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異人~こととびと~  作者: 橋比呂コー
第1部 出会い~エンカウンター~ 第6章 ブラッドとの決戦
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第49話 俺の秘策

「おめぇら、気を付けた方がいいぜぇ。この姿で戦っているとなぁ、次第に戦うこと自体が楽しくなってくる。正気を失ったオレは、何をするか分かったもんじゃねぇぜ」

「強い力と引き換えに自我を失うってわけ。漫画でありがちな展開ね」

 それはそうだが、そんな化け物と本当に対峙するなら、相当に厄介だぞ。


 やつの言葉を実証するかのように、ブラッドの攻撃は熾烈さを極めていく。こちらに息継ぎの暇さえ与えないほどの切り裂き攻撃を仕掛けてきたかと思いきや、遠距離から血反吐を連発してくる。おかげで、こちらは防戦一方だ。反撃なんてできそうもない。

 更に、相手も飛行能力があるというのが曲者だった。これでは、空中戦ができるという俺のアドバンテージが無意味になってしまう。しかも、冬子よりも俺を集中的に狙っているようだ。冬子が地上から炎や氷やらをぶつけてきているが、漂々とかわし、空飛ぶ俺に追いすがってくるのだ。

 獣は静止しているものよりも、動くものに興味を持つという。最小限の動きで、反撃の機会を窺う冬子に対し、俺は回避のために縦横無尽に飛び回っている。理性が崩壊しつつあるブラッドがどっちを狙うかは容易に想像できる。


 あれを倒すとするなら、武器になるのは冬子の能力しかない。

「冬子。お前、あのエネルギーの爆発って使えるか」

 飛行しつつ、冬子に声をかける。あの技をぶつければ、今度こそ倒せるかもしれない。しかし、

「簡単に言うけど、あれはかなりの体力を使うの。今だって、やつを牽制するのに能力を使ってるのよ。あの技は当てにしない方がいいわ」

 エネルギーの衝撃波はダメか。だからといって、通常の炎や氷では効果がなさそうだ。地上から放たれている攻撃は明らかに命中してはいるものの、ブラッドは一向に攻撃の手を緩めようとしない。


 逃げの一手に徹底していたが、その限界が遂に訪れた。ブラッドがすれ違いざまに爪での切り裂きを放つ。降下してそれを回避。その後、上昇して体勢を整えようとする。だが、その隙を狙ったかのように、血反吐が吐き出される。

 それは俺の左の翼を貫いた。大きくバランスを欠き、地上へと吸い寄せられていく。持ち直そうとしても、片翼では俺の体重すら支えることができない。

 しかも、落下地点が最悪だった。迫りくるのは巨大な岩石。でこぼこした表面に激突するとなると、相当な痛みが走ることは想像に難くない。

 泣きっ面に蜂と申すか、そのうえ、ブラッドが俺をめがけて急降下してきた。鷲づかみにするかのように広げられた指先からは、鋭利な爪が俺を狙っている。


「翼!!」

 冬子が声を張り上げる。最後まで上昇しようとしたものの、その努力もむなしく、俺は岩壁へと叩き付けられた。そして、ブラッドの爪が突撃して、その衝撃で岩石は粉砕された。


 あぁ、これは、流石に死んだな。全身に尋常じゃないほどの激痛が走っている。あばら骨の一、二本は持っていかれたかもしれない。ひどい眩暈だ。急激に吐き気が襲う。

 このまま気を失えば、元の世界に帰ることができる。いや、そんなことはないか。帰ったところで、このままじゃ確実にお陀仏だろう。

 冬子を助ける。そんな見栄を切ったのに、なんて様だ。こうなるんだったら、素直に家で寛いでいた方が良かったかもしれない。そう。あの電話で切羽詰って家を飛び出さなければ、父さんや母さんに心配かけることなく、家でダラダラしていたのだ。


 やっぱり、オレはその程度の男だったのか。


「翼」

 俺の胸が揺さぶられる。薄れていく視界の中でもくっきりと映える二色。紅と蒼。

「起きなさいよ、このバカ」

 こんな場面に罵るなんて、相変わらずだぜ。バカと言った方がバカって名言を知らないのか。


 それにしても。俺がこのまま死んだら、誰がこのバカを守るのだろう。聖奈さん? 彼女も相当強いし、安心して任せることができる。

 いや、それでいいのか。そもそも、俺はどうしてこんなところまで来た。冬子を守る。それは詭弁だったか。


 彼女をこんなところに置き去りにして、一人安住する。今となっては安眠になるかもしれないが、とにかく、そんなふざけたマネはできるか。


 割れるように痛む頭を押さえつつ、ゆっくりと上半身を起こす。足元に転がる小石につまづきそうになる。すると、さっと支えられた。冬子か。


 次第に、視界がはっきりしてくる。目前には、心配そうに見つめる冬子。そして、その奥には驚愕に顔をゆがめるブラッド。

「まったく、あんたどういう体力してんのよ。普通だったら死んでるわよ」

「生還したのに、文句を言われるなんて心外だな」

「そりゃ文句の一つも言いたいわよ。本気で死んだかと思ったんだから」

 瞳には雫が溢れていた。一日に二度も女の子を泣かすなんて、俺はどうにも罪深い男だ。なんて、冗談を思いつくあたり、どうにか無事みたいだ。


 異人の能力で身体能力が強化している賜物といったらそれまでだが、それにしては強化の度合いが我ながら異常だ。とはいえ、背中にできた打撲がすさまじいことになっているだろう。上半身裸で岩石に突っ込んだせいで、今もまだ背中がズキズキと痛む。


「逃げるにしても、これ以上は体力がもちそうにない。一か八か、一気に決める」

「でも、あいつに有効な攻撃なんてほとんどないわよ。遠くから炎や氷をぶつけても効果がないし。倒す可能性があるとしたら、近距離で攻撃をぶつけるしか……って、まさか、あんた」

 そのまさかだ。捨て鉢ではあるが、これに賭けるしかない。俺は、この思い付きを冬子へと耳打ちする。当然のことながら、冬子は必死に拒絶した。

「いくらなんでも、無茶よ。第一、まともに飛べないでしょ」

「でも、あいつに勝つには、これしかないんだ。頼む、やらせてくれ」

 俺が思いついた作戦。飛行能力を有したブラッドを相手に実行するには、俺しか適役がいない。片翼が負傷しているが、少しの間ならホバリングできるだろう。それに、この作戦においては、ホバリング云々よりも、急速落下時の勢いが重要になる。

 そして、もう一つ重要な要因が、冬子に囮を任せるということだ。彼女がそれを承諾するかどうか。祈るように両手を合わせて拝んでいると、冬子は深々と嘆息した。

「今回だけは、あんたの我がままに付き合ってあげる。その代り、きちんと仕留めなさいよ」

 散々、我がままに付き合わせたことを棚に上げているが、文句は後のお楽しみにとっておこう。

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