第68話 異人から少女を救え
入り組んだ路地裏を抜けた先にポツンと待ち構えていた小さな公園。休日だというのに、滑り台やらジャングルジムが暇を持て余していた。
そこにぼんやりと突っ立っていた一人の少女。冬子程ではないが、背丈は低め。白のワンピースにハイヒール、そして透き通るような長い白髪と、まさに白一色だった。俺のことなど眼中にないのか、ただ虚ろな眼で何かを見上げている。
そんな彼女の視線を辿っていくと、俺はあらぬものを発見した。いや、最初からこれを追ってきたんだけどね。
もうお馴染みと化した、のっぺらぼうのマネキン人形。異人下位種のアブノーマルだ。
人間の女の子と化け物。この組み合わせから連想される出来事はただ一つしかない。異人が少女を襲おうとしている。
それを証明するかのように、アブノーマルはゆっくりとその腕を伸ばしてきている。そして、無抵抗のまま、少女はアブノーマルに体を掴まれていた。この場に警察官がいたなら、即座に現行犯逮捕できそうである。
いくらなんでも、こんな確信犯を見逃すわけにはいかない。俺は上着を脱ぎ捨てると翼を広げた。飛空し、やつの頭に蹴りを入れる。
あの少女に、人間離れした所業を見せつけてしまったが、それは後でどうにかごまかそう。まずは、この確信犯を片づけるのが先だ。
ぬったりと伸びてくる手を、俺は更に高度を上げて回避する。
「こっちだ、うすのろ」
俺の動きに従い、アブノーマルが移動を開始する。ドンパチやるにしても、あの少女から引き離さなくては。それにしても、虚ろな表情で突っ立っているが、大丈夫なのか。いきなり上半身裸の空飛ぶ男が現れたら、誰しもこうなるとは思うが。っていうか、俺って今の段階で立派な不審者じゃないか。
今更、そんなことを嘆いても仕方ない。少女から十メートルほど距離をとったところで、俺は下降しつつ蹴りを浴びせる。アブノーマルからの反撃は空を飛んでかわす。自負するのもなんだが、これまでの戦いで、大分空中移動にも慣れてきた。今やこのヒットアンドアウェー戦法が型についている。蝶のように舞い、蜂のように刺すってな。まあ、通用するのはアブノーマルクラスだけど。
調子に乗って油断したのがまずかったのか、痺れを切らしたアブノーマルが跳躍してきた。そして、低空を漂っていた俺は足を握られる。アブノーマルもまた、常人の数倍の跳躍力を有する。木の枝を飛び移るというサルみたいな芸当を披露したぐらいだからな。
このまま手繰り寄せられたら、トラウマになりつつある万力抱っこをされる羽目になる。そうはさせるか。俺は精いっぱい翼をはためかせた。
すると、アブノーマルの体が徐々に浮き上がる。俺の体にまとわりつくなら、それを逆利用するまでだ。
人を空へと運ぶのは骨が折れるが、幾度か冬子で実戦したおかげか、大分安定して飛べるようになった。右足にアブノーマルをぶら下げたまま、俺は屋根がある辺りまで浮上する。そして、振り子のように足を大きく動かす。アブノーマルは必死にしがみついているが、激しい振動を直に受けているせいか、次第に手がずれ落ちてきている。
そして、ついにその手は離され、アブノーマルは公園へと真っ逆さまに墜落していった。
これでもけっこうな打撃を与えられるが、どうせならここで決めたい。俺は右足を突き出すと、アブノーマルに追いつこうと急速落下していった。そして、地面に到達する寸前に鉢合わせし、そのままの勢いでやつに飛び蹴りをお見舞いしたのだ。
俺は反転して宙を舞ったのち、奇天烈な格好で伸びているアブノーマルのそばに降り立つ。やつはしばらく痙攣していたが、やがてもやとともに、その体は消滅していった。
なんとかアブノーマルを始末した俺は、一息ついてシャツを着なおす。気を取り直してショッピングモールに行こうとするところだが、そうはいかないんだよな。
なにせ、大々的に俺の能力を目撃されている。異人から救うためにはこうするしかなかったが、どう説明するべきか。
全身真っ白の少女は、先ほどから微動だにせず佇んでいる。彫刻人形と言われたら信じてしまいそうな有様だ。
「えっと、一部始終を見てしまいましたよね」
おずおずと尋ねるが、相変わらず無言のままだ。あまりの衝撃に声も出ないのか。俺も、初めて冬子の能力を目の当たりにしたときはかなり困惑したから、分からなくもない。
「一応、見たって前提で話をするけど、さっきの化け物のことは忘れてくれ。もちろん、俺のことも。そうしたほうが、君のためだからさ」
「……そう」
必死に説得を試みる俺に対し、彼女の第一声は素っ気ないものだった。
それにしても、もう少し反応があってもいいだろう。「あの化け物は何」とか質問攻めにされるのを想定していただけに、なんだか調子が狂う。
気を取り直そうと、俺は深く息を吐く。すると、急激に全身に悪寒が走った。
これは、異人の気配。いや、そんなはずはない。つい数分前にアブノーマルは倒したはずだ。まさかの援軍か。それなら矢継ぎ早すぎるだろ。
「ねぇ」
一人うろたえる俺に、彼女は静かに声をかけた。俺は顔だけ傾けるが、その次の一声は驚愕に値するものだった。
「あなた、異人?」