第64話 ボブVSアブノーマル
薄暗い内部に入ると、埃の臭いが鼻をついた。あの廃ビルと同じく、かなりの間放置されていたようだ。工業用の部品を製造していたのだろうか、見慣れぬ機械が点在していた。その上や床には、ネジやらボルトやらが散乱している。
進んでいくと、機械類が撤去されて、更地になっている場所に到着した。廃業した時に、大方の機械は売り払ったが、買い取り手が見つからなかったものがあのまま放置されていたということか。
そして、その更地に問題の相手は佇んでいた。
「って、あいつだけか」
思わず声を出してしまったが、無理はない。冬子の話だと、複数体の異人が出現したはずだ。しかし、俺たちの前に立ちふさがっているのは、どう見ても単独の個体である。それも、特徴のなさそうな、いわゆるアブノーマルだ。
「冬子、こんなのが相手なら、こんなに大勢はいらなかったんじゃないか」
「うるさいわね。私だって間違うことぐらいあるわよ」
「せや。冬子はんを悪く言うんやない」
なぜか、俺の方が責められているような。
品定めしているのか、躊躇しているのか、それは定かではないがアブノーマルは動く気配がない。集団で戦うにしても、相手が相手だけにただの弱いものいじめになってしまう。さて、誰がいくか。
「私が行くわ」
「いやいや、冬子はんのお手を煩わすわけにはいかん。わいが行く」
「それなら、私が行ってやる」
えっと、この流れだと嫌な予感しかしないのだが。あの「押すなよ、絶対に押すなよ」の人たちの鉄板ですよね。
腹をくくって、俺は挙手した。
「じゃあ、俺が行くよ」
「ワタシが行きマース」
「どうぞ、どうぞ」
……あれ?
俺が戦うんじゃないのか。いや、本当にこの人何やってんの。
疑問符が脳内を支配している中、ボブは鼻息荒くアブノーマルと対峙した。いやいや、いくらプロレスラーでも無理でしょ。南京錠破壊したけれども。
「なあ、あのおっさんに任せて大丈夫なんか。つい勢いで送り出したんやけど」
「別に問題ないだろ。ボブさんの実力なら、アブノーマルなんて瞬殺さ」
瞬殺は言い過ぎじゃないか。勝てるとしても、どっこいどっこいなのでは。不審に思っている俺と渡を見かねたのか、冬子がとんでもない事実を暴露した。
「そういえば、言い忘れていたかもしれないけど、ボブさんも異人の能力の持ち主よ」
へえ、そうか。異人の力を持っているのか。それなら、あいつが相手でも安心。
「って、マジか」
「ここで嘘言ってどうすんの。そもそも、いくらプロレスラーとはいえ、ただの人間が南京錠なんて壊せるわけないでしょ」
確かに、それは正論である。つまり、あの時密かに異人の力を発動していたのか。
「ヘイ、こととびと。ユーをミーのパワーでフルボッコにしまーす」
ボディビルダーのポーズをとると、元々隆起していた筋肉が更に膨張した。言い方が悪いが、超巨大ボンレスハムを肩からぶらさげているようだった。しかも、それなりに重量があるのか、前かがみになっていた。その姿はゴリラを彷彿とさせた。
アブノーマルも負けじと四つん這いになると、カマドウマの動きでじりじりと接近してくる。だが、先に仕掛けたのはボブの方だった。
右腕を振り上げると、アブノーマルの脳天にチョップを叩き込んだ。チョップというよりも、丸太を落としたようなものだろう。これによって怯んだアブノーマルを両腕でがっちりと固定する。これだけでも窒息しそうだが、ボブはブリッジしながら、アブノーマルを頭から地面に叩き付けた。プロレスの有名技バッグドロップか。
ダウンしたアブノーマルの片足を脇にかかえ、体重をかけて押さえ込んだ。これは、片エビ固め。アブノーマルはもがくものの、本場の押さえこみ技をそう簡単に解除できるものではない。呆気なく、3カウントを取られる。
ボブは勝ち誇ったように両腕をあげるものの、アブノーマルはふらつきながら立ち上がってくる。そして、性懲りもなくボブの腕にしがみついた。
「しつこいですね。ならば、これでフィニッシュでーす」
腕を振ってアブノーマルを突っぱねると、やつの両足を握った。そして、体を回転させ、遠心力でやつの体を浮き上がらせていく。まさか、かの有名な大技。
なすがままに振り回されているアブノーマル。ボブは気合とともに、その体を投げ飛ばした。見事としか言いようがないジャイアントスイングだった。
壁へと追突し、アブノーマルは崩れ落ちた。相手がアブノーマルとはいえ、攻撃させる暇なく倒すとは。元々プロレスラーだけあって、戦闘力は桁外れだったというわけか。
「ボブさんが異人の力を持っていたなんて、初めて知りました」
戦い終わって汗を拭うボブに声をかける。
「そうですか。言い忘れてましたね。ミーの力は剛腕。これにより、腕力が数十倍になりまーす。でも、重すぎて、肩を壊しそうになるのです」
能力を解除した後、全身を汗で濡らしていた。腕が強靭になりすぎる代わりに、長時間それを維持できないっていうのが弱点か。
それでも、アブノーマルを倒すことができたし、結果オーライだろう。誰もがそう思い、踵を返そうとしていた。
「待って、様子が変よ」
突然、冬子が声を上げる。ノックダウンしているはずのアブノーマルに視線を送ると、やつはまだ抵抗する意思があるのか立ち上がろうとしていた。プロレス技を連続で受けてまだ戦えるなんて、相当タフな野郎だ。
しかし、どうにも様子が変だ。その場から一向に動く気配がない。ひょっとして怖気づいたか。