第57話 新しい仲間
とりあえず、今日のところは帰宅しよう。俺はポケットに忍ばせていた携帯電話を確認する。清川高校では校則で携帯電話の持ち込みは禁止されている。しかし、それを律儀に守っている者は皆無だ。休み時間にゲームアプリをやっている猛者もいるくらいだし。
とはいえ、着信を鳴らせば一発で没収されるので、常時マナーモードというのが鉄則である。なので、メールは放課後にまとめて確認するしかない。
画面を立ち上げると、1件のメールが届いていた。差出人は……、
「所長さん。意外なところから来たな」
大抵は、篠原が至極くだらない内容(今度、迷惑花火野郎を捕まえに行こうぜ等)を送ってくるのだが、所長から連絡されるのは稀だ。異人が出たとしても、冬子がさっさと片付けてしまっているので、俺が出るまでもないという事情があるかもしれない。
逆に、連絡があるということは、この前のブラッドぐらいの強敵が出現したかもしれない。俺は恐る恐る本文を表示させる。
「紹介したい人がいるので、学校が終わったら夏木探偵事務所まで来てくれませんか」
簡潔にこの一文で終了していた。とりあえず、強敵出現みたいな危機ではなさそうだ。紹介したい人か。一体誰だろ。俺は指示通り、夏木探偵事務所まで向かうことにした。
と、その前に母さんに「勉強会で遅くなる」とメールを送っておく。帰宅部である俺が遅くに帰ったりしたら怪しまれるのは自明だからだ。実はこれ、異人の能力を手に入れた時に寝込んで事務所で一晩を明かした際に所長が使った手なんだけどね。
清川高校から3駅先。幾度か通ったせいか、完全に道のりを覚えてしまった夏木探偵事務所にたどり着く。外観はマンションだが、ここの3階にテナントを構えている。エレベーターでそこまで昇り、事務所のチャイムを鳴らす。
しばらくして、所長が顔を出した。
「やあ、翼君。メール見てくれましたね」
「はい。紹介したい人って、誰なんですか」
「それが、当の本人がまだ到着していないみたいなんですよ。おまけに、聖奈さんもまだ来ていないみたいですし。まあ、中でゆっくりしていってください」
ドアをくぐり、応接間へと招き入れられる。満身創痍になった時に横たわっていたソファーが待ち構える。このソファーを前にすると、冬子のあられもない姿がフラッシュバックするのだが、すでにそこでくつろいでいる当人は、きちんとめかしこんでいた。とはいえ、まだ着替えていないのか、学校の制服のままであったが。
「ずいぶん遅かったわね。どうせ道草でもしてたんでしょうけど」
そう言いながらも、文庫本から顔をあげようとしない。自宅とあってか、いつものぐるぐる眼鏡はかけておらず、オッドアイの瞳を顕わにしている。
ご指摘の通り、道草をしていた。それも、クラスメイトの女の子に呼び出された。そんなことをまともに打ち明けたら、冬子はどんな反応をするだろうか。試してみたいが、嫉妬されて半殺しにされるのはご免だ。それに、瞳から聞いた「共存を望む異人」のことを話すのは時期尚早だろう。
「そろそろ来てもいいころなんですが、道に迷っているのでしょうか」
所長はさっきから時計と睨めっこしている。
「あの、さっきの質問にまだ答えてもらっていないんですが、俺に紹介したい人ってどんな人ですか」
「ああ、うっかりしていました。そうですね、簡単に言うなら一緒に異人と戦う仲間ってところでしょうか。けれども、ひと癖ある人ですから、慣れるには時間がかかるかもしれませんね」
この事務所で異人と戦うことができるのは、俺、冬子、聖奈の3人。それにもう1人加わるってことか。アニメとかでも、味方への新メンバー加入はベタではあるが盛り上がる展開だ。
ふと、電話が鳴り響く。慌てて所長が受話器を取った。
「もしもし。ああ、聖奈さんですか。いやあ、遅いから心配しましたよ」
電話の相手は聖奈のようだ。今更ではあるが、ここでバイトしている彼女がまだ来ていないというのは妙だ。いつもは大学に通っているというから、そちらでやむにやまぬ事情でもあったのだろうか。
「え? 事務所の場所を探している変な男に付きまとわれている。で、その男の特徴は……」
聖奈の話をもとに、メモ書きをしている。ストーカーって、所長の本業が発揮される時が来たか。
しかし、問題の男の特徴を聞き終わった所長の反応は淡泊だった。
「ああ、もしかしたら、その男が前に話した紹介したい人かもしれません。僕の方で聞いている特徴と合致しますし。そのままこっちまで案内して大丈夫ですよ。……ええ、お嬢さんに翼くんも揃っていますので、なるべく早く来てください」
そうして、受話器を下す。
「どうやら、今からこっちに聖奈さんと一緒に向かっているそうです。聖奈さんの大学からだとすると、30分強でしょうか」
事務所のある牧野台から7駅先の公立千木大学に通っているって聞いたな。進路指導室でそこの偏差値を調べたことがあるが、56くらいの中堅校だった覚えがある。
「まだ少し時間もありますし、トランプでもやりますか」
机の引き出しから、手品でよく使われているトランプを取り出す。いや、遊んでないで仕事してください。
しかし、結局冬子を交え3人でババ抜きをすることになった。