第50話 ブラッドとの決着
今回は特別に、いつもより増量しています。
作戦会議に痺れを切らしたブラッドが、血反吐の弾丸を連射する。二手に分かれてそれを回避したところで、ミッションスタートだ。
まずは、お互いひたすら走って逃げる。両者別方向に逃げているせいで、ブラッドは目標を定められずにいる。出鱈目に爪で切り裂いたり、血反吐を吐き出したりする。こんな当てずっぽうなら、かわすのは楽勝だ。
逃げ回っているように見せかけ、別の岩石の影で合流する。そこに集合したのを見破られ、すぐさま岩石が破壊される。だが、それはそれで構わない。この時に「あるもの」を冬子から受け取れば、作戦の第一段階が完了だ。
「こっちよ、ブラッド」
俺がすぐさま岩石から離脱し、冬子はその場でブラッドに火の玉をぶつける。
「あんな戦う気もなく逃げ回っているやつを追いかけて楽しいわけ? それとも、あんな雑魚しか相手にできないのなら、あんたも大したことないわね」
失礼すぎる挑発だが、なんとか目標は果たしたようだ。ブラッドは地上の冬子へと爪を振るう。俺とは別方向に冬子はダッシュする。
火の玉で牽制しながらも、冬子にはある地点までブラッドを誘い出してもらう。俺は迂回しながらも、それとは別の地点まで飛空する。主に片翼しか使えないせいで、見当違いの方向に流されていってしまう。ただ、地上からあんなところに到達するには、これ以上の労力を要するはずだ。
俺が目指しているのは、高さ数十メートルになろうかという岩壁の頂上。そして、ブラッドをおびき寄せたのは、その岩壁の真下だった。
あと少しで頂上というところで、冬子が目的地に着いたようだ。そこで立ち止まった彼女を前に、ブラッドは「観念した」と判断したのだろうか。雄たけびをあげながら、体を大きく反らせる。すると、両腕が不自然に膨張した。手のひらの傷口から、こらえきれずに青色の血液がしたたり落ちている。
この形態のブラッドもまたあの技を使うことができるとしたら、かなりのピンチだ。冬子を助けに行きたいが、それをやると自ら作戦をご破算にしてしまう。ここは、冬子を信じるしかない。
「あの技でも使うつもり。なら、私も最大火力で相手してあげる」
そういうと、冬子は両手の親指を重ね合わせた。いつも片手で生成している火の玉が、両手によって生み出されようとしている。当然のことながら、その威力は単純計算で二倍といったところか。
しかし、先手で技を発動していたブラッドに分があった。冬子が力を込め終るより先に、あの血流ビームが発射された。人間形態のブラッドと同じ技ではあるものの、心なしか威力が上がっているように感じる。やつが化け物になっているがゆえの先入観かもしれないが。
なんとか頂上にたどり着いたものの、冬子のことが心配でならなかった。直撃を受けたら、作戦どころじゃない。
だが、それは杞憂に終わりそうだった。正面から弾きかえすのは無理と判断した冬子は、岩壁を犠牲に、横跳びで逃れたのだ。すさまじい振動が俺を襲うが、どのみち、作戦の最終段階を実行するのは今しかない。俺はある一点を目指してダイブした。
地面を蹴り、時間差で巨大な火の玉を投げつける冬子。ビーム発射後に硬直していたブラッドに難なく命中する。しかし、唸っただけで、致命傷には至らない。
「それが全力かぁ」と詰るかのように、ブラッドは口角をあげる。が、全く同じ動作を冬子がお見舞いした。
「勘違いしてんじゃないわ。あの炎が私、いや、私たちの全力なわけないじゃない。あんたは、かの名言を知らないみたいね」
冬子はブラッドの喉元を指差し、堂々と間違った名言を宣告した。
「炎がだめなら、氷を使えばいいじゃない」
そう。俺のこの一撃こそが本命。あの岩壁から俺は「あるもの」を携えて飛び降りた。それは、冬子が作り出した氷のつらら。
そして、俺が落下していっている先にあるのは、やつの心臓があるはずの胸元。気合の雄たけびを上げながら突撃していったため、ブラッドはさっと振り返る。それがむしろ吉と出た。
俺の手にしたつららは、ブラッドの左胸を串刺しにし、そのまま縺れこむようにして、急速落下していった。
冬子の全力の炎はあくまでカモフラージュ。本命は、岩壁から飛び降りた際の引力を味方につけた、俺の剣撃。やつがどんな化け物だろうと、直接心臓を傷つけられれば無事でいるはずがない。
