第52話 班決めをしよう
ここから第2部開始。しばらくは日常回が続きます。
蝉の鳴き声が響く。うだるような暑さの中、俺たちは浮足立っていた。そりゃそうだろう。あと少しで夏休みなのだから。
これから特別なことが起きるような気分にさせられるが、ここのところは相変わらずの日々を過ごしている。いや、俺にとっては、ここ最近は相変わらずで片づけてしまっていいのか疑問がある。どこの世界に、学校帰りに化け物退治をしている高校生がいるだろうか。
異人。人間たちに知られることなく、この世界を侵略しようと企む異形の存在。そいつに「細胞注射」という行為を施され、俺は異人と戦う力を得た。とはいえ、代償がなかったわけではない。日常生活を送る上では邪魔でしかない、あまりにも高すぎる身体能力がその一つ。
なにせ、この前も茶碗を間違って握力だけで粉砕してしまったからな。まあ、不都合ばかりでなく、治癒能力も向上しているというのも大きい。背中に負った大怪我も、1週間ほどで完治してしまったぐらいだし。
そして、それよりも厄介なのは、背中に生えた翼だ。肩甲骨に冷却シートを貼っていれば発現を抑えることができるものの、ふとした拍子にこんなものを出現させたらどんなことになるか。
あと、どうでもいいことだけれど、俺の名前が「翼」だからって、翼が生えたなんて笑えない冗談でしかない。
異人の能力を持っているということを明かされたら、いろいろと面倒なことになる。だから、異人の存在と共に、この力のことは秘密にしておくというのが原則だ。それゆえ、普段の学校生活は、異人と出会う前と驚くほど変化がない。
その点からすると、相変わらずなのは冬子も同じだろう。あんなことがあったから態度に変化があるかと思いきや、
「変につけあがってるんじゃないわよ。学校では馴れ馴れしく話しかけたりしないでね」
なんて、釘を刺される始末だ。彼女もまた、他人と関わることをせず、一人黙々と文庫本と睨めっこしている。意図的にそうしていると分かってはいるものの、なんだか不憫でならない。だからといって、変にちょっかいを出したら毒を吐かれるだけではあるが。
そんな冬子の徹底的孤独主義は、今日も遺憾なく発揮されてしまうのだった。
それは、5時間目の現代社会の授業でのことであった。昼食を食べた後で、なおかつ、一日のうちでもっとも気温が高くなる時間帯でもある。眠い、暑いの二重苦で、まともに授業なんか受けていられないというのが俺たちの総意だ。
それを察した親切心からか、現代社会担当の小杉先生は、突拍子もない提案をした。
「授業を始める……と言いたいところだが、こうも暑いと、まともに座学なんかやっても頭に入らないだろう。だから、今日は趣向を変えてディベートをやる。知ってるか、お前ら。今じゃ、就職活動でも、こういった話し合いを選考に取り入れている企業が多いんだぞ」
彼なりの親切心だろうが、俺たちの反応はブーイングだった。本当に俺たちのことを考えているなら、授業中止、妥協して自習が正解だ。
まあ、そんな無茶苦茶な要求が通らないのが学校生活というやつだ。文句は封殺され、俺たちはディベートを決行することになった。
先生は黒板に「裁判員裁判について」と板書する。最近、三権分立について習ったので、そこから派生したテーマだろう。裁判に一般市民も参加して、その意見も判決に反映するとか、そんな制度だったよな。
「2009年より施行されている裁判員裁判制度。この制度について賛成か反対かをグループで話し合って、その理由も考えてもらいたい。授業の終わりに代表者はグループの意見を発表してもらうから、そのつもりでな」
余計にやる気を削ぐ発案である。これで、適当におしゃべりしてやり過ごすという裏技も禁じられてしまったのだ。
俺たちのことを考えているようで微妙にずれているこの教師は、更に余計な縛りまで加えてきた。
「話し合いのグループだが、席が近い者同士で組んでも面白くないだろう。だから、お前たちで好きにメンバーを選んでいいぞ。ただし、男子ばかり、女子ばかりでは味気ないから、男女混合のグループにすること。それが条件だ。人数は6人ぐらいがいいだろう」
とんでもない波紋を投じてきやがった。グループ決め。修学旅行の準備を思い出してもらえば分かるが、あれが一番もめる瞬間だ。その時のクラス内の勢力図が露骨に出現してしまう。
当然のことながら、いつもの仲良しグループである程度はまとまりができる。
「翼、俺と組もうぜ」
俺は、順当に篠原と一緒の班になる。ついで、篠原と同じくバレー部だという木村も班に加わる。これで3人だ。
いつも大人数でつるんでいる、たとえば級長の榊のグループなんかは、「グーとパーで別れ」で人数を細分化しようとする。それでも、先生が設定した人数の半分は難なく決まるだろう。問題はここからだ。
男女混合にすること。これが厄介だ。高校生といえども、まだ男女間の壁は残っている。どのグループ同士で合体して最終的な班を形成するか。ある種の心理戦が展開される。
ここで、能動的にある女子のグループに声をかけるとしよう。その場合、こんな憶測が飛び交う恐れがある。
「あのグループの誰かに気があるんじゃね」
男女間の恋愛事情。高校の人間関係において、最大度の注目を集めるのはこれだ。だから、皆、品定めをするかのようにふるまい、迂闊に動こうとしない。
「お前ら、早く班を決めないと時間がなくなるぞ」
この騒動を巻き起こした張本人が発破をかける。早く議論させたければ、席の近い順でよかったはずだ。
「時間内にまとまらなかったら、レポートにして提出してもらうぞ」
俺たちが嫌悪する手段を行使しやがった。学生生活において忌むべき存在「宿題」。学校が終わってまで勉学に縛られたくない俺たちは、全力でそれを回避しようとする。
結果、しぶしぶながらも、班が完成していく。
「オレたちも早く決めないとまずいぜ」
「そうだな」
篠原の友人である木村にそそのかされ、俺は視線を巡らす。大部分が班を決定して、残っているのはあと僅かだ。さて、どうするか。
「あ、あの、すみません」
オドオドと話しかけられた。そこにいたのは、上目遣いをしている標準体型の女生徒。長い髪をツインテールにして、額を隠すように前髪を伸ばしている。名前は……伊勢瞳だったな。冬子程ではないが、普段はあまり目立つことなく、静かに気のしれた友人とおしゃべりしている。
彼女もまた、その友人及川と二人で、班を決められずにいるようだ。
「伊勢さんもまだ班が決まってないんだ。だったら、俺たちと組もうぜ」
「はい、よろしくお願いします」
篠原の提案に対し、一礼して応じる。これで、男女混合という条件は達成された。
ようやくディベートに移るかと思われたが、ここで最後の関門が待ち受ける。これが、最も揉める瞬間であるだろう。
学校生活においては、どうしても仲良しグループから外れてしまう生徒がいる。班決めにおいては、そんな彼、彼女もまたグループに加えなくてはいけない。孤立している側の生徒が能動的にグループに加わろうとすることは稀だ。それができないから、疎外されているというのがお決まりである。そうなると、どこかのグループが仕方なく招き入れるしかない。
そして、最後までどのグループに属することなく残された存在。それは、夏木冬子だったのだ。