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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第2部 相反~コントラリー~ 第2章 牙城渡
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第60話 渡の過去

 あれは、わいがまだ高校生の時やったな。塾の夏期講習の帰りにふと寄り道したんや。あんときは、受験一色やったからな。毎日、毎日、授業ばかりで頭がパンクしそうやったわ。

 まあ、寄り道言うても、大したことない。家に帰るために、ちょっとした近道をしただけや。夕暮れ時ってこともあって、あんまし人が通らんかったな。

 ほんで、誰もいない公園に差し掛かった時やった。すさまじい悪寒がしたんで、振り返ってみたんや。


 すると、どうや。なんと、マネキン人形がいきなり現れたんや。びっくらこいて、わいは腰抜かしてもうた。しかも、そのマネキン人形は、勝手に動くであかんわ。世も末かと思うたで。現代社会にお化けなんて、たちの悪い冗談やろ。

 しかも、そのマネキンは、ニカっと笑いよった。目も鼻もない顔に、唯一大きな口だけが存在し、そっから牙をむき出しにしとったんや。

 わては動転して、そこらに転がっとった石を投げつけた。けれども、マネキンはびくともせんかった。それどころか、むき出しにした牙で、わいに迫ってきおった。


 わいに覆いかぶさるように四つん這いになると、その牙を突き刺してきたんや。わいが顔をそむけたおかげで、その牙は地面に刺さった。けれども、少し顔を動かせば、その牙と接触する。おまけに、あのマネキンが這っとるせいで、立ち上がることもできん。

 そんな体勢で、あいつは、唇をのばしてきた。こんな化け物と接吻するなんてごめんや。けれども、その唇は注射針みたく変形しおった。その注射針は、わいの首筋へと接触し、その途端、全身に激痛が走ったんや。


 ああ、ここで死ぬんか。そう観念して、わいは目を閉じようとする。すると、いきなり顔の前をかすめていく、妙な物体があった。なにか思ったら、それは火の玉やった。まったくたまげたわ。いきなり火の玉が飛んでくるんやもん。

 それのせいで、マネキン人形は標的を変えたようやった。地面から牙を引っこ抜くと、それをむき出しにして威嚇しおった。すると、今度は氷の玉が飛んできた。と、ほぼ同時に、こっちに誰かが駆け寄ってくる。


 頭がぼんやりしとったけど、そいつは、きれいな目をした女の子やった。氷の玉でひるんだマネキンに飛び蹴りをかまし、わいから遠ざけた。

「炎や氷がダメなら、両方ぶつければいいじゃない」

 躊躇することなく、その娘はマネキンへと突進していった。牙で迎撃されると思われたが、それが及ばんように懐に潜り込んだ。そんで、掌底をくらわせた。そう思うたが、とんでもない爆撃音が響いたんや。


 マネキンは倒されたみたいやけど、とんでもない子が出てきおった。そんな感想を抱いて、わいは意識を失った。



「分かったやろ。絶体絶命のわいを助けて、そのうえ介護してくれたんが、冬子はんってわけや。やから、冬子はんは、わいの命の恩人になるわけや」

「介護したのは私じゃなくて所長だけどね。ようやく思い出したわ。前に所長と大阪に旅行に行ったときに異人と鉢合わせして、すんなり葬ったことがあった。その時に、巻き添えになった男を助けたけど、それがあんたってわけね」

「そうや。で、異人のことで困ったことがあったら連絡してくれって、青山はんの連絡先を教えてもろた。やから、わいはさっそく連絡を取ったった。『わいを助けてくれた美少女は誰か』ってな」

「そこから先は悪夢だったわよ。所長に『助けてもらったお礼がしたいんでしょ』って言われたから、こいつに私のメアドを教えたところ、迷惑メール並に感謝のメールが送りつけられるようになったの。それだけでも鬱陶しかったのに、まさか押しかけてくるなんてね」

 それって、立派なストーカーなんじゃ。冬子が彼と面会するのを拒んだ理由が分かった気がした。


「ところで、渡さんは大阪で活動してたんですよね。それがまたなんで、こっちに来ることになったのですか」

 その質問は、冬子や聖奈も気になっていたらしく、一同に聞き耳を立てる。

「青山はんから聞いた話やけど、こっちで、異人の活動が活発になっとるらしいんや。大阪にいた時は、数週間に1回ぐらいしか遭遇せんかったのに、こっちに来てからというもの、ここ数日で3回ぐらい戦っとる。ここらで、ゴキブリみたく大量発生しとるんちゃうか。

 ほんで、その異人を倒す手助けをするために、春からこっちの大学に入学したんや。やから、今は一人暮らしをしとる」

「つまり、異人を倒すためだけに、県外の大学を受験したってことか」

「それもあるけど、一番は、冬子はんに会うことやで」

 渡が冬子に向けてウィンクすると、冬子はソファにしがみついた。とっとと警察に突き出した方がいいレベルのストーカーなんじゃないのか、こいつ。

 それはそうと、異人と初めて遭遇してから遠出していないというせいもあるが、この近辺で異人がやたらと出現しているなんて話は初耳だった。言われてみれば、数日に1回は異人の気配を感じ取ることができる。この地に秘密でもあるのだろうか。


「おそらくだけど、それは私のせいかもしれないわ」

 冬子が意外な結論を下した。いや、お前のせいかよ。

「私は意図的に異人を倒しまわっている。そのうえ、やつらの間で裏切り者とされているブリザードの娘でもある。やつらの計画にとって、私は最も邪魔な存在であることは間違いないから、集中的に排除しようとしていてもおかしくないわね」

 自分が狙われていると知って、そこまで冷静に分析できるって、どんな胆力しているんだ。ただ、冬子の説は納得できる。俺たちの中で最強の実力を持っているのは間違いなく冬子。彼女を倒せば、一気に計画を進められるというのは、子供でも思いつきそうな兵法だ。


「ところで、わいからも気になっとることを聞いてええか」

 渡は唐突に、俺を指差した。

「冬子はんは、言わずもがな。青山はんは、この事務所の所長で、聖奈はんは、わいと同じ大学に通ってるっていうのは分かっとるんやけど、あんさんが何者かがいまいちよう分からん」

「いや、何者と言われても」

 高校生としか答えようがない。

「まだ紹介していませんでしたか。こちらは東雲翼君。ちょっと前に異人の力を手に入れた、お嬢さんと同じ高校のクラスメイトですよ」

 所長が模範的な代弁をした。俺の立ち位置を説明するならそういうことになる。

 しかし、これが火種になるとは思いもよらなかった。

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