「くたばれぇぇ!!」
叫びながら、ブラッドを叩きつけるようにして、俺は地面へと撃墜した。
砂埃が舞い上がる。どうなった。砂塵と激痛でまともに瞼を開けていられない。
「翼!」
冬子が駆け寄ってくる。そんな足音がしただけだが、この状況下、俺へと接近するとしたら、冬子ぐらいだろう。
俺は、砕け散ってわずかな破片しか残っていないつららを支えにし、ゆっくりと体を起こす。なんとか視界が回復してきた。うっすらとしか彼女を捉えられない。それでも、震える体で、俺はブイサインをしてみせる。
「バカ」
なじりつつも、冬子は嬉しそうにほほ笑んだ。
「おめぇら、やりやがったな」
横たわっていた悪魔がその身を痙攣させる。嘘だろ。俺は、冬子に肩を借りながら、そこから退く。
つららの破片を左胸に残したまま、ブラッドが立ち上がった。胸を串刺しにされて無事って、まさに化け物だ。
「正直、こいつは効いたぜぇ。あと少し下にずれてたら、確実にお陀仏だったかもなぁ」
どうやら、俺の一撃は心臓よりも上を突き刺していたらしい。こうなってしまったら、万策尽きたと認めるしかない。俺はもちろん、冬子にもまともに戦うことのできる力は残っていないだろう。これ以上、やつの攻撃を防ぐのはまず不可能だ。
だが、そんな心配をする必要もないようだ。ブラッドは胸のつららを押さえると片膝をついた。
「畜生。なんだか、意識が朦朧としてきたぜぇ。力を使いすぎたせいか」
血反吐を吐くが、硬化することなく、気色悪い青い液体がしたたり落ちるだけだった。やつの特殊能力が発動していない。もしかして、もう戦う力が残っていないってことか。
それを証明するように、ブラッドはうつぶせに倒れた。刺突していたつららが砕け散る。やったのか。正直、フェイクじゃないかと心配になる。
すると、冬子は無言のままブラッドまで歩を進め、やつの前でかかんだ。そして、非常にも顎を掴むと、無理やり顔を上げさせた。
「気絶するのは勝手だけど、あんたに聞いておきたいことがあるの。まだ、質問には答えられるわよね」
冬子さん、それ、正義の味方がやることじゃないから。そもそも、そんなつもりで戦っていない彼女に、そんなことを説いても無駄ではあるが。
「おいおい、このまま眠らせてくれよぉ。すげぇ気分が悪いからよぉ、手短に頼むぜぇ」
ブラッドも迷惑そうだった。そりゃそうだろう。
「なら、単刀直入に言うわ。私の両親を殺した金髪の男の異人。あいつは何者なの」
金髪の男の異人。昨日、冬子が語った過去の話に出てきたあいつか。確かに、異人の中でもかなりの実力を誇るこいつであれば、その情報を握っているかもしれない。それに、言葉による意思疎通が可能という点で、やつの口を割らせたい。冬子の無茶振りはそういうことだろう。
ブラッドの返答を固唾をのんで見守る。いくらなんでも、そう簡単に暴露しないだろう。そう悲観的になっていたのだが、
「そんなに知りたきゃ、教えてやってもいいぜぇ」
あっさりと明かしてくれるようだ。
「おめぇの母親、ブリザードだっけなぁ、そいつを殺したのは、オレたちの主だぁ」
主。ブラッドが幾度となく口にしていた存在。主というからには、やつらを統率している大ボス。RPGに例えるなら、最後に待ち構えるラスボスということか。
「はっきり言って、主の強さは異常だぁ。おめぇらが束になったところで、勝てるとは思えねぇ」
「その主とやらは、今どこに」
その質問に答えられることはなかった。突然、俺たちの視界を白いもやが覆い隠したのだ。そして、あの超高速移動が待ち受ける。
異人たちの世界へと強制的に送還された時と同じ感覚。それがまた発生しているということは、その逆が俺たちの身に降りかかっているということだろう。つまりは、人間の世界への帰還。
どうして、急にそんなことが起こったか。ブラッドは、元の世界へ戻る条件として、こんなことを口にしていなかったか。
「もしくは、オレが気絶するかだぁ」
冬子は口惜しそうな顔をしているだろうが、ともあれ、勝利をもぎ取ったことは間違いない。
満身創痍の身に、物理法則無視の超高速移動は酷だ。元の霊園へと帰還した時には、足元がおぼつかなかった。
「冬子、翼」
俺たち二人は仲好く、聖奈の方へと倒れこんだ。そこで、俺の意識は途切れていく。
本日中にもう1話更新する予定です。
次回更新分で、第1部が完結します。