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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第2章 牙城渡
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第62話 翼VS渡

 渡が手をかけたのは、口を覆っている白いマスクだった。それが外されると、大きな口が表面化した。が、人より大きいなと思うぐらいで、変哲のない口であることには変わりがない。

 すると、渡はいきなり咆哮した。俺は怯んで、二、三歩後退してしまう。そして、彼の口元に変化が生じた。


 むき出しにされた白い歯。その中でも、上の犬歯が急に伸び出したのだ。それはすぐに下唇を超過し、下あごまで達するほど太く、鋭くなった。はるか昔に、サーベルタイガーという獣がいたらしいが、彼の犬歯、いや、牙はそいつを彷彿とさせた。

 荒い息遣いで俺を威嚇する様は、まさに野生の猛獣。圧倒されてしまった俺を尻目に、渡は勝ち誇って言い放った。


「ほぅふぁ! ふぉれふぁ、ふぁいのふぃふぁふぁふぁー!!」


 ……はい?


「ふぉうふぁら、ふぉふぉろいふぇ、ふぉえもふぇふぁいふぉうやふぁ」


 いや、何語ですか。俺、外国語は英語しか分からないぞ。

 俺に限らず、冬子たちも「あいつのしゃべっていること分かる」「いや、分からん」と議論を交わしている。まさか、相当に滑舌が悪くなるという能力なのか。


 俺たちが唖然としているのを見かねてか、渡は一旦牙を引っこめた。そして、肩を落としたのち、気を取り直して、先ほどと全く同じ挙動で仕切りなおした。


「どうや! これがわいの能力や!! 驚いて、声も出ないやろ」


 ああ、そう言っていたのか。完全に白けていると、渡は頭を抱えて座り込んだ。

「マジで、これ不便すぎるやろ。この力使うとな、まともにしゃべれんくなるんや。信じられんわ」

 滑舌が悪くなった理由は明らかだ。口の中にあんなバカでかいものを抱えてしまったら、まともにしゃべれなくなるに決まっている。

「とにかくや。わいの能力がこれで分かったやろ。そんじゃ、遠慮なく行くで」

 すぐに立ち直って、再度牙を生やした。俺も地面を蹴って低空飛行を開始する。


 さて、どう攻めるか。まずは、相手の出方を伺って……。

 なんて、悠長に構えている暇はなかった。開戦直後、渡は一気に間合いを詰めてくる。速い。


 上空へと逃れようとしたが、その前に胴体を掴まれる。そして、俺の左腕に牙が突き刺さった。その昔、予防接種を受けた時の数十倍もの痛みが走る。

 その牙は俺の腕を穿ち、すぐさま放された。二点の傷跡からは鮮血が垂れ流しになる。これのせいで、左腕が痺れ、まともに動かせそうもない。

「ふぉれふぁ、ふぁいふぉふぃふぁふぉふぃりょくふぁ。ふぉんふぃやふぉ、ふぉのうふぇふいふゃぶっとふぁふぁらな。ふぇめふぇふぉの、ふぁふぁふぇや【これが、わいの牙の威力や。本気やと、その腕食い破っとったからな。せめてもの情けや】」

 うん、全く訳が分からないよ。とりあえず、牙の威力でも自慢しているのだろう。


 牙の脅威もさることながら、あの瞬間移動は意外だった。至近距離でないと攻撃できないというリスクを抱えているものの、急接近されたら、並の相手だったら対処することができない。ましてや、開幕でいきなり仕掛けられたらなおさらだ。

 俺は翼をはためかせ、空中へと退避する。腕が強化されている分、しばらく経てば痛みは落ち着いてくるはずだ。それに、まさかあいつは対空戦法を有しているはずがなかろう。

「ふぃふぇるふぁんふぇ、ふぃふょうやふぉ。ふぉりふぇふぉい【逃げるなんて卑怯やぞ、降りて来い】」

 大声で喚いているが、相変わらず意味不明だ。順当に考えれば、逃げるなってところだろうか。


 腕がまともに使えない以上、有効打を与えられるとしたら脚だ。俺は旋回しながら、渡の隙を伺う。牙で迎撃されて、脚まで封じられたらまともに戦えなくなる。空中から、確実に蹴りを入れる。勝機を見出すとしたらこれぐらいだろう。

 しかし、渡の様子がどうにも妙だった。空中から狙われていると分かっているはずだが、先ほどから動く素振りを見せない。こういう時って、走り回って標的をつけにくくさせるのが常套手段じゃないのか。

 これは、ひょっとしたら、罠でも仕掛けているかもしれない。だが、攻めなくては、当たり前だが勝利はない。俺は覚悟を決め、急速落下を開始した。狙いは、背後だ。


 俺が降下へと転じた途端、渡が動いた。人間とは思えない速さでリングを走り回る。それこそ、野生の獣を追いつめようとしている気分だ。

 落下しながらも軌道修正しようとしているせいで、飛空速度が削がれていく。地表近くに到達した時には、渡へと命中するかどうか際どい位置を蹴り上げるにとどまった。


 仕方ない、仕切り直しだ。俺は反転して、上昇に移行しようとする。だが、その足ががっちりと掴まれた。まさか、渡もまた方向転換し、俺の飛翔を妨げたというのか。

「ふぉうや、ふぉれふぇ、ふぉべふぇんやふぉ【どうや、これで飛べへんやろ】」

 なんの、これしき。俺は背中に力を入れ、大きく翼をはためかせる。すると、少しずつだが渡の体が宙に浮いていく。これには渡も面喰ったようだ。冬子を背中に乗せて飛んだことがあるのだ。抵抗されているので、すんなりとはいかないが、空中へと連れ去ってしまえばこっちのもんだ。


 だが、危惧していた通り、右足に激痛が走る。渡もまた、噛みついて反撃してきたのだ。せっかく上昇していたのに、若干高度が下がる。負けるものか。天井近くまで到達すれば、さすがの渡も降参するに違いない。俺の意図を察したのか、更に深く牙をくいこませてくる。


「すごいことになっていますね」

「翼が空中まで渡を連れ去れば、飛行能力を持たない渡はまず勝ち目がない。振り落されれば、そのままノックダウンだ。

 対して、その牙で翼が根を上げれば、渡の勝ちがほぼ確定ってところかな」

 聖奈がご丁寧に戦況を解説する。その通り、まさに持久戦といったところか。渡は噛みついているうえに、重心を真下にかけて、飛翔を邪魔している。そのうえ、ずっと攻撃を受け続けているせいで、苦痛で気分が悪くなってきている。今や、高度を保つので精いっぱいだ。


 このまま持久戦が永遠に続く。誰もがそう思っていた時だった。

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