第47話 血流をぶち破れ
よし、分かった。って、マジですか。
「冬子、お前こんな時に何言ってるんだよ」
「そのままの意味よ。いいから抱いて……」
冬子もようやくあることに気が付いたようだ。
「あんたね、こんな時に変な想像してんじゃないわよ、変態。えっと、その、抱っこの方よ。あんたなんかに体を許すわけないでしょ」
まあ、そうでしょうね。いや、でも、抱っこでも気軽にできるもんじゃないぞ。だって、相手は同い年の異性だし。
「早くしなさい」と冬子は躊躇する俺を急かす。仕方なく「失礼します」と断り、彼女の腹に腕をまわす。平たいせいで、うっかりあれに触りそうになる。
「飛んで」
命令されるがまま、羽ばたき、飛翔する。簡単に言うが、人ひとりを抱えて飛ぶのって大変なんだぞ。異人の力で腕力が強化されていなければ、ものの数秒で冬子を奈落の底へ突き落すところだった。
冬子を空へと運んだところで、あの技への対抗策はあるのだろうか。ブラッドはもちろん、滞空している俺たちへと標準を合わせている。
「この後、どうするんだ」
「話しかけないで。タイミングを間違えたら、私たち二人ともお陀仏よ」
怖いこと言うなよな。
「おめぇら、くたばれやぁ」
来る。ブラッドは溜めに溜め込んだ血流を、一気に天空へと放出した。あの廃ビルの天井を崩壊させた血流のレーザービームだ。あんなのが直撃したら確実に死ぬ。
俺は無意識に回避しようとするが、冬子は信じがたい命令を下した。
「あれに突っ込みなさい」
冗談は寝て言え。俺に自殺しろってか。首を振るが、冬子は俺たちを飲み込もうとする血流から視線を逸らそうとしなかった。策があるからこそ、こんな無茶ブリを仕掛けてきているんだよな。それなら、それに付き合うしかないだろ。
俺は冬子の上に覆いかぶさるように、体を寝かせる。寿司ネタでいうなら、ネタの部分になる感じだ。グライダーを背負った形になる彼女を連れ、俺は血流へと突っ込んだ。
「アホかぁ、てめぇら」
技を発動した当人も、俺たちの愚行に驚愕しているようだった。まさか、自身の最強の技に対し、回避するのではなく突撃してくるなんて思いもよらなかっただろう。
急速落下するだけでも十分怖いのに、待ち受けているのは触れたら即死の怪光線だ。これで本当に自殺することになったら末代まで呪うぞ、冬子。
だが、そんな心配はなかった。冬子が両手を合わせると、すさまじいエネルギー波が発生した。これはもしや。以前、一度だけ目撃したことがある。そう、初めて異人と遭遇した時に冬子が発動したやつだ。当初、ブラッドに直接ぶち当てるはずだった技でもある。
自身に眠るエネルギーを炎や氷に変換するのではなく、それをそのまま相手にぶつける、冬子最大の必殺技。
血流に対してエネルギーの衝撃波を叩き込んだ結果、どういうことになったか。前から冬子は無茶苦茶ばかりやるやつだったが、ここまでやるなんて、もはや俺の手には追えない。
血流の中をまさぐって、ブラッドへと直進していっているのだ。
もはや、現代に、海を割ったモーセが蘇ったかのような所業だった。ビームというか、血流の中をどんぶらこっこするって、こいつはどういう神経してるんだ。
そして、あまりにも常識を外れた蛮行を防ぐことができるほど、ブラッドは器用ではなかった。いやさ、これを回避できる奴なんているの?
血流を切り裂いた冬子のエネルギーの衝撃波は、そのままブラッドに直撃した。
爆音とともに、俺たちは天へと弾きかえされる。俺はなんとか体制を立て直すと、墜落していく冬子の救助に向かう。
間一髪のところで彼女を救い上げ、地面すれすれを滑空した後に下ろす。この時に、平たいけど触ってはいけないあれを握ってしまったかもしれないが、あの窮地では仕方ないだろう。
豪快すぎる攻撃をくらい、ノックアウト。並大抵の敵ならそうなるだろう。俺たちもまた、そんな展開を信じ、体の力を抜こうとした。だが。
「やらかしてくれたなぁ、てめぇら」
冗談だろ。自慢のドラキュラの衣装をボロボロにしながらも、ブラッドはゾンビのごとく立ち上がったのだ。あれを受けて無事って、こいつもまたどんな体力してるんだ。
「あいつの攻撃を打ち消すうちに威力が削がれたのがまずかったわね。ゼロ距離で発動していたら勝てたかもしれないわ」
冬子は悔しがるが、もはや次元が違いすぎてついていけない。
「こうなりゃ、オレの本来の力で仕舞い(しめぇ)にしてやるしかねぇな」
ブラッドが指を鳴らすと、再度俺たちをもやが包んだ。この機に及んで援軍を呼ぶつもりか。しかし、それにしてはもやの濃度が濃い。一寸先は闇というか、もやだ。ついには、隣にいるはずの冬子さえ確認できなくなる。
やがて、全身がどこかへ急速に引っ張られる。世界的に有名なネズミが出てくるテーマパークに、真っ暗闇の中を走行するジェットコースターがあったと思うが、ちょうどあれに乗っている気分だ。これでアップダウンが連続していたら、確実に乗り物酔いで嘔吐しているところだった。ただ、平坦な道を視覚情報が奪われて超高速で移動していると考えると、それだけで酔いそうになる。
ようやく、謎の高速移動から解放され、つんのめるように静止した。それとともに、目の前を覆っていたもやも晴れていく。そこに広がっていたのは、にわかには信じがたい光景だった。
次回、異世界に行きます。