第67話 すんなりお出かけさせてくれない
あまりにも濃厚な一日を過ごしてから、更に数週間。全国の学生が一様に楽しみにしている長期休暇に突入した。帰宅部の俺はほぼ毎日が日曜日というわけだ。まあ、ニート生活をさせないためか、嫌らしいほど宿題はあるが。そのうえ、何日か登校日も設けられているし。
家にこもって勉強ばかりしていては、せっかくの休みに申し訳ないので、俺は気分転換に出かけることにした。しかし、篠原を誘おうとしても「ごめん、部活で忙しいから今度な」という素っ気ない返事だ。
行先も決まらないまま、とりあえずリビングへと赴く。そこでは、ひと段落家事を終えた母さんがテレビを見ていた。昼前だから情報番組でも見ているのだろうか。
「イアンモール牧野台大セール」
ふと、テレビからそんなCMが流れてくる。そういえば、牧野台の郊外に大型のショッピングモールがあったが、そこが夏休みのセールをやっているようだ。牧野台にはしょっちゅう出かけているが、実のところ、そのショッピングモールに足を運んだことはない。
「あら、翼。どうかしたの」
「いや、暇だからどこかに出かけようと思ってさ。どうせなら、牧野台のイアンモールに行こうかな」
「別にいいけど、遅くならないうちに戻ってくるのよ」
「分かってるって」
「本当に分かってるの。あまりに遅くなるようだったら門限つけるわよ。五時とか」
「小学生じゃないんだからやめてくれ」
母さんがここまで釘を刺すのは、ひとえに異人関係で帰宅が遅れるなんてことがちょくちょくあったからだ。
あまり人に目撃されない時間帯を狙っているのか、異人は主に早朝か夕方に現れることが多い。反面、なぜかあまり夜には現れないようだ。前に、このことを不思議に思って冬子に訊ねたことがあった。
「あいつらも夜は眠いんじゃないの。私も長いこと戦ってるけど、夜中に気配を感じたことはほとんどないわね」
どうやら、異人は俺たちと同じく昼行性らしい。まあ、夜中にこっそり異人退治なんてのはご免だからいいけど。
それで、夕方に出現するがゆえに、そいつと戦うとするとどうしても帰宅が遅れる。だが、今日行こうとしているのは、人でごった返している大型商業施設だ。まさか、そんなところに異人は現れまい。たまには、ゆっくりと羽を伸ばしてもいいだろう。
「あまり遅くならないうちに戻る」と言い残し、俺はショッピングセンターへと出かけることにした。通学のために俺の家の最寄り駅である奥園から清川までの定期券を持っているのだが、牧野台はその途中にある。つまり、運賃は実質ゼロというわけだ。そうでなかったら、積もり積もった数百円に泣かされていたかもしれない。
奥園から三駅先。通いなれた牧野台駅に到着した。夏休み中の日曜日とあってか、いつもと比べるとかなり人が多い。そのほとんどが、駅東口のバス停留所へと足を運んでいた。皆考えることは一緒というわけか。
ちなみに、探偵事務所はこことは真逆の西口方面にある。あのショッピングセンターが俺にとって疎遠になっていたのは、単に東口に足を運ぶ機会がなかったせいというのもある。
俺もまた、停留所の列に並ぶ。イアンモールまでは、この送迎バスで十五分くらいだったはず。家族連れのほか、カップルの姿も目立つ。ショッピングデートとか、しゃれたことしているな。俺もそのうち、そんなことしてみたいな。
ふと、脳裏にあのオッドアイが浮かんだ。いやいやいや、それはないから。彼女は戦友かつクラスメイトであって、そういうのじゃないから。
しかし、カップルを前にしてあいつを思い浮かべるなんて、まったくどうにかしてるぜ。
列に並んで5分くらい経過した頃であろうか。黄色い車体の送迎バスが姿を現した。俺はちょうど現在の列の真ん中辺りに位置しているから、なんとか乗れそうだ。
スイミングスクールの送迎とかによく使われているマイクロバスが近づいてくる。いざ、乗車。
と、いうタイミングで、俺はあらぬ気配を感じ取ってしまった。ありえないだろ、こんな人だかりで。しかし、身の毛もよだつこの悪寒は間違いない。
俺は後ろ髪を引かれながらも、列を飛び出した。気配を辿っていくと、駅の構内へと逆戻りすることになる。いくらなんでもこんなところに出現するわけがなく、そのまま西口へと進む。
事務所までの道のりはもはや通いなれたものだが、その道中に人通りの少ないところなんてあっただろうか。ショッピングモールとは逆方向なせいで、あまり人がいないようではあるが。
駅から道なりに進むと、少しして大通りに直面する。そのまま真っ直ぐ行くと事務所方面だが、俺の体は右折しろと訴えていた。この方面はあまり行ったことがない。
それにしても妙だ。俺は、異人が出現した近辺でないと気配を感じ取れないはずだ。それなのに、駅から数分ぐらい歩かされている。いい加減遭遇してもよさそうなのに。
そして、歩いているうちに、妙な感覚に襲われた。なんというか、対象はその場に固定しているわけではなさそうだ。はっきりとはしていないが、動いている。
これは言いえて妙である。異人は人間に認知されてはいけないという掟があるはず。ならば、移動すればそれだけ禁忌に触れる危険性が強まる。これまで遭遇した異人が、人気のない場所で待ち構えていたことがそれを裏付けていた。
やがて、住宅街へと差し掛かろうとしたとき、これまで以上に強く気配を感じ取った。間違いない、この辺りだ。