第48話 異の世界とブラッドの本性
先ほどまで俺たちがいた霊園とはうってかわり、殺風景な荒野であった。木々は枯れ果て、砂塵が吹き上げられる。一面を覆う曇天が、その陰鬱さを加速させていた。
「どこよ、ここ」
「冬子、無事だったのか」
彼女もまた、俺と一緒に強制的に移動させられたようだ。それにしても、ここはどこだろうか。カウボーイが決闘をやる場所に似ているが、テキサスとかに飛ばされたわけないよな。
「ようこそ、オレたちの世界へ」
満身創痍のブラッドが歩み寄ってきた。オレたちの世界だと。ここは地球じゃないとか、そんなオカルトが披露されているのか。
「ここはなぁ、異の世界って言うんだぁ。オレたち、異人が普段暮らしてる場所さぁ」
異の世界って、敵の本拠地じゃないか。冗談抜きに別次元世界に飛ばされてしまったようだ。
「あんた、やらかしてくれたわね。こんな世界に私たちを誘拐するなんて、ただじゃおかないわよ」
「そうだ。さっさと、元の世界に帰せよ」
不意打ちとはいえ、異世界に拉致するなんて、反則技すぎる。こうなれば、ブラッドと対決している場合ではない。さっさと帰還する方法を探らなくては。
「帰り道を心配してるのか。なら、オレを倒すか、おめぇらが死ぬかのどっちかだ。
おめぇらの世界にアブノーマルを送り込む術を応用して、おめぇらをこっちに引きずり込んだんだが、それにはリスクがあってよぉ。
おめぇらの世界にアブノーマルを送る場合は、そのアブノーマルが気絶するくらいのダメージを受けちまうと、こっちの世界に戻されちまう。そんな状態のやつぁ、帰ったところで、他の異人に淘汰されんのがオチだぁ。
で、おめぇらをこっちに呼んだ場合、同じようにおめぇらが気絶すりゃ、元の世界に戻される。まあ、気絶する前に死ぬことになるだろうがよぉ。それと、もうひとつ。これがうぜぇんだが、術を発動した当人、つまり、オレが気絶しちまうと、術が解除されて、おめぇらは元の世界に戻ることになる」
「要するに、あんたをぶっ倒せば帰ることができるんでしょ」
長々と説明されたが、重要なところをかいつまむとそういうことだ。
「補足すると、オレから逃げ続けようとしても無駄だぜぇ。異世界を渡る術を知らなけりゃ、絶対に元の世界には戻れねぇ。そいつは、異人への忠誠を誓った最上位種に、主から授けられるんだが、まぁ、おめぇらじゃ無理だろうなぁ」
戦わずにこの場を切り抜けるなら、ブラッドたちに服従するしかないってことか。そんなのはもちろんご免だ。
俺たちが身構えていると、その意思決定を把握したのか、ブラッドは嘲笑し、片手を広げた。
「本気でオレを倒す気でいるなら片腹痛いぜぇ。この空間ではな、人間の世界よりも力を存分に引き出すことができる。今までは、万が一、おめぇら以外の人間に目撃されたとしても困らないよう、仮の姿で戦っていたからなぁ」
仮の姿。それはすなわち、本来有している実力をすべて出し切っていないと吐露したようなものだ。
「オレらは、細胞注射によって、おめぇら人間の体を変質させることができる。それを利用して、人間の世界で異人だとばれないように行動するための姿が、今のオレってわけだぁ」
「つまり、変身能力があるから、それを活かして、カメレオンの擬態みたいに、人間世界に紛れ込んでいたのね」
「そういうことだ。でも、ここなら、そんな遠慮は必要ねぇ。オレの本来の姿で勝負できるぜぇ」
言い終わると、ブラッドは咆哮した。それに呼応するように、ブラッドの肉体が変化していく。
その体躯が全体的に一回り大きくなり、スマートな印象を与えていた両腕両脚の筋肉が盛り上がる。背中からは漆黒の翼が出現し、黒髪をかき分けて二対の角が萌芽する。そして、自身の血の色を反映しているかのように、その双眸は蒼へと染まった。
その全貌はもはや、人間とはかけ離れた代物だった。一言でそれを形容するなら「悪魔」であろうか。
漆黒の翼をはためかせ、低空を漂う。アブノーマルは単に気色悪かっただけだが、こいつからは萎縮するほどの威圧感が発せられている。こんな姿を俺たちの世界で晒したら、阿鼻叫喚が響き渡ること間違いなしだ。
やつを倒さないと帰れないとはいえ、あんな化け物を相手にすることになるとは聞いていない。及び腰になっていると、冬子が鼻で笑った。
「今更ビビッてるわけ。別に、あいつに頭を下げて異人の仲間になってもいいわよ。その時は、まとめてぶっ殺すから」
「そんなわけないだろ。俺は、あくまでもお前の味方だ」
「そう。じゃあ、せいぜい頑張りなさい」
いちいち鼻につく言い方だが、肩を軽く叩かれ、怒鳴る気が失せた。すれ違いざまに微笑まれたというのもあるかもな。
「ご託はこれぐれぇにして、そろそろ始めようぜぇ」
ブラッドの両手から鋭利な爪が生えそろう。爪にしては、長すぎる。サーベルを十本構えているかに錯覚したぐらいだ。
飛空しつつ、その爪での一閃。なんとか回避するものの、背後にあった岩石が砕け散る。
安堵したのも束の間。やつの口から蒼い弾丸が吐き出される。それは俺の横面をかすめたが、頬には切り傷が生じていた。血液を一瞬で硬化して撃ちだすとすると、さっきのは血反吐か。攻撃方法が爪と唾に移行しているあたり、野生に逆進化を遂げている。