、百合が性懲りもなく別の下着を持ってきた。こっちって、さっきのやつの色が青に変わっただけだろ。

「えっと、そういうのはまだ早すぎるから戻してきなさい」

 すると、百合は頬を膨らませて、しぶしぶ命令に従った。見繕ってもせいぜい高校生ぐらいなのに、とんでもない下着の趣味をしてるんだな。


 嘆息して、下着売り場から出ようとすると、ふと特設コーナーが目に留まった。百合の持ってきた下着と比べると格段と色気の落ちるスポーツタイプのブラだった。だが、そこには「胸を大きく見せるブラ」とのポップが飾り付けられていた。ブラジャーだけで胸が大きくなるとは思えないのだが、本当にこういうのは効果があるのか。

 ここで、俺は冬子の買い物かごの中に入れられていた物体を思い出した。俺の記憶違いかもしれないが、それと同一の商品が、俺のすぐそばに陳列されていないか。色は、どちらも黒であった。スポーツタイプのブラだったし、細部のデザインも似ていた気がする。なにより、胸に平原を抱えている冬子のことだ。こんなのを買っていてもおかしくない。


 冬子の下着を邪推したところで、百合からセクシーすぎる下着を提示され続けるだけだ。不満そうな彼女を強引に連れ出し、俺は下着売り場を後にした。

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