第56話 瞳の主張
「それで、東雲君は、どんな能力を持っているのですか」
「えっと、見せなくちゃいけないか」
「当然ですよ。私だって、こんな気持ち悪い目は、本当は見せたくなかったんですから。東雲君だけはぐらかすなんて卑怯です」
頬を膨らませて抗議する。そういう態度を取られたら、あれを明かすしかない。
「見せてもいいけど、絶対に悲鳴をあげないでくれよ」
そう断りを入れて、俺は上着を脱ぎだす。
最初は何をやっているのか理解できないでいるようだった瞳だが、俺が最後の砦のシャツに手をかけると、急に慌てだした。
「ちょ、ちょっと、東雲君。能力を見せてとは言いましたけど、そ、そんなことは望んでませんよ」
「大丈夫だ。脱ぐのはこれだけだから」
「逆に、それ以上脱いだら訴えますよ」
俺も、そのくらいの常識は持っている。ふとした拍子に、こっちに人が来ないかが心配だった。
やがて、上半身裸になった俺は、仕上げとして背中の冷却シートを外した。束縛から解放された二対の純白の羽が、その姿を顕現する。
「それが、東雲君の能力」
「見たまんま、『翼~ウィング~』だ」
呆気にとられて開口している瞳。試しに低空浮遊してみると、軽い拍手が巻き起こった。
「もしかして、ちょっと前に話題になった天使って、東雲君なんですか」
「ああ、そんなのもあったな」
冬子からは散々文句を言われたが。
夏とはいえ、いつまでも半裸でいるわけにはいかないので、俺はそそくさと上着を身に着ける。その間、瞳は目を伏せながら、手探りで額にガーゼを貼っている。
「それで、お互いに異人の力を持っていると分かったところで、そろそろ要件を話してくれないか。まさか、能力者であると確かめたかっただけじゃあるまいし」
「そうですね。あまり長居しすぎると、誰か来るかもしれないので、簡潔に言います。
これ以上、無闇に異人を倒すのは止めてもらえませんか」
あまりにも意外な言葉だった。異人を倒すなって、やつらは人間の世界を侵略しようとしている外敵だぞ。あのまま野放しにしたら、俺たちの世界が乗っ取られてしまうというのに。
「もちろん、異人が人間たちに復讐しようとしているのは分かっています。でも、なんとか戦わずに済む方法はないかなって思うんです」
「やつらと和解しようとでも言うのか」
逆に、そんなことが可能なのだろうか。アブノーマルとかは、そもそも言語による意思疎通ができない。最上位種と呼ばれる個体なら会話できるが、話が通じるかどうかは別問題だ。もしも、最上位種がブラッドみたいなやつばかりだとしたら。正直、あいつとまともに会話できるとは思えない。
「そもそも、なんでそんな考えを持つようになったんだ」
「とある異人と出会った時に聞かされたのです。異人といっても、マネキンみたいなのじゃなくて、私たちとよく似た、それこそ、人間と変わりない姿をしていました。
しかも、私たちと同じ言語をしゃべり、はっきりとこう言ったんです。
『わたしは、人間との共存を目指している』
初めは信じられなかったのですが、度々その異人と出会い、説得されました。共存のためには、人間の協力が必要だと。
私自身も、無益な戦いは望んでいません。だから、異人と人間が仲良く暮らせるのなら、そのために協力できないかなって思ったんです」
問題の異人の正体がはっきりしないのが難点だが、俺たちとの共存を考えている異人がいるというのは興味深い事案であった。
「できれば、東雲くんにも、その異人と会ってもらいたいんですけど、あいにく神出鬼没で、どこに行けば出会えるか見当がつかないんです」
「だからって、人気のない場所をしらみつぶしに探すわけにはいかないしな」
異人に対し、並外れた感知能力を持つ冬子なら、あるいは可能かもしれない。しかし、異人と共存するなんて考えを彼女が受け入れるとは到底考えにくい。そもそも、ブラッド並に偏屈な相手だし。
「とりあえず、異人と共存するって考えがあるって分かってもらえれば、今日のところは満足です」
「分かった。頭に入れておくよ」
そう返答すると、瞳は微笑み、「じゃあ、これで。お付き合いしてくれてありがとうございます」と別れの挨拶を残して去って行った。
ひょっとするとの色恋情事ではなかったとはいえ、思わぬ収穫があったのは事実だ。とはいえ、それを冬子たちに明かしてもいいのか、まだ判断がつかない。冬子の両親の件もあるし、すんなりとやつらが共存を望んでいるとは信じにくいのだ。
でも、完全に否定するのもどうかと思う。現に、冬子の母はどうだろう。一目惚れがきっかけとはいえ、人間の世界で冬子を産み、育てている。少なくとも、最上位種に関しては、人間社会での生活能力があるのではないか。ならば、共存が不可能とも言い切れない。
今の段階ではどうにも判断がつけにくい。こうなれば、瞳が話していた「共存を望む異人」とやらに会ってみるべきか。すんなり出会える見込みはないが。