第61話 申し込まれた決闘
「と、冬子はんと同じ高校やって」
「同じ高校っていうか、クラスメイトだけどな」
「ウソやろ、冗談も大概にしいや」
語尾を荒げている意味が分からない。冬子と同じクラスだからって、この大学生に支障があるわけがない。
「冗談もクソも、同じクラスだってのは事実よ」
冬子も追い打ちをかける。渡はなぜだか体を震わせている。
「な……」
「な?」
「な、な、ななななな」
「なんつー羨ましいことしてくれとんねん!!」
マスク越しだというのに、耳をつんざくような絶叫をあげた。しかも、その勢いで俺に迫ってきた。
「一緒のクラスっつーことは、冬子はんと同じ空気吸っとるってことやろ。なんつーことしてくれとんねん、われ」
「そ、それは生理現象だから仕方ないと思いますが」
冬子と一緒の空気を吸ってはいけないなら、窒息して死ねってことか。
「ま、まさか、冬子はんのことを好きとかほざいとるんやないやろな」
「そんなわけあるか!!」
俺と冬子は合唱した。顔を見つめあい、慌ててそっぽを向く。そんな素振りに、渡は地団太を踏んで喚きだした。
「今の、絶対阿吽の呼吸やろ。あんさんら、どこまで進んどるんや」
「だから、違うって言ってるでしょ」
冬子が力説したためか、渡は一瞬口をつむぐ。だが、俺を睨らみつけるや、再び騒ぎ出す。
「だいたい、あんさん、能力者としてどうなんや。どうせ、ちんちくりんな能力しかもってへんやろ。そんで、冬子はんと一緒にいようなんて、おこがましいで」
「ちょっと待て。ちんちくりんな能力は失礼だろ」
空を飛べるだけの陳腐な力ではあるが、表立ってけなされては黙っているわけにはいかない。俺は腕まくりして立ち上がった。
「なんや、やる気か。言っておくが、あんさんよりはキャリアがあると自負しとる。怪我せんうちに、土下座でもしといた方がええんちゃうか」
「ふざけるな。土下座するのはどっちか思い知らせてやる」
お互いに鼻息荒く、火花を飛ばしあう。これがアニメなら、龍と虎のオーラがぶつかり合っているところだ。
「ああ、もう、暑苦しいからこんなところで喧嘩しないでよ」
シャツの襟もとを広げながら、聖奈が愚痴をこぼす。そこから谷間が見え隠れしているのだが、それに着目している余裕はなかった。
「元気いっぱいで、さすがは男の子ですね」
「所長、感心している場合じゃないわよ」
「ごめん、ごめん。翼君に渡君。せっかくだから、あいさつ代わりに、二人で手合せしてはどうですか。今日はあそこでの練習が休みのはずですから、リングが借りられると思いますし」
「リング? 貞子がどないしたんや。ツ〇ヤにでも行く気か」
そっちのリングではない。見たければ勝手に見ていてください。一度経験のある俺は、所長が意図していることを一瞬で理解した。
さっそく交渉へと所長は出かけていった。未だ不可解な表情を浮かべている渡に、聖奈が説明する。
「えっと、渡だっけ。このマンションの地下に、思い切り暴れることのできるとっておきの施設があるんだ」
「なんや、それ」
「行ってみれば分かる。そこで、翼と決着をつければいいだろ」
「よう分からんが、まあ、こいつと戦えるならどこでもええわ」
首を傾げてはいるものの、素直に俺たちに同行することになった。
俺にとっても数か月ぶりの来訪となる。エレベーターで地下まで下った先に存在するプロレスリング。牧野台プロレスジムだ。アメリカから来日したボブさんが経営しているプロレスジムで、俺が能力を手に入れたばかりのころ、ここで聖奈と模擬戦を行ったことがある。
「なるほど、こんなもんがあったとはな。これなら、思う存分戦えるやん」
ジムへと足を踏み入れた途端、渡が感嘆の声をもらした。すでに、所長はボブと話をつけたようで、リングのそばで待機していた。
「ヘイ、ユーが渡ですか。ワイルドボーイですね」
「せやろ。わいのセンスが分かるとは、あんさんさすがやで」
なぜか、一瞬で仲良くなって握手をかわしている。隆起した筋肉をむき出しにしているスキンヘッズのボブ。彼もまた、野性味あふれるという形容詞がしっくりくる男ではあった。
「さて、翼。さっさとリングにあがりーや。決着つけたるで」
図々しく、すでに渡はリングインしている。彼の辞書に遠慮という文字はないらしい。
固辞する理由などないので、俺もまたリングに上がる。集中的にスポットライトを当てられているせいでまぶしい。そんな中、渡は不敵な笑みで仁王立ちしていた。
俺は顔を叩くと、制服の上着を脱ぎ捨て上半身裸になった。
「ずいぶんやる気みたいやけど、貧相な体しとるな」
「帰宅部だから仕方ないだろ」
「そんなんで、冬子はんと一緒にいようなんて、ちゃんちゃらおかしいぜ」
「笑えるのは今のうちだ」
背中に貼りつけてある冷却シートを剥がす。抑圧されていた二対の翼が解放され、神々しいまでの姿を顕現する。これには、渡も嘆息をもらした。
「そいつがあんさんの能力か。もっと大層なもんを期待したが、これなら楽勝やな。じゃあ、こっちも能力を見せたる」
来るか。俺は身構え、渡の動向を探る。