第59話 冬子と渡の意外な関係
「ほら、さっさと選びなさい」
「少し黙れよ。大事な場面なんだから」
俺の手に握られているのはハートのジャック。対して、冬子の手札は二枚。その中身は明らかだ。一方がハートのジャック、そしてもう一方がジョーカー。
この局面、ハートのジャックを引き当てれば俺が勝つ。しかし、失敗すれば冬子に手番が移る。勝率50パーセントのサドンデスバトルが続いていく。
しかも、たちが悪いことに、ポーカーフェイスを保つためか、冬子は例のぐるぐる眼鏡を着用している。これでは、単純に二分の一で勝負するしかない。右か、左か。いざ、尋常に勝負。
俺が右のカードを抜き取った時、事務所のインターフォンが鳴らされた。俺がそちらに気を取られている間に、元々手札にしていたカードが抜き去られた。
所長が対応している間に、俺は唯一残されたカードを確認する。って、おい。
「冬子、いきなりカードを抜くなんて卑怯だぞ」
「油断したあんたが悪いんでしょ。勝ちは勝ちよ」
俺の手の中にあったジョーカーがいやらしい笑みを浮かべていた。俺はそいつに冬子を重ねるのだった。
「いやあ、待ってましたよ、聖奈さん」
「待ってたのは、私じゃなくて、くっついてきたこいつじゃないのか」
「くっついてきたってのは失敬やないか」
所長と聖奈の後に続き、見知らぬ男が入室してくる。夏場だというのにマスクをしている。夏風邪だろうか。そうじゃなければ、最近流行している伊達マスク。女でそれをしている人はたびたび見かけるが、男のそれは珍しいかもしれない。
その男が入ってきた途端、冬子が長椅子の影に隠れた。
「どうした、冬子」
「話しかけないで。私のことはいないって扱いにして」
意味不明な要望を突きつけられた。かくれんぼに及ぶまでのスピードが忍者並だったぞ。
「さて、紹介しますよ。って、お嬢さんがいませんね」
「ここにはいないみたいですよ」
「トイレにでも行ったのでしょうか。まあ、お嬢さんは彼のことは知っているでしょうから、先に紹介しておきましょう。こちらが、牙城渡君。翼君や聖奈さんと同じく、異人と戦っている仲間です」
「そういうことや、よろしゅうな」
親指を立て、人差し指と薬指を伸ばしたサインで空を切る。野性味溢れる印象だが、別に悪い人ってわけでもなさそうだ。
「なあ、青山はん。ここに来れば、冬子はんに会わせてくれるって約束やろ。どこにいるんや」
「本当にどこに行ったんでしょうね。翼くん、知りませんか」
「さあ、どこでしょうね」
冬子が目的だって。この男と因果関係でもあるのか。
その冬子は、こっそりと事務所から脱出しようとほふく前進で移動を開始している。制服のスカートがずれそうになっているがお構いなしのようだ。白い布切れが見え隠れしていることを指摘するべきかどうか。それに、この状況で、それで脱出できるわけないと思うぞ。
案の定、冬子の野望はあえなく瓦解した。
「あうっ」
突然間抜けな声があがった。一斉に、芋虫のマネをしている冬子に視線が集まる。どうやら、前方不注意で机の角に激突したのだった。額に手を当ててうずくまっている。こいつのドジっ娘属性のことを忘れていた。
「冬子、あんた何や」
何やってんのと聖奈が言おうとしたのを遮って、渡が飛び出した。
「冬子はん!! 会いたかったで!!」
なすすべもなく抱擁される冬子。なんなんだ、こいつ。冬子は迷惑そうにもがくが、渡は一向に放す気配がない。
「渡くん、いい加減にしないと、わいせつ罪が成立しますからやめておきなさい」
「そうやったな。いやあ、ようやく会えたから興奮してもうた」
ようやく解放された冬子がせき込む。悪寒だと思うが、小動物のように震えている。テレビで有名なアイドルと対面したとしても、この所業はなかなかできるようなものじゃないぞ。ましてや、相手はあの夏木冬子だ。一体、この男と冬子の間に何があったんだ。
「だから、嫌だったのよ。豆でもまいておけばよかったわ」
それで退散するのは節分の鬼です。この男だったら、喜んで食べるんじゃないか。
「いきなり抱き付いて悪かったな。でも、あんさんは命の恩人やさかい、どうしても衝動が抑えきれんくってな」
「命の恩人って、あんたを助けた覚えなんてないわよ」
「とぼけなくても大丈夫や。わいがちゃんと覚えとる。っていうか、あんな化け物をぶっ倒す左右で目の色が違う女の子なんて、嫌でも頭に入るやろ。ほら、今のあんさんは、あの時の少女と全く同じやし」
いきなり抱き付かれた衝撃からか、ぐるぐる眼鏡が外れ、オッドアイを晒している状態になっていた。冬子は眼鏡を拾うと、諦めたかのようにケースにしまった。
「渡さんでしたっけ。冬子と何があったんですか」
「それは私も聞きたいな。訳もなくあんなことをしたなら、女としてあんたを蹴り飛ばさないと気が済まない」
聖奈はさりげなく尻尾を伸ばしている。その状態で蹴り飛ばしたら、肋骨の一、二本は粉砕するんじゃないか。
「せやから、冬子はんは命の恩人やて。まあ、あんさんらがそこまで気になるなら、あのことを聞かせたるわ」
渡は図々しく長椅子に腰掛けると語り出した